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「もう少し、考えてみる...頑張って伝えてくれたから、私も同じ熱量は無理かもしれないけど、その思いには返せるようにしたいから」
ハルはそう言って私達よりも先に帰っていった。
私も腰を浮かせかけたけど、要くんに視線で止められた。
「...なんで止めたの?」
「今は1人で考えた方が良いだろ。余計な感情や思考はかえって邪魔になる。あいつは1人でぼんやりしてる方が自分自身と向き合える」
要くんは静かに言った。
そこまで見抜いているだなんて、やっぱり悔しい...。
「要くんは、遥稀ちゃんのことなら何でもわかるんだね?」
「いや、全然わからん。気持ちも考えも全くわからん。ってか、どういう思考回路したらあそこまで混乱するのか知りたいレベル」
要くんはため息交じり言った。
「でも、アドバイスは的確だったよ?まさか、遥稀ちゃんを煽るとは思わなかったけど...なんで慰めなかったの?」
「だって、オレに慰められても嬉しくないだろうし、なんならキレられると思う。気休め言ってんじゃねーって」
「遥稀ちゃんが?想像できないなぁ」
小泉さんの言う通り全く想像できない。でも、要くんの前ではそういう所を見せたことがあるのかな?
「そういえば、要くんと、清水さんと遥稀ちゃんって小学校からの友達なんですよね?」
「友達...まあ、付き合いは長いよな...それなりに」
「遥稀ちゃんってどんな感じの子だったんですか?やっぱり今と同じように可愛かったですか?」
小泉さんは興味が抑えられないと言わんばかりに聞いてきた。
小学生の頃のハルか...。
「うん。私と初めて会った時は、すごく儚げで不思議な子だったな。人見知りで最初は表情が硬かったけど、警戒が解けた時に見せてくれた笑顔はすごくきれいだった...。こんなにきれいに笑う子はいないんだろうなってくらいの衝撃だったのを覚えてる」
私がそんな風に思い出を振り返ると要くんは複雑そうな表情をしていた。
「いや、あれは外見詐欺だろ...」
「要くんは?どうやって遥稀ちゃんと仲良くなったの?」
「オレ?オレは、道場で出会ったんだよ。古武術の」
「古武術?遥稀ちゃんが?なんか意外...いや、そうでもないのか...?」
それは知らなかった...。
まあ、でも、学校でハルは目立たない方だったから認知していなくてもおかしくない、のかな?
「初めて会ったのはオレが体験に行った時で、まあ、軽く挨拶をして、それで、マジですごいと思った」
「何が?やっぱり可愛かった?」
「いや、先輩たちから可愛がられてて、朗らかにしてたくせに、演舞をし始めたら一気に空気が変わってさ、同一人物とは思えなかったな...あれは」
私はその様子を実は1度も見たことがない。ハルが古武術を習っているのを知ったのも中学3年生の時だった。
距離を置いた期間があまりにも長すぎた。
「ってか、最初年下かと思ってたんだよ」
「年下って、わからなくはない、けど...え、それ、遥稀ちゃんに言ったの?」
「新学期に同じクラスになって初めて知った。それまで年下なのにスゲーな、くらいに思ってたのに、まさか同級生だったとは...それ、本人に言ったら思いっきり睨まれた...思い返してみれば、オレのこと呼び捨てだったしな...」
「それは、誰だって怒るよ...ねぇ?清水さん...清水さん、どうしたの?」
「え?なにが...?」
「だって、清水さん、泣いてるよ...?」
小泉さんに指摘されてテーブルを見ると水滴が落ちていた。
頬に触れると濡れていた。なんで、私は泣いているんだろう...?
「大丈夫か?なんかあった?あ、彼氏とうまくいってない、とか?」
「ちょ、要くん、デリカシー!」
さっきから、ずっと胸が痛かった。ずっと、胸が締め付けられているみたいだった。
「ああ、要くん、余計に泣かせてどうするの?」
「ええ?オレ?」
「ち、ちがう、よ、ごめんね...なんか、急に止まらなくなって、」
必死に止めようとしても止まらない。なんで...?
「なんで、だろ?」
脳裏にはあの日のハルの笑顔が張り付いていてそれが余計に胸を締め付ける...。
「...遥稀、か?」
「え...?」
「...オレ、さ、ずっと不思議だったんだ...そこまで鈍くないと思ってたけど、なんで蒼のことは気づけなかったんだって...」
「早緑さん?なんで急に?」
「まいはさ、遥稀のこと、ずっと大切に思ってたんだろ?」
やめて、聞きたくない。
「多分、蒼と同じくらい、遥稀のこと大切に思ってたんだろうなって...だから、オレは気づけなかった」
「それって、」
「まいは、遥稀のこと、」
「やめて、言わないで...」
「清水さん...」
「わかってる...気づかないふりをしていたのは、私だから...だから、」
これ以上、惨めな思いをしたくない...。
ハルは私にとって特別で大切で、ハルもきっとそうだって思って安心してた。
「ハルのこと、やっと、自分を出せるようなって、好きな人ができたこと、本当に、心の底から応援したいと思ってる...だから、」
「んなの、わかってるっての...なんで、あの阿保と関わるとこうも心が揺さぶられるやつが多いのかはわからんけど...まいは、あの阿保の阿保みたいな笑顔を大切にしたかったんだろ?」
「ハルのこと、阿保って言わないでよ...抜けてるし、鈍いくせに変なとこ鋭くて、そこなしに優しくて、冷たいとこもあるけど、それでも、」
あの笑顔の美しさは本物だった...。
「ハルの、あほ...」
「だな...あいつは底なしの阿保だな...」
「ずっと、私が守らなきゃって思ってたの...でないと、遠くへ飛んで行ってしまうかもって」
「うん...」
「でも、そんなことなくて、誰よりも強くて、何の見返りもなしに私に手を差し伸べて、私よりも小さい癖に必死に守ってくれて...。ほんとは、あの時、女子に囲まれて怖かったはずなのに、それなのに、気丈に振る舞って...」
「まあ、阿保だから」
「今度は、私が助けなきゃって思ってた...」
でも、ハルが立ち直れたのは私だけのおかげじゃなかった。蒼くんが隣でハルを支えていなかったらきっとどこかで転んで立ち上がれなくなってた...。
「ずっと、そばにいられると思ってたのにな...」
「いや、それは無理だろ」
「少しは慰めなさいよ」
「無理だって...」
要くんもハルと同じで人を慰めない所がある。
それよりも効果的な言葉を知っているからだと思う。
「むしろ、あれの何に惹かれるのかよくわからんし」
「そんなの、私が1番知りたいわよ。でも、知ってしまうと目が離せなくなるの」
眩しくて、手を伸ばしたくなる。
「まあ、蒼はこれから大変だろうな...」
「ライバル多そうだもんね...」
「まあ、ライバルは今1人いなくなったな...」
涙と共に私の胸の痛みは消えていった。
それと同図にハルに対する想いも...。風化していたものを大切に刻みつけていたのだと思う。
愛しくて美しい私の思い出...。
要くんは私のその様子を見て安心したように笑っていた。
「まあ、でも、蒼くんがハルを泣かせたり悲しませたりするようなことがあれば、絶対に距離を取らせてやるんだから」
「今度はモンペかよ」
これくらいは許されてもいいと思う。
涙で流れた私の視界は先ほどよりもすっきりと澄んだものに変わっていた。




