第九話 守るという動き
第九話 守るという動き
『――守るものがある時、人は一番強くなる。』
ミオ。
「……守る」
父の言葉に、レンはミオを思う。
炎虎の拳が振り下ろされる。
ドォォォォォン――――
爆炎が、レンを飲み込んだ。
圧倒的格差。
圧倒的な強さ。
手も足も出なかった。
守ると、決めたはずなのに。
「……弱ぇ。弱ぇよ。」
炎虎は頭を抱えて首を振っていた。
言葉が痛いほど刺さる。
強くなりたい。強くなってミオを守りたい。
「ぐぅ……まだ、負けてねえ……」
レンは爆発をもろに食らった体を、無理やり動かす。
「……なんだ、生きてんのか。なら、もうちょっと楽しませてくれよ。」
炎虎に首を掴まれた。
「ぐ……」
壁から引き剥がされ、そのまま反対側の地面へと叩きつけられた。
「うがっ」
ゴロゴロと地面に打ち付けられながら転がっていた。
「いっ……てぇ……」
レンは震える腕で、上半身を起こそうとする。
「――炎纏」
黄色と黒色の炎が、炎虎の体を包む。
「破炎拳ッ!!」
巨体が虎のようなスピードでレンに近づき、
先程より速い拳がレンに振り下ろされる。
「くっそぉ……!!」
――ドゴォォォン
体を横に転がし、直撃は回避した。
「ようやく避けたのか。おっせぇな。受けてばっかで楽しいか?」
「楽しく……ねぇよ!くっそ!」
炎虎は嘲笑った。
よろよろと立ち上がるレン。
炎剣を作り、構える。
「はぁぁあ。武器振り回してりゃ人が殺せると思ってんのか?お気楽な頭だな。」
ため息をつきながらも、鼻で笑っていた。
「俺は、弱いやつに興味がねぇ。だから、同じ炎を扱う物として、お前に言うことがある。」
炎虎の目が、本気の目になった。
「振り回してりゃ殺せるって思うのは素人のやることだ。おめぇの動きは素人そのものだ。動きは遅え、反射も出ねぇ、オマケになんだそのヘニョヘニョの剣は!切れ味がひとつもねぇじゃねぇか!」
「……ッ」
ひとつひとつの言葉が、レンに突き刺さる。
「俺は破炎、破壊する炎。お前は守炎、守る炎。だが、お前はなんだ?守る炎が何故、剣を振っている?」
「……」
ぐうの音も出なかった。
守りたいと思って、ミオの前に立っているはずなのに。
今の俺は守るどころか、相手を倒そうとしかしていない。
背中に流れている冷や汗が、見えるかのように感じた。
「とりあえず振っときゃ当たるだろってのは、守りてぇものを守る気が無いやつだ!」
「おめぇのプライドは無いのか!?」
「俺の破炎は、強ぇやつと戦いてぇ。弱ぇ奴を殺すだけは俺のプライドが許さねぇ!」
「わかるか?おめぇは何のための守炎なんだ?」
何のため。
「そ、それは……ミオを守るためだ!」
「遅い、破炎弾」
言葉を被せるように、弾がレンに直撃する。
「うぐっ!」
「自分がやられてばっかで、受けてばっかで、誰が他人を守れるってんだ!!まずは自分が強くなるのが先だろうがよ!!!」
炎虎は拳に炎を集め、レンに飛びかかり殴った。
殴られた勢いでレンは横に飛んだ。
「こんなんで!反応できねぇで!何が!守りたいだ!!」
一言、殴る、一言、殴るを繰り返した。
レンは殴られる度に、横に、縦に、後ろにと叩きつけられた。
「戯言も、大概にしろ!!!!」
最後の一撃でレンは倉庫の中心へと投げ出された。
レンの息が浅い。
体が動かない。
守りたい気持ちはある。
でも、気持ちと体が連動してない。
動け。
動け!
「あぁ、つまんねぇ、つまんねぇつまんねぇつまんねぇ!!!!なんでこんな弱ぇやつを殺さなきゃなんねぇんだよ!雑魚殺しは俺の趣味じゃねぇぞ!?」
炎虎は荒んだ心を吐き出すように、
地面をダン、ダンと何度も踏んでいた。
「あぁ、気分悪。弱すぎて話になんねぇ。」
炎虎は出口へと足を進めた。
その時だった。
「……あぁ?……女か?……はっ、ちょうど良い。」
「……ッ!」
炎虎は舌なめずりをした。
出口付近の資材の影に隠れていたミオが見つかった。
「ちょっくらおめぇ、殺されろよ。俺は弱い奴は嫌いだが、女の泣き顔は好きでなァ。まぁ、耐えくれりゃァもっといいけどな。」
炎虎は炎で包まれた拳を振り上げた。
「……ヒュッ……レン……逃げて……」
喉が詰まる、か細く絞るような声だった。
ミオに拳が降りかかった。
その瞬間。
突如として、ミオの前に黄色と白色の炎が壁のように立ち上がった。
「あ?」
炎虎の拳が炎の前でピタリと止まる。
「守る……ねぇ。炎の扱いもわかってねぇやつに、出来んのか?」
炎虎が振り向くと、レンがポッケに手を入れ、俯き立っていた。
その雰囲気は、レンではないと炎虎が気付いた。
「誰だ」
「……レン。暁 煉だ。」
レンと呟いた男はニヤリと笑って、ふっと姿を消した。
次の瞬間、炎虎の視界が揺れた。
低い位置から影が跳ね上がる。
レンの体は地面すれすれまで沈んでいた。
片手を床につき、体を支点にする。
次の瞬間――
足が横から振り抜かれた。
ドンッ!!
踵が炎虎の顔面を撃ち抜いた。
「――ッ!?」
巨体が横へ吹き飛ぶ。
炎虎は資材置き場へ叩き込まれ、ガランガランと鉄骨が崩れ落ちた。
ミオは、思わず息を呑んだ。
今の動きは――
レンじゃない。
さっきまでボロボロで、立つことすら出来なかったはずなのに。
「……レン?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
その瞬間。
レンの炎が、一瞬だけ黒く揺れた。
ミオの背筋に、ぞくりと寒気が走る。
倉庫に、鉄骨が崩れ落ちる重い音が響いた。
レンはゆっくりと足を下ろす。
まるで、今の蹴りが大したことでもないかのように。
「守るってのは、突っ立ってるってことか?」
「笑わせんじゃねぇ。」
「動きってのは、こういうことだ。わかったか?」
レンは誰かと話すように笑いながら喋っていた。
「守りたいなら、死ぬ気で動け。」
レンの目が黄色に光り輝いていた。
炎が消えた。
次の瞬間、もっと強く熱い炎が、ミオを守るようにと囲った。
「なーんか知んねーけど!守りたいって!使い方がわかった気がするぜ!!!」
いつものレンの目に戻った。
その目には自信に満ち溢れた光が入ってきた。
「すぅ……、俺はぁぁ!!負けねぇぇえええ!!!」
息を肺いっぱいに吸い、叫ぶと共に炎が倉庫いっぱいに広がり天井まで燃え上がった。
「あっつ!!!熱い!!熱い熱い熱い!!!!」
炎虎はレンの炎に熱さを覚え、飛び起き、倉庫を走り回る。
だが、火は消えずにもっともっと熱くなる。
「ぐぅ!!爆炎踏み!!爆炎踏み!!爆炎踏み!!!」
何度も地面を踏み爆発で炎を消そうとしても、
炎は広がり熱さからは抜けれなかった。
「熱い!いってぇ!息が……!苦しい!!」
酸素を焼き尽くすほどの炎の上がりをしていた。
次第に炎虎は膝から落ち、地面に伏せ落ちた。
そして炎は収まった。
「やった、やったぞ!!!ミオ!!!俺勝った!!!……ってあれ……なんかデジャブ……」
レンの視界が回り、倒れる。
「レンッ!!!」
ミオはレンに駆け寄る。
「レンッ!しっかり!!」
カシャッ。
「……?」
どこからかシャッター音が鳴った気がした。
「終わったかー?おーい、終わったみたいだぞー」
弥生がひょこっと出口の方から顔を出す。
外に向かって報告をした。
タッタッタッと、外から走ってくる音が聞こえる。
「ノアちゃん!!」
「――ッ!!結衣さん!!結衣さん、お願い!レンを、レンを!!」
レンとミオの元に結衣と呼ばれたおさげの眼鏡の女性が走ってくる。
「大丈夫!ノアちゃん、落ち着いて!私、レオンさんからの指示で来たの、だからちゃんと治療するからね!」
ミオの肩に手を置いて落ち着かせ、レンの方を向き手をかざす。
「……えっ、レオン……から……?」
「――【一糸結命】」
オレンジ色の光がレンを包む、一本の糸が傷口を這うように縫っていく。
「……そう、私が告げられたのは――――」
――シャングリー管理室――エデン――
「突然呼び出してすまないね。君にお願いしたいことがあって。」
レオンが書類を見ながら話しかけた。
「……私、ですか?」
弥生に着いてきて欲しいと言われ、日本からテレポートしてきた、結衣。
「そうだ。君にこの子の治療をお願いしたくてね。」
一枚の写真を結衣の前に置いた。
「……この子。」
結衣は写真に目を落とした。
「暁 煉。君が治療した子だね。」
全てを見透かしてるような目で結衣を見る。
「……はい。」
「明日、守炎の元に次力を一人送り込む。守炎が勝てば、治療をして欲しい。だが、負けてれば、そのままでいい。」
レオンは書類に目を落とした。
「……それは、何故でしょうか。」
「君が知る必要はない。」
スパッと、話を切られた。
屋根から雨が滴り落ちている。
「……そうか、君は確か、ノアと仲良かったんだな。」
レオンは思い出したかのように、言葉に出した。
「なら、教えてあげよう。守炎はまた発芽したばかりだ。まだまだ弱い。強くなりノアを守ってもらわないと遊びがいがないからね。だから異能を送る。」
「……遊び、ですか。」
「そうだ。ノアが小さい頃から実験を繰り返していたもんだから、どうも遊んでやれてない気がしてね。だから今、遊んでやっている。」
レオンは軽く笑いながら話していた。
「…………そうですか。」
「……さて、そろそろ次力が日本に着くはずだ。負けてたら、そのままでいい。それ以上は必要無いからな。」
「……はい、失礼します。」
――――――――――
「遊び……やっぱりそうなんだ。」
ミオは答え合わせができ、狙いを知り俯いた。
「レンくんも、わざと次力と戦わされた。強くなるためって。……でも、強くなったんだね。芯が、見えるよ」
手を心の芯をなぞるように動かすと、オレンジの光は消え、糸も消えた。
「……そう、下位って聞かされてたけど、次力が来たのはそういうことなのね。」
ミオはグッと拳を握る。
「下位つったのにな、すまん。俺のせいだ。」
後ろから弥生が話しかけてきた。
「ううん、大丈夫。何も悪くない。」
空気が重く、留まっている気がした。
「にしてもー、珍しいね!エデン以外でこんなに次力が集まるなんてー」
沈黙を破ったのは日向だった。
「確かにー、次力五人に幹部一人だもんな」
弥生もその流れに乗り、数を数えた。
「……えっ、五人?……幹部?」
「つーちゃんだよっ!!」
ミオがきょとんとしていると、後ろから抱きつく小さな少女が現れた。
「っ!!つづらちゃん!!そっか、結衣さんがいるならそうだよね」
「そーだよー!だってー、結衣お姉ちゃんがお仕事って言うんだもーん。つーちゃんも暇だから着いてきた!」
ツインテールに巫女のような可愛らしい服を着た10歳の女の子、紙屋つづら。エデンの幹部の一人。
おさげの眼鏡、紙屋結衣がお姉ちゃんとして保護者をしているため、常に一緒にいる。
「弥生に日向に結衣さんに、炎虎さんに、……?あれ、あと一人は?」
ミオは指を折り数えるも計算が合わない。
「ん?あそこ、いるだろ。おーい!こっちこーい!」
弥生が指を指し、遠くの壁に向かって話しかけると、
カシャっと、返事をするようにシャッター音がなる。
「……あ、ばるむさん。」
・_・の顔が書かれた紙袋を被った男がそこにはいた。
カメラを下ろし、ゆっくりと、近付いて来た。
「写真の転送終わったん?」
「……」
弥生がばるむに話しかけると、何も言わずコクンと首を縦に振った。
「よし、これでレンくんは大丈夫だよ。」
結衣は、レンの破れた服を糸で縫い直していた。
「それで、あの……、あちらの方は……」
結衣は遠くで倒れている炎虎を見つめた。
「あー、あれについてはまだ何も言われてない。ばるむが写真転送したって言うなら、もうじき指示が来るんじゃないか?多分消すとかだろうけど。」
弥生が炎虎を見た。
ちょうどその時、ピピッと通信が入る。
「はい。………………はい。了解。」
ピッと通信を切る。
「なんてー?」
日向は呑気に聞く。
「……そのまま回収だって。治療せずに、そのまま。…………改良するってさ。」
改良という言葉に、一同は息を飲んだ。
「そっかー。まぁ、思い入れもないし僕はどうでもいいや〜」
日向は呑気に話していた。
「……思い入れって言われたら、確かにないけども。でも、意志のないゾンビは、心に来るものはあるよ」
弥生が呟く。
「ねーえー、お腹すいたぁ。つーちゃんお腹すいたぁぁ!」
いつの間にかミオの背中に背中合わせてゆらゆらしていた。
「じゃあ皆で飯食いに行こうぜ!弥生の奢りで!」
「なんでだよ!?」
「つーちゃんオムライス食べたい!」
「あはは……」
日向の提案に否定する弥生とノリ気なつづら。
苦笑している結衣と、静かにレンを見つめるミオ。
「……」
ばるむがメモ帳にカリカリと文字を書いている。
[守炎くん、修行した方がいいと思う]
メモをミオは見せてもらった。
「修行……?……でも、何をすれば……」
カリカリとまた書き出す。
[全部見てたけど、守炎くんは、動きが出来ない。]
[それなら、動けるように修行したらいいと思うよ。]
「……言われてたね。でも、私は教えれないし……」
[僕が教える。明日夜に時間ある?]
「……うん、多分。」
[夜22時、白又団地、来て]
「……わかった、伝えとくね。ありがとう。」
ミオははにかむように笑うと、ばるむはうなずいた。
――そして、ばるむにレンをおぶってもらい、帰路に着いた。
[守炎くん、修行した方がいいと思う。]
ばるむの書いた言葉を、ミオはもう一度見つめた。
修行。
強くなるための道。
ばるむに背負われたまま、レンは静かに眠っている。
今日、レンは一歩だけ強くなった。
だが――
守炎の戦いは、まだ始まったばかりだった。




