第31話
ライザによる熾烈な朝稽古を終え、城の面々は再び食堂へ集い、朝食のテーブルを囲んでいた。
だが、いつもなら真っ先におかわりを要求するリゼとランは、すっかり疲弊しきった顔でまともに食指を進められない。普段からそこそこの食欲を見せるサリアでさえ、スープを二、三口含んだだけでスプーンを置いてしまう始末だった。
そんな惨状を横目に、ライザは淡々と空になった皿を積み重ねながら、ぽつりと呟く。
「……食べなければ、強くはなれませんよ?」
その一言にリゼとランはびくりと肩を震わせ、悲壮な面持ちで渋々料理を口に運び始めた。
サリアも「……はい」と答え、再びスープを口へ運ぶ。
その異様な光景を引き気味に見つめるクリュードと、そんな空気など知ったことではないと言わんばかりに食後のデザートを美味そうに頬張るディラン。
それぞれに温度差の激しい食卓を、フィーネは複雑な思いで眺めていた。
「ところでさぁ」
タルトの最後の一欠片を飲み込み、ディランが口を開いた。
「ライザさんとクリュードさんは、今日これからどうするの?」
ライザが静かに視線を向ける。
「……特に決めておりませんが。……お邪魔になるようでしたら、お暇いたしますが……」
ライザの本音としては、ディランという人物を見極め、組織の頭領であるマハトへ報告できるだけの情報を集めるまで滞在したかった。
しかし理由もないまま長居するのは不自然。ゆえに進退をディランの采配に委ねた。
一方のクリュードは、頬張っていた肉を飲み込んで言った。
「俺は、食事が終わり次第国へ戻る。一晩世話になった……感謝する」
クリュードにとって、これ以上ここに留まる理由は皆無だった。
むしろ本国に無断で訪れている以上、不必要に関わりを持ち続けるべきではない。
もしクインズヒルへ単独で乗り込み、二日も朝晩の飯をごちそうになったなどと知られれば――他人に借りを作ることを何より嫌う主、女王ピアナにどれほど激怒されるか目に見えていた。
ふたりの言葉をうんうんと頷きながら聞いていたディランは、気楽な調子で続ける。
「じゃあライザさんは、しばらくうちに泊まっていったら? サリアも喜ぶし、リゼとランも有名な剣士さんに稽古をつけてもらえて嬉しいもんね?」
その言葉にサリアがパッと表情を輝かせ、対照的にリゼとランの瞳から一切の光が消え失せた。
「……陛下にそう言っていただけるのでしたら。お言葉に甘えてしばらく滞在させていただいても……?」
伏し目がちにライザが応じる。
「もちろん。ぜひそうしてよ」
屈託のない笑顔で答えるディランを、ライザは密かに訝しげな目で見つめた。
自分が敵対組織の幹部であると知らぬわけでもあるまいし。大胆不敵か、あるいは自分など脅威ではないと思われているのか……。
ともあれ、滞在の言質は取れた。今はそれで良しとすべきだろう。そう結論づけたライザは静かに食事を再開する。
「それと、クリュードさんもさ。よかったら帰るのは明日にしない?」
「……明日? なぜだ?」
思いがけない打診に、クリュードは露骨に眉をひそめた。
「今日、ちょっとした催し物があるんだ。よかったらクリュードさんも一緒にどうかと思ってさ」
「催し物……?」
今日は月に一度の謝肉祭だ。
ただでさえ豪華な料理が振る舞われる日だが、今月はさらに特別である。
なぜならディランが以前、闘技場で得た賞金の一部を、ほんの僅かとはいえ国民たちへ還元していたからだ。思いがけぬ臨時収入を得た国民たちは、口々に若い王への感謝を述べていた。
ゆえに今回の謝肉祭は、普段以上の品々が城へ届けられるに違いないと、ディランは無邪気に胸を躍らせていた。
せっかくの客人である二人にも、その楽しみを分け与えてやりたい――ディランの発言の真意は、それだけだった。
しかし。
当のライザとクリュード、さらにはクインズヒルの面々すら「謝肉祭」のことなど頭を掠めてもいなかった。
頭に浮かんだのは――凶王がまた何かやらかすつもりだ、という戦慄や不安である。
ライザの口元が、興味深げに歪んだ。
「……面白そうですね。私もご一緒させていただいても?」
「もちろんだよ」
ディランは嬉しそうに両手を広げる。
「ふたりは大切なゲストだから。ぜひ参加してほしいなぁ」
無邪気な笑みを浮かべるディラン。
クリュードは首を傾げたものの、小国とはいえ他国の王直々の誘いである。外交上の観点からも、無下に断る選択肢はなかった。
「……分かった。ならば私も参加させてもらおう」
承諾しつつも、心中は不穏な予感で満たされていた。凶王の真意が全く読み取れない。何より無断離脱が二日に及べば、さすがの女王陛下も勘づくだろう。
つくづく、何も考えずにここへ来たのは失敗だった、と後悔に苛まれながら、クリュードは密かに天井を仰いだ。
「その催し物とは、一体どのようなものなのですか、ディラン?」
サリアが問いかける。
二人が残るとなれば、ホストとして相応の準備が必要になる。しかし、王妃である自分にさえ具体的な内容が知らされていない。
「……そうだねぇ。ちょっとした花火が見られるかもしれないよ?」
サリアの心配をよそに、ディランが的外れな答えを返す。
昨年の生誕祭で余った花火が倉庫の隅に転がっていたことを、ふと思い出したのだ。どうせなら今日打ち上げて、賑やかなパーティーにしてしまえばいいと考えたのである。
「花火……ですか……?」
意味が分からないとばかりに首を傾げ、サリアは助けを求めるようにフィーネを見た。
しかしフィーネも、さっぱり分からない、といった様子で慌てて首を横に振る。
「まあ、あとで分かるよ。時間は……そうだな、夕方頃だと思う」
毎月、料理が夕食の時間より少し前に城に運ばれるのを思い出しながら、ディランは満足そうに微笑んだ。
その刻限に何が起きるのか。誰もが問い詰めたい衝動に駆られたが、ディランがこれ以上多くを語る気がないと悟り、疑問を呑み込むしかなかった。
食事が終わり、花火の状態を確認するため倉庫へ向かうディランの背中に、フィーネが慌てた様子で声をかけた。
「ディラン様、お待ちください!」
「……? どうしたの、フィーネ?」
振り返り、首をかしげる。
「先ほど仰っていた催し物のことですが……もしかして……謝肉祭のことを指していらっしゃいますか?」
フィーネも今日が謝肉祭の日であったことをつい先ほど思い出していた。
「うん、そうだよ?」
するとフィーネは、今にも泣き出しそうな顔で眉を八の字に寄せた。
「ディラン様、申し訳ありません……! 私、お伝えするのを失念しておりました……」
「え? なにが? どうしたの……?」
泣きじゃくりそうなフィーネの顔を、ディランは心配そうに覗き込む。
「実は……今月の謝肉祭ですが、ちょうど小麦の刈り入れ時期に重なると農業ギルドから申し入れがあって。例外的に一週間、日取りを延期することになっていたのです……ご報告しておらず申し訳ありません……!」
ディランは困り顔で頬を掻いた。
「えっ、じゃあ美味しい料理がたくさん届くのは……」
「来週……になります……」
「えぇぇ~」
露骨に落胆し、頭を抱えるディラン。
「せっかく美味しいご馳走がたくさん食べられると思ったのに……そっかぁ」
連絡の不手際でディランに無駄な期待を抱かせてしまった罪悪感から、プルプルと身を縮こまらせるフィーネ。ディランはその肩へ、優しく手を置いた。
「まあ、しょうがないよ。……でも催し物があるってライザさんとクリュードさんに言っちゃったな……やっぱり勘違いでしたって謝ろうか?」
「本当に……申し訳ありません……」
身の置き所がない様子で小さく身を寄せるフィーネ。そして思いついたように顔を上げる。
「もし、よろしければ……グリムドルに頼んで、いつもより少々豪華な夕食にしてはいかがでしょうか? 今から食材の買い出しに向かえば十分間に合いますし、ディラン様が持ち帰ってくださった賞金のおかげで、我が城の懐も温かいですから……」
「それもいいねぇ」
名案だとばかりに、ディランがぽんと手を叩いた。
「せっかくなら庭にテーブルを並べて、ガーデンパーティーにしようよ。ちょうど花火も打ち上げたいと思ってたところだし」
「承知いたしました。では早速、街へ買い付けに行ってまいりますね」
そう言ったあと、ふと思い出したように首を傾げた。
「……ディラン様。花火ってもしかして……倉庫にしまってある昨年の残りですか?」
「そうだよ。せっかくゲストがいるんだし、こういう機会に使わないとね」
「……ですが、あの花火は火薬の調合を誤った危険物だから使うなと、先代様が厳命なさっていたはずでは……」
ディランは気にした風もなく、あっけらかんと言い放つ。
「離れた場所から打ち上げれば大丈夫じゃない? それにみんな、剣の達人っぽい人ばっかりだし。いざとなったら上手いこと回避するでしょ」
「それは……まあ、確かにそうですけど」
妙な納得感に毒気を抜かれ、フィーネは深く溜息をついた。
「じゃあ準備、よろしくねフィーネ」
「……承知いたしました」




