第八話 守炎、試される時
第八話 守炎、試される時
――近くの廃倉庫。
ガランとした広い空間に、乾いた音が響いた。
「てりゃあ!」
レンは炎で作り出した剣を振り下ろす。
「おりゃあ! めーん!」
剣道の打ち込みのように声を上げながら、勢いよく剣を振るう。
だが、何度か振ったあと、レンは首を傾げた。
「うーん……なんか、しっくり来ないなぁ。こんなもんなのか?」
炎剣を軽く振り回しながら呟く。
ミオは腕を組み、じっとその様子を見ていた。
「レン、それって……ただ振ってるだけじゃない?」
「え?」
「剣道って、もっと集中して、気合いでやるものじゃない?」
ミオの言葉に、レンは手を止めた。
「うーん……確かに。でもさ、剣道なんてものを敵相手にやったって、弾かれるしなぁ」
銅刃との戦いを思い出す。
面を打ち込んだ瞬間、竹刀を軽く斬り落とされたあの感触。
レンは苦笑した。
そんなレンに、ミオは首を振る。
「違うよ。剣道をそのままやれって言ってるんじゃないの」
「え?」
「剣道の集中とか気合いとか、足の動かし方とか、竹刀の振り方とか。剣道って名前じゃなくても、真似できることはあるでしょ?」
レンは少し考え込んだ。
ミオはさらに続ける。
「誰か先輩に言われたりしてない?
“当てに行ってる”とか」
「……当てに……」
その言葉に、レンの脳裏にある人物の声が蘇った。
――創一先輩。
「“当てに行ってる”」
「……当てに、ですか」
「打ったあと、一拍置け」
「一拍……」
「そう。走るな。滑れ」
「……」
「怖いんだろ」
「……え?」
「当たらなかったら、って考えてる」
そして、静かに言った。
「でもな、剣道って――
“当てる”前に、もう勝負ついてること、多いから」
――回想は途切れた。
「当てる前に勝負はつく……か」
レンは炎剣を握り直す。
「俺、ただ振り回してただけなのかもな」
大きく息を吸う。
目の前の敵を想像する。
集中。
気合い。
足運び。
そして――
「……走るな、滑れ」
レンは静かに呟いた。
「当てに行くんじゃない」
炎剣を構える。
「当てる前に、勝負はつく」
次の瞬間。
「──めーん!!」
右足、左足。
地面を滑るように踏み込み、鋭く振り下ろす。
その瞬間だった。
炎が、変わった。
赤かった炎が、ゆらりと揺れ――
淡い黄色と、白い炎が混ざり合う。
まるで応えるように、炎が勢いを増した。
ゴォッ―――
炎がレンの体を包み込むように広がる。
天井近くまで燃え上がり、倉庫の空気を揺らした。
「おおっ!?なんかいい感じだぞ!」
レンは目を輝かせる。
「めーん!めーん!……って、あれ?」
炎が、すっと小さくなる。
気付けば、元の赤い炎に戻っていた。
「レン」
ミオが苦笑する。
「凄いけど……ちゃんと集中して続けないとだよ」
「あ、あはは……」
レンは頭をかいた。
「ごめん。つい、はしゃいじゃって」
カーッカーッ。
倉庫の外で、カラスが鳴いた。
いつの間にか、外は夕暮れになっていた。
「レン」
ミオが空を見上げる。
「今日はここまでにしよう」
「え?」
「明日に備えて、ご飯ちゃんと食べて、しっかり寝よう?」
ミオは真剣な表情で続ける。
「明日は、下位異能が来るみたい」
「下位……?」
「うん。下位だから、すごく強いってわけじゃないと思う。でも……油断はできないよ」
レンは小さく頷いた。
「うん。そうだな」
そして、ふっと思い出す。
「父さんにも、剣道のこと聞いてみようかな」
「そうね」
ミオは微笑む。
「行きましょ」
二人は倉庫を後にした。
――レンの家。
「ただいまー!」
玄関を開けると、香ばしい匂いが漂ってきた。
「おう、おかえり。」
レンが声を上げると、キッチンから低い声が返る。
フライパンを振っているのは父だった。
ジュウ、と肉の焼ける音が響く。
レンの後ろから、ミオも静かに入る。
「お邪魔します」
父はちらりと視線を向けた。
「おう、ミオもおかえり」
「ただいま……って言ってもいいのかな」
ミオは少し照れたように笑う。
「いいに決まってるだろ」
父はあっさり言った。
「もう住んでんだから」
「そうそう」
レンも笑っていた。
しばらくして料理が並んだ。
レンは勢いよく箸を持つ。
「いただきます!」
「いただきます」
ミオも手を合わせた。
三人で食卓を囲む。
少し食べたあと、レンが口を開いた。
「父さん」
「ん?」
「剣道ってさ」
レンは箸を止めた。
「強くなるにはどうしたらいいんだ?」
父は少し眉を動かした。
レンは続ける。
「今日さ、剣振ってて思ったんだ。
俺、ただ振り回してるだけなのかなって」
ミオは静かにレンを見る。
「当てよう当てようって思ってさ。
でもなんか違う気がして」
父は湯のみを持ち、ひと口飲んだ。
そしてゆっくり言う。
「剣道ってのはな」
少し間を置く。
「勝とうとして振ると弱くなる」
レンが顔を上げる。
「え?」
父は続けた。
「人はな」
箸を置く。
「守るものがある時、一番強くなる」
レンは黙った。
父の言葉は静かだったが、重みがあった。
「自分のために振る剣は迷う」
「……」
「でもな」
父はレンを見る。
「誰かを守るための剣は、迷わない」
レンはゆっくり息を吐いた。
「守るため……」
その時、ミオが少しだけ笑う。
「レン、守るものあるじゃん」
レンはミオを見る。
「え?」
ミオは肩をすくめる。
「私とか」
レンの顔が一瞬で赤くなった。
「なっ!?!?」
父がふっと笑う。
「ほらな」
レンは頭をかく。
「……そっか」
ミオの顔を見る。
「守る、か」
レンは拳を握った。
「よし」
立ち上がる。
「明日、ちょっと強くなれそうだ」
父は皿を片付けながら言う。
「死ぬなよ」
「死なねぇよ!」
レンは笑った。
ミオも小さく頷く。
窓の外では、夜風が静かに吹いていた。
――明日、"下位"以上の強敵が来るとも知らずに。
――翌日。
近くの廃倉庫。
ギィ……と錆びた扉が軋む。
レンとミオは、昨日と同じ倉庫の中央に立っていた。
天井の穴から差し込む光が、床の埃を照らしている。
「本当にここで待つのか?」
レンが聞く。
ミオは倉庫の奥を見つめていた。
「うん」
静かに頷く。
「街で戦ったら、被害が出る」
ミオは足元のコンクリートを見た。
「ここなら、人もいない」
レンは周囲を見回す。
確かに、この倉庫は完全に廃墟だった。
壁は剥がれ、窓ガラスも割れている。
「それに」
ミオが続ける。
「相手もここに来る」
「え?」
「弥生たち」
ミオは小さく言った。
「きっとエデンに情報を流してる。レンがここで訓練してるって」
レンは目を丸くした。
「なるほど……」
顎に手を当てる。
「つまり、敵がここに来るってことか」
「うん、ここなら思い切り戦える」
ミオは頷いた。
レンは拳を握る。
「よし」
炎が剣の形を作る。
「来るなら、来い!」
その時だった。
――ミシッ。
天井が軋んだ。
レンが顔を上げる。
「……?」
ミオの目が鋭くなる。
「レン、上を見て。」
次の瞬間。
ドォォォォォォンッ!!!!
天井が爆発するように砕けた。
鉄骨が落ちる。
瓦礫が散る。
土煙が倉庫を覆った。
そして――
ドンッ。
巨大な男が床に着地した。
衝撃でコンクリートがひび割れる。
煙の中から姿が現れた。
スキンヘッドの頭、頭皮には虎の顔の刺青。
パツパツの黒いタンクトップに、黄色と黒のファーが付いた黒パーカー。
男はゆっくり首を鳴らした。
ゴキッ。
骨が鳴る。
「お前が、守炎か」
低く脳に響く声だった。
レンは炎剣を構えた。
「誰だよお前」
男はニィっと笑う。
黄色い瞳に虎のような模様が入っている。
「炎虎」
炎虎の拳に炎が灯る。
黄色と黒の炎。
「エデン、次力異能」
炎が大きく膨れ上がる。
「――【破炎】」
「同じ……炎!?」
レンの背中に冷たい汗が流れた。
ミオは距離を取り、離れた場所から戦いを見ていた。
「……次力……!?中位異能がどうして!?下位異能が来るはずなんじゃ……!……いや、守炎の事は聞いてるはず。ならレオンであれば……」
ミオはレオンの行動を理解していた。
炎虎は拳を軽く振った。
「まずは」
炎が指先に集まる。
「これでも食らえ、――破炎弾」
炎の弾が放たれた。
「飛ばせるのかよ!?」
レンは炎剣で切った――が、
ドゴォォォン!!!
炎剣と破炎弾がぶつかった瞬間、爆発した。
爆風で吹き飛ばされる。
「ぐあっ!?」
レンは床を転がる。
立ち上がろうとした瞬間。
炎虎が虎のような巨大で、猛スピードでレンに近付いた。
「――爆炎踏み」
地面を強く踏みつけた。
ドォォォン!!!
地面が爆発した。
レンの体が宙に浮く。
「うわぁぁ!い゛っ!!」
ゴンッ、壁に叩きつけられる。
「レン!!」
ミオの叫びが響く。
炎虎はニヤニヤと笑っていた。
「弱ぇなァ」
レンは地面を叩きながら、立ち上がる。
炎剣を構える。
「まだ……だ!!うぉおおお!!!」
炎剣を縦に振った。
「めぇぇぇぇん!!」
炎虎は動かない。
ボフッ。
「んな……!?」
炎剣は肩で受け止められた。
「はっ。つまんねえ剣だな。」
拳をグッと握り、炎を纏う。
「――破炎拳」
ドゴォォォン!!!
拳がレンの腹に直撃した。
「ぐはぁっ!!」
レンは後ろの壁に叩きつけられ、めり込んだ。
炎剣が消えた。
炎虎はニヤニヤしながら、ゆっくり近付く。
「終わりか?やっぱ道具使ってるやつは弱ぇ奴ばっかだなぁ。」
レンは壁に挟まった体を、力を入れ外す。
「うぐぐっ。……くそっ。」
強い。
攻撃は通らない、相手の火力が高い。
相手の方が圧倒的に早く、強い。
どうすれば、勝てる!?
炎虎はレンの目の前まで来た。
拳を握った。
黄色と黒の炎が膨れ上がる。
「終わりだ」
拳を振り上げる。
「レンーーッ!!!」
ミオの叫び声が聞こえた。
その時だった。
レンの脳裏に、父の声が蘇る。
『――守るものがある時、人は一番強くなる。』
レンは目を閉じた。
まぶたの裏に映っていたのは。
ミオ。
守らなきゃいけない存在。
「……守る」
レンは呟いた。
炎虎の拳が振り下ろされる。
ドォォォォォン――――
爆炎が、レンを飲み込んだ。




