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癒しの木  作者:
ふつうを求めた、オレの友達
98/120

 合同稽古の後、オレの心の中にはとにかく上手くなりたい気持ちでいっぱいになっていた。

 稽古の時には今までよりも他の人の演技、とにかく遥稀の動きをよく観察してインプットしていく。足の運び、体の角度、視線、全てがオレのものとは違って見える。当たり前だけど、先に道場に通っていた遥稀の方が何倍も上手い。

 同じ歳なのに、少し悔しい気持ちがこみ上げる。何より、嘲笑されたことが未だ心の隅の方でくすぶっているのが不快だ。

 稽古終わり、外の出ると遥稀は空を見上げてぼんやりとしていた。


「おーい、遥稀、何見てんだ?」

「んー雲見てる」

「雲?なに?雲の多たちから明日の天気の予想でもできるのか?」

「そういう勉強はしたことないけど本では見たことがある」


 空、雲から目を逸らさずに遥稀はそう言った。いったい何が見えているのだろう。


「…ねこ」

「ねこ?」

「ねこ」


 遥稀はとある雲を指さして呟いた。

 どう見ても雲は雲で猫には見えない。


「あれが、三毛猫、あれは、サバトラ、あっちが黒猫で、その隣が白猫」


 かろうじて白猫はなんとなくわかったがそれ以外は全くわからん。ただの雲のように見える。


「あ、ねこ消えちゃった…」

「今日は風が強いからな」

「すぐに形を変えるのも良き」

「ほら、早く出ないと先生たちが困るだろ」

「要の方が遅く来たのに…」


 学校から道場へ向かう途中でも遥稀は雲を見ながら遊んでいた。本当に何が見えているのかわからない。

 稽古終わり、いつもの道をいつもよりもゆっくりと歩いた。なんとなく今日はもう少しゆっくり帰りたい。

「要、また落ち込んでるの?」

「うっせ、はあ、なんか上手くいかないんだよな…」

「ふーん」


 遥稀は相変わらず興味なさそうな返事をする。それなのにこいつはオレの隣に腰掛けた。

 どんなに上手い人の動きを参考にして真似てみても上手くいかない。どこかで綻びが生じてその違和感に気づくたびに崩れていく。小さなほころびが大きな違和感へと変化してさらにオレを落ち込ませる。

 最初からできる人は上手い人はいないのはわかっている。だけど、わかっているからと言って焦らないかどうかはまた別問題なのだ。


 隣の遥稀に視線を向けると、また空を見ている。

 夕暮れにうっすらと月と星が顔を出し、それを眺めているようだ。


「要ってさ、姿勢が悪いよね」

「いきなりディスかよ?」


 唐突なディスリに思わず身構える。いったいどんな罵倒が飛んでくるのか…。今のオレは傷つく自信しかない。


「正面から鏡を見た時に、自分の姿がなんか、上手く決まらないって思ってない?」

「なに?アドバイスでもくれるのか?」

「アドバイス?うーん?」


 そういうわけではなかったらしいが、遥稀は今日の稽古のことを思い返してくれているのか少し考えてくれるみたいだ。


「こう、ビシっ、バシッ、として、それで、グッってしたら良くなるんじゃない?」

「なるほどよくわからん」

「え?なんで?」


 説明が擬音しかなくて謎過ぎる。誰も理解できんだろ。

 遥稀は今度は手振りを加えながら擬音で説明を始めた。手が忙しなくバタバタと動いていて少し面白い。

 相変わらずよくわからないが。


「なるほどわからん」

「なんで?優弥とかはわかってくれるのに」

「優弥は従弟だからだろ。きちんと言葉で話せ」

「言葉で…」


 オレ達の一個下の年齢の優弥は遥稀と話が合うらしい。二人の間の会話は感覚的なものが多い。近い距離にいるから意思疎通がしやすいのもあると思う。

 遥稀は少し考える素振りをしながら必死に言語化を試みている。


「えっと、まず、要は姿勢が悪い」

「それは聞いた」

「表情に自信がなくて、動きに自信がない」

「ボロクソじゃねーか」


 さっきは言っていなかったことまで指摘してきやがった。自信がないのは事実だが今は関係ない気がする。ジト目で遥稀を見ているが、そのことに気がついていないのが少し憎たらしい。

 というか、必死に考えすぎて目を瞑りながら手を動かして言葉を捻り出そうとしている。


「こう、決めるところを、きちんとビシっと、えっと、間を、おく?うーん、と、こう、動きに余裕を、違うな…」


 遥稀の言いたいことを汲み取るためにオレも頭を働かせてみるが、どうもしっくりくるものがない。ニュアンスは何となくわかってきたが当たっている自信がない。


「こう、動きを、ビシっと、バシッと、こう、グッと、」

「…止める?」


 オレの小さな呟きに遥稀は目を開いた。正解みたいだ。


「そう!それ!止める。要、わかってるじゃん!」


 遥稀は嬉しそうにオレの肩をバシバシ叩いた。伝わったことが相当嬉しいらしい。先輩はきっと言語化まで促すことができなかったのだろう。

 それにしても痛い。もう叩くのはやめろ。嬉しいのは分かった。

 

それにしても、こいつ、やろうと思えば案外言語化できるのかもしれない。完全に感覚派の人間だと思っていたのに意外だった。いや、できるなら最初からやるかその訓練を普段から心掛けろよな…。

 そして、また雲の形を見始めた。今度は何が見えているのだろう。


「遥稀」

「なに?要」

「前から気になってたんだけど、お前には何が見えているんだ?」


 出会った時から思っていた。こいつは人と違うものが見えているのではないかと。

 稽古の時は一人だけ別世界にいるみたいだった。

 いや、それだけじゃない。オレらには見えていない何かが見えているのではないかとそんな風に思った。


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