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癒しの木  作者:
ふつうを求めた、オレの友達
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1

「蒼に好きって言われた」


 休日の午後、静かな喫茶店で目の前に座る友人、「癒木遥稀」はポツリと呟いた。

 俯いていて、その表情は見えないけれど肩を小刻みに震わせている。その様子から彼女にとっては深刻な問題であることが伺える。

 オレの隣に座っている由愛は目を見開いて口を抑え、遥稀の隣に座るまいは遥稀の言葉の重さに打ちひしがれている。

 まいと由愛は蒼が遥稀に好意を抱いていたのを知っていたのだろう。知らなかった、気がつかなかったのはオレと遥稀だけ。

 友人のことなのに気づけなかったという事実にオレは少なからずショックを受けていた。それは、きっと遥稀も同じなのだろう。

 声だけでなく、存在すべてが消えてしまいそうで、しばし沈黙がその場を支配した。


 「癒木遥稀」、オレが今まで出会ってきた人間の中で最も不可解で不可思議で到底理解のできない人物は今、所謂一般的な悩みに頭を抱えている。


 それが嘘みたいだった。


 その様子をぼんやりと眺めながらオレはこの変人とのこれまでの出来事について思い返した。





 オレたちが初めて出会ったのは小さな道場だった。


 何か習い事をさせたかったらしい母親に連れられてオレは渋々ながら見学に来ていた。稽古前で少しだけ賑やかな様子の中に遥稀はいた。

 年上に囲まれていて朗らかに笑い、可愛がられている。ただ、オレと目が合うと緊張したように会釈をしてすぐに女子の先輩の後ろに隠れる。誰よりも小柄で明らかに弱そうなのに何故彼女が道場で鍛錬に励んでいるのか正直不思議に思った。

 ただ、声を掛けるよりも先に警戒されている、ということは理解できたため、その日オレが彼女に話しかけるということはなかった。


「これより稽古を始める。見学者がいるからといって緊張しすぎないように」


 先ほどまで穏やかに道場の説明をしてくれた先生の凛とした声に空気が変わった。

 皆、真剣な表情をして、先生を見ている。オレも自然と背筋を伸ばして姿勢を整えた。

 次々と名前が呼ばれて型を披露していく。一人だけ呼ばれる場合や複数人呼ばれる場合もあって、様々な型が披露され、そのカッコよさにオレはワクワクしていた。


 力強く拳を突き出し空気を切る音が聞こえる。その感覚に思わず見入っていたその時だった。


「次、遥稀」

「はい!」


 先生が遥稀を指名し、少し高くて幼い、だけど凛とした声がその場に響く。

 ちらりと遥稀に視線を向けると先ほどまでの朗らかさやオレに会釈をしたときの緊張が嘘だったみたいに別人のように見える。


 この子はいったい誰なのだろう?


 そんな考えが頭を過った瞬間、その思考は直ぐに吹き飛ばされてしまった。

 彼女が礼をした瞬間に空気は張り詰めたものへと変わった。


 静かに足をする音、微かな呼吸音、空気を切る音が先ほどよりも鮮明に聞こえる。

 そしてなにより、闘志に燃えたギラギラとした瞳、だけど表情では冷静さを取り繕っている様子にオレは、いや、この場にいる全員が目を奪われる。


 シンと張り詰めた空気の中、自由に動けるのはその空気を作り出した遥稀だけだった

 パワーは圧倒的に先輩たちよりも劣っている。だけど、その真っすぐな瞳やしなやかな動きに誰もが魅了されていた。


 オレは、呼吸も忘れて遥稀のその動きに見入っていた。


 そして、稽古が終わった後、道場に通いたいと母親に告げていた。


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