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昼食後、私達は別行動をとっていた。
私と先輩に2人きりの時間をあげたいというハルの優しさでこうなった。集合時間までの間、Wデートではなくなる。
先輩は少しだけ緊張しているみたい。
「まいは、次どこに回りたい?」
「えっと、激しいものはちょっと苦手かも」
「それじゃあ、室内アトラクションを中心に見てみるか」
先輩は私の意見を聞き入れてくれた。
さっきまでとは違う、ゆったりとした時間が私達の間を流れる。
「まい、その、大丈夫か?」
「えっと?」
「あ、いや、さっきすごく泣いてたから...」
先輩は私のことを気遣ってくれているらしい。
「癒木さんの笑顔を見たとたん、まいも早緑も少し変だったから...何かあったのかなって」
私はどう説明していいか迷った。
友達の笑顔を見て泣くなんて普通はあまりない。蒼くんも感極まっている様子だったし、何よりあの時の私の感情をどう説明していいのかもわからない。
「その、ハルが、笑ったのが嬉しくて、えっと、」
いや、それだけじゃない。
安心と自分の勘違いに対する怒りも沸いていた。結局私もさくらと同じだった。私の勝手な理想をハルに押し付けていたのかもしれない。
ハルが変わってしまったと勝手に思って、もう遠くに行ってしまったっと錯覚していた。でも、実際は違う。
ハルの芯の部分は何も変わっていなかった。強くてしなやかで、綺麗な心根は何も変わっていない。
「まいと、癒木さんは昔から仲が良いんだよな?」
「うん、小学生の時から、」
「それってすごいよな。早緑が散々羨ましがってたし」
「全然、すごくないよ...。だって、私は、ハルの1番の理解者になれなかったから」
「まい?」
「あ、いや、今のは違くて、」
違う、こんなことを言いたいわけじゃない。
「前にも言ったけど、俺はどんなまいでも好きだよ。まいの気持ちが楽になるなら俺に吐き出してみないか?」
先輩は私の手を労わるように撫でてから言った。
先輩の言葉はいつだって私の心を解きほぐしていく。
「圭吾先輩、私ね、すごく嫉妬深いの」
私の言葉に先輩は目を見開いた。そして、続きを促す。
「蒼くんや要くんに嫉妬するし、ハルにだってたまに羨ましいって思うことがあるの」
ハルが安心してもたれることの出来る蒼くんが羨ましい。ハルのことを深く理解していて、肩の力を抜かせることができる要くんが羨ましい。
そして、何より、人とは違う感性を持っていて、自然と人を惹きつけるハルが羨ましい。
みんな眩しくて、たまに自信を失いそうになる。なんで、私はあの人たちみたいになれないのかって。
「なんだ、そんなことか」
私の真剣な悩みを先輩はいとも簡単に笑い飛ばした。
「そんなことって、私は真剣に、」
「ごめん、ごめん、わかってるって。いや、まいもそういうとこあるんだなって」
「...失望した?」
「まさか、余計に好きになった」
先輩は笑いながら私の頭を軽く撫でた。
「早緑もさ、よく言ってるんだよ。まいが羨ましいとか、要?が羨ましいって。俺は、要って人に会ったことがないからわからないけど相当信頼されてるんだろ?」
多分、信頼の質的には要くんが1番高いと思う。
容赦なくハルに言葉を投げるけどハルもそれを真正面から受け止める度量を持っている。2人でよく軽口を叩き合っているのもよく見た。
警戒心が強いハルがあんなに懐くのは予想外で、本当にいつの間にか2人は仲良くなっていた。
なんとなく、2人は似ている気がする。だから、波長が合ったのかもしれない。
「クールでカッコいいとか言われてた早緑が癒木さんのことになるとそうはいかなくなるって部内では結構話題になってたんだ。意外と取っ付きやすいやつなのかもって。まいも同じだよ」
「蒼くんと、同じ?なんかヤダ」
「いや、違くて...完璧じゃない所に安心したっていうか、ほら、少しは息が吐ける隙間があった方が良いだろ?」
...完璧じゃなくてもいいんだ...。
「まい?」
「ううん、何でもない...。私、ハルの笑顔が好きだったから。それが、笑い方が変わったように見えたのが悲しくて、ハルが変わったことを受け入れるのが怖かった。本当は何も変わってなかったのに。勝手に変わったと思ってきちんとハルのことを見てなかった。要くんは、きっと逸らさずにいたから、深く理解しているんだなって」
変わっていくことは凄く怖い。予兆が見えない時は平気でもいざ目前になるとその恐怖は信じられないほど増していく。
芯となる部分は何も変わらないのに。
「先輩も気づいたと思うけど、ハルの笑顔はとても温かくて眩しいの。初めて笑顔を見た時、こんなに美しい笑顔の人は他にいないって思えた。私はその笑顔に惹かれた。ずっと見ていたいって思ってた」
私がここまで話すと先輩は複雑そうな表情を浮かべていた。
「俺は、まいの笑顔が好きでずっと見ていたいって思うけどな...確かに、目を奪われるものはあると思うけど、それって、いや、何でもない」
先輩はブツブツと何かをつぶやき始めた。
「はぁ、早緑が異常にまいに対抗意識を燃やして、警戒していた理由はわかったよ」
そして、肩を落として言った。
「まあ、なんだ、嫉妬くらい誰でもするし、誰かを羨ましいって思うことも意外と多いと思う。俺だって、早緑みたいにカッコよかったらなと何度も思った」
「うん、」
「でも、それでもいいんじゃないか?」
「え、」
「だって、誰かを傷つけてるわけじゃないし、案外、癒木さんもまいのことが羨ましいって思ってるかもしれないだろ?」
ハルに限ってそんなことはないと思う。
「気にするな、とは言えない、それは、まいの大切な気持ちの1部だから。だけど、今度からは苦しくなる前に俺に話してほしい。それで、一緒にどうしたら良いか考えていけたらなって思う」
「...先輩も、」
「うん?」
「先輩も私に話してくれる?私だけ言うのは申し訳ないから」
「もちろんだ」
先輩はまた優しく笑った。
温かい太陽みたいな笑顔。ハルとは少し違う。でも、その笑顔を向けられるのは心地よくて、私もつい、笑って返した。




