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学校での遥稀は道場での様子とは違ってかなり大人しい方に分類されていた。よく人の話を聞き、控えめに笑う。そして目立たないように困っている人をフォローする。派手な行動は一切していないのに、一定数、話をする人間はいるらしい。
傍から見るとそれはクラスに自然に溶け込み、順応していて馴染んでいるように見える。
だが、遥稀の瞳の奥は常に揺れていた。
「要、どうかした?」
「いや?お前、コミュ障って言ってた割に問題なく過ごせてるなって思って」
「問題ない?ほんとに?」
オレが率直な感想に告げると遥稀は珍しく不安を前面に押し出して念入りに確認してきた。今のところ、こいつの悪口は聞かないから問題はないと思うが、どうやら本人にしてみれば不安要素があるらしい。
「普通にクラスメイトと話せてるだろ?それのどこに問題があるんだよ?」
「えっと、へんに、思われてないかな、とか?」
変?確かに変だとは思う。
だって、素を全く出せていないから。いや、出すつもりがないのかもしれない。そもそも素を出さずに溶け込んでいるのがオレからしてみれば十分におかしなことだと思う。
「まあ、馴染めているし、問題はないんじゃないか?」
「そっか、それなら良かった」
遥稀は安心したように呟いた。
素を出せないことは何よりも苦しいはずなのにおかしなやつ。
「あ、黒板消さないとだ」
軽く息を吐いて遥稀は学校モードに切り替わってしまった。
これは非常に面白くない。
遥稀はいつものように朗らかに笑っていて、その様子に一喜一憂する自分が最も面白くないとオレは思った。
あの闘争心に満ち溢れた表情を見たいと思うものの、その機会が学校生活で訪れることはなかなかないい。体育の授業だって、本気を出しているかは曖昧だ。
周囲から遥稀は大人しくて引っ込み思案で運動があまり得意ではない印象を持たれている。その誤った認識が少し残念だ。
確かに、体力やパワーは低い、というか体力テストの結果的にも人並以下なのは間違いない。だけど、そのテストでは測れない部分を多くの人はまだ理解していない。
誤ったまま勝手に下に見ていてそれを遥稀が甘んじて受け入れているのも面白くない。
とにかく、普通の学校生活を送ろうとする遥稀は面白みに欠けていてつまらない。
「要、何見てるんだ?」
「ああ、いや、何でもない」
「ふーん?それよか、1組の清水舞依ちゃん、可愛くね?」
「清水、舞依?」
「なんだ、知らねーの?今学年で一番かわいい子って噂でさ、あ、ほら、あの子」
クラスメイトの指さした方に目を向けると、確かに、可愛いと言われて納得できる子が立っていた。
整った顔立ちに手入れがきちんとされていて綺麗に結われた髪、そして愛嬌のある笑顔、それは遥稀に対して向けられている。
「なんで、癒木と喋ってんだ?二人、仲いいのか?」
「いや、オレに聞かれても知らないからな」
「何でだよ、お前、癒木と仲いいじゃん。な、聞いといてくれよ。舞依ちゃんの友達なのかどうか」
二人の様子を見る限り、まず友達なのは間違いない。
去年あたり同じクラスで仲良くなったとかそんな感じではないだろうか。遥稀も遥稀で愛想笑いではない自然と言えるような笑顔を清水舞依に向けている。闘争心に満ち溢れた瞳ではないが、安心したようなそんな表情。明らかに他に向ける表情とは違う。
「そっか、一緒に帰れないのね」
「うん、放課後に習い事があって」
「ううん、私も急に訪ねてごめんね?それなら、別の日はどう?」
「習い事がない日だったら大丈夫、だと思う」
「そっか、じゃあその日に一緒に帰ろうね、ハル」
「うん」
予鈴が鳴ったからか舞依は急いで自身の教室へと戻っていった。遥稀も席に着くためかこちらへと向かってきている。
「お前、清水舞依と仲いいのか?」
クラスメイトの視線がうるさかったため、オレは分かり切っている問いを遥稀に投げかけた。
「まいと?うん仲いいと思ってるよ。友達、友達」
視線の端でガッツポーズをしたクラスメイトが目に入った。友達とはいえ、遥稀が間を取り持ってくれる可能性は限りなく低いのに呑気なものだ。
「ってか、習い事って道場のことだろ?友達なのに教えてないのかよ」
「ああ、うん…まあね」
遥稀は視線を逸らしながら曖昧に答えた。
クラスの中でも遥稀が道場に通っていることを知っているのはほとんどいない。そもそも普段の学校での遥稀からイメージすることができないからだ。
他者から押し付けられているイメージを壊さないように振る舞っている。弱弱しくて大人しい女の子、か。
「要、」
「何だ?」
「その、まいには、まだ言わないでほしい。きちんと、自分で言いたい、から」
遥稀はまた不安そうに言った。
「いや、言う、言わない以前にオレ関わりないし、話す機会がそもそもないんだが?」
「え?そうなの?」
「大体、認識したのだって今日が初めてで、」
「まいと要、去年同じクラスだったって言ってた」
「はぁ?いったい誰が、」
「さくら」
遥稀のその一言にオレは頬が引きつった。
遥稀のいうさくらは、きっと小川さくらのことなのだろう。何故か遥稀は小川さくらと仲良くなった。
遥稀に言わせれば、明るくて誰にでも話しかけられるところが凄いらしいが、オレは彼女のことが苦手だし、何なら、ほとんどの同級生に彼女は避けられている。
理由は様々だが、多くの原因はその性格にある。キツイというか、刺々しいというか、そういう部分が目立ちすぎているため、正直関わりにくい。
「要?」
「いや、なんでもない」
コイツの交友関係に対して口出しするつもりはないが、変なところで鈍くて尚且つ、警戒心が緩い所は時折心配になる。
きちんと心を開いているのか否かは別として、ある程度距離を保たないとあのさくら相手だと精神が摩耗するはずだ。
それにしても、清水舞依と小川さくら、クラスの中心と隅っこ、両極端なやつらと交友関係を結ぶとは、本当に何者なのかわからない。




