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癒しの木  作者:
ふつうを求めた、オレの友達
96/120

6


 全員の披露を終え、先生方からありがたいお言葉を頂戴してから交流会、もとい、BBQは始まった。

 とはいえ、オレは何も食べる気分になれず、目立たない端の方で楽しそうに盛り上がっている様子を眺めていた。


 自分の番になり、ふと、正面を見た時にオレの緊張はピークに達した。喉が渇き、手足が震え視界が滲む。どうにか落ち着こうと懸命に呼吸をしようと心掛けたが上手くいかず、そのままお世辞にもきれいとは言えない型を披露して終わってしまった。

 失敗をしてしまったのが情けなくて楽しい空気に混ざることができない。

 失敗が怖いことで緊張に飲まれることがここまで危ないことだなんて知らなかった。だけど、それを感じさせずに最後まで力を出し切り、やり切った人達には尊敬せずにはいられなかった。


 稽古を重ねてもオレはまだなにも習得できずに何者にも慣れていなかったことが露呈しただけだった。そのことがとても恥ずかしくて情けない。


「要、要、食べないと無くなるよ?」

「遥稀か…」


 能天気にそうオレに声を掛けた遥稀に視線を向ける。

 片手に飲み物、片手におにぎりと肉が盛られた皿を持ってきた遥稀はオレの横に腰掛けた。

 稽古後によく食えるよな…。

 何人かはオレと同じように食べられない人もいるというのに。

 いや、合同稽古前も普通に昼の弁当食ってたわ、こいつ。先輩たちでさえ、緊張で喉を通らないって言ってたのにこいつは普通に平らげてた。

 なんなら、食べないともたないとか言ってた。


「…なに?」

「いや、よく食えるなって思って…」

「美味しいものは食べとかないともったいないじゃん。肉だって先生がいいものを用意したって言ってたし」


 それは、そうなんだろうけど、普通食えるか?いや、こいつは普通じゃなかったか。


「今、オレ、すごく落ち込んでるんですけどー?」


 もぐもぐと美味しそうに食べる遥稀に向かって恨めしい声でつぶやいた。


「へーそーなんだ」


 遥稀はオレのそんな呟きを適当に流しておにぎりを頬張っている。その様子から慰める気が微塵もないことを悟った。ただただ、美味しそうに食事を楽しんでいる。


「本当に、よく食えるよな」

「美味いよ?肉とか焼き鳥とか」

「いや、そういうことじゃなくて、」


 ダメだ、こいつには何を言っても通じない。ただただ飯を食いに来ただけだ。

 それに、種類は違うけど両方肉類じゃねーか。


「それで?初めての合同稽古の感想は?」


 その癖に、雑談と称して人の痛いところを徹底的についてくる。


「どうもこうも、勉強にはなったけど、個人的には最悪の気分ですー。なんであんなところでミスったんだろって」

「あーあそこね。次の動きを飛ばしてから一気に崩れてた」


 遥稀は思い出したようにけらけらと笑った。

 人の傷を抉りながら塩を刷り込んできやがった。こいつ、人の心がないのかもしれない。


「緊張に飲まれたってやつ?」


 おにぎりの最後のひとかけらを口に放り込ん遥稀はで軽い調子で言ってきた。


「緊張しないくせにその感覚は分かるのかよ?」

「先輩が前に言ってた。頭の中が真っ白になって、自分を制御できなくなるって」


 オレが陥ったのはまさにそれだ。

 その感覚がイマイチわかっていなさそうなやつに解説されるのは非常に癪だけど。


「先輩は、無意識にでもきちんとできるようにならないと解決できない、無理って言ってた」

「無意識に、ね…」


 次に何を食べるか決めたらしい。瞳を輝かせて焼き鳥に手を伸ばしている。

 なんだか、美味そうに食っているこいつを見ると無性にお腹がすいてきた。


「要、お腹が空いている顔してる」

「どんな顔だよ、むぐ、:


 遥稀は手に取った焼き鳥をオレの口に押し付けてきた。甘めのトロっとしたタレが俺の口元を汚す。

 無理やり押し付けられたとはいえ、口にしてしまった以上食べなければならない。オレは焼き鳥の櫛を受け取って食べた。


「美味いでしょ?」

「美味いけど、ドヤ顔すんな。ったく、」


 押し付けられた焼き鳥は美味い。先ほどまで冷えていた心と指先に熱が戻っていく感覚がする。そんなオレの様子を見計らってから今度は目の前におにぎりが置かれた。


「これ、要の分」

「え、?全部食べるつもりじゃなかったのかよ?」

「え。要も食べると思って多めに貰って来たんだけど」


 遥稀は肉を頬張りながら言った。


「交流会、行かなくてもいいのか?」


 きっと盛り上がっているあの場所では遥稀の話題で持ちきりのはずだ。他を圧倒する空気を作り出し、目が離せないような演舞をして見せた。

 オレ達の先生は満足げに頷いていたし、他の道場の先生も手放しに誉めていた。遥稀は真面目な顔で先生たちからのお褒めの言葉を聞いている風を装っていたけど、ポヤポヤと虚空を見つめていた。

 それに気がついたのは他に何人いたのだろう。


「え?行かないよ?騒がしいの苦手だし、年の近い女子少ないし。それに、友達を笑った人とは仲良くできませーん」

「そういうとこ、ガキだよな」


 不満そうに言う遥稀の態度に少し嬉しくなった。オレの番が終わった後に漏れた嘲笑に怒っている人がいただなんて。

「あと、あと、私のこと、小っちゃいとか、低学年って言ってたのも聞こえてた。許すまじ」

「一番の理由、それだろ。ほんとのガキ、マジでガキかよ」

「そーだよ。私はガキで、要もガキなんだよ。仲間、仲間」

「なんだ、それ、」

「あ、要笑った」


 遥稀の素直に憤ったり拗ねたりする態度にオレは思わず吹き出した。なんか、悩むのが馬鹿らしく思えてきた。

 しばらく、笑って収まると、オレのお腹は鳴きだした。先ほどよりもお腹が空いている。


「よし、遥稀、これ食ったら新しい肉貰いに行こうぜ」

「言うと思った!食べれない人がほどほどにいるから狙うなら今なんだよね。あ、でもデザートの分は空けとかないといけない」

「デザート?」

「みんながほどほどに食べたなって判断されたら出てくる。それを食べないと今日は終われない」


 遥稀はいたずらっ子のように笑った。

 本当にこの能天気さを見ていると悩むのが阿保らしく思えてくる。

 遥稀がデザートについて熱弁しているのを横目にオレは目の前に置かれたおにぎりに手を伸ばした。


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