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日が傾き始めた頃、俺達は集合場所の観覧車の前に来ていた。
あの後は絶叫系ではなく体験系のアトラクションや迷路を楽しんだ。遥稀の好きなキャラクターが出現するたびに遥稀は可愛いを連呼していた。
「なんか、下から見るとすごく大きいんだね...観覧車って」
「だな...。なんでも、国内じゃ3番目の大きさらしい」
「3番目って言われてもあんまりぴんと来ない」
それは確かに...。デートのラストにしたいカップルや意気込んでいる人たちが多い。それだけに人気なんだろう。
この観覧車にはジンクスがあるらしいし、それに縋るというか願掛けをしたい気持ちもわからなくはない。
「ごめん、遅くなっちゃった...」
「ううん、大きさに圧倒されてただけだから大丈夫」
「確かにすごい大きさだよね。その分、上から眺める景色は最高だよ」
まいがどれだけロマンチックなのかを力説しているが、遥稀はいまいちピンと来ていない様子だった。きれいなものや魅力的なものは好きだが、実際に見てみないとわからないのだろう。
「それじゃ、先に行ってらっしゃい」
順番が来るとまいに促される形で2人でゴンドラに乗る。
遥稀は4人で乗ると思っていたのか目を大きく見開いて驚いている。ドアが閉まると同時にまいは俺に親指を立てて激励してきた。
「あ、そっか、まい川端さんと2人きりが良いよね...」
「遥稀はまいと乗りたかったか?」
「ううん、そういうわけじゃないけど、まいが話してたことを私が感じられるかわからないから」
「感性は個人の自由だろ?」
ゴンドラはゆっくりと上に上がっていく。
西日が眩しくて所々目を瞑ってしまうけど、それでも遥稀から目を離せずにいた。
「ここ、夜が1番人気らしいな」
「夜?確かに、星とか月が近くに見えそうだもんね。夜空をお散歩ずるみたいで楽しそう」
「その次が晴れた日の午前中、青空と街並みが綺麗に見えるかららしい」
「夕方は?あまり人気じゃないの?」
「西日がきついからあまり人気じゃないみたいだな。だから、観覧車の前で待っていた人たちも夜の星が出始める時間を狙っている、と思う」
遥稀は俺の目を真っすぐ見て話を聞いていた。
「夕方もきれいなのにね」
ジンクスが発揮されるのも確か夜の時間帯。今はきっと時間外。
まいのことだ。それもわかっているのだろう。つまり、ジンクスに頼らずにいけといったところか。相変わらず、手厳しい...。
「遥稀、」
声を掛けて俺は息をのんだ。
集中して外を眺めている遥稀は見たことがないくらい寂しい顔をしていたから。今にも消えてしまいそうな表情。水族館や、中学時代に本を読んでいた時を想起させる表情。
胸が締め付けられ、思わず手が震える。
遠い場所に行かないでほしい。隣に、そばにいてほしい。
「遥稀、」
「うわ、蒼?どうしたの?苦しい」
ゴンドラが少し揺れた。
構わず俺は遥稀を腕の中に閉じ込める。
遥稀の声が、ぬくもりが、吐息が、ここに今、「癒木遥稀」は存在しているのだと実感させてくれる。
「蒼、高いとこ、苦手だった?」
「違う」
「でも、なんか、震えてるし、」
「俺は、恐いんだ」
「こわい...?何にそんなに怯えているの?」
遥稀はぐっと手を伸ばして優しく俺の頭を撫でた。
「遥稀が、どこか知らない所へ消えてしまいそうで、ふらっといなくなりそうで、それがすごく怖い」
遥稀が手を止めた。
「いか、ないよ、たぶん...」
遥稀は弱弱しく呟いた。その呟きに俺の不安は大きくなった。
薄々感じていた。中学時代より明るくなった遥稀、そこには暗い陰が付きまとっていることを。必死に向き合って立ち上がろうとして、足を引きずりながら懸命に前に進んでいることを。
こらえる時の癖だって直っていない。
創作の原点はきっと、ここではない世界への切望だということも知っていた。心の寄りどこりにしてもいい。でも、どこにも行かないで、消えないでほしいというのは俺のわがままなのだろうか。
「俺は、俺は、遥稀のそばにいたい。遥稀に隣にいてほしい。遥稀のことが、大切で好きだから」
「...。っ!」
遥稀が息をのんだのが分かった。
顔を見ると目を見開いて、瞳が潤んでいる。
これは、拒絶なのか驚きなのかはわからない。俺達の顔は赤く染まっていて、それは夕日のせいだと言い訳をして俺はゆっくりと遥稀から離れた。
観覧車の残り少し、俺達の間には沈黙が流れ、その日俺達が会話をすることはなかった。
あれから数日、遥稀からの連絡はなかった。
まいの方にもないらしい。まあ、そうだよな...。帰り道とか遥稀の顔見れなかったし。
「早緑、大丈夫か...?」
「おー何が?」
「いや、抜け殻みたいじゃん...。癒木さん、紹介してくれる気になった?」
「誰が紹介するか...。」
「地の底を這う声出すな、怖すぎんだろ」
恐い...。冷静に考えると観覧車の密室という中で結構なやらかしをしたのでは...?
恐がらせた可能性大じゃね...?今すぐまいに殴られに行くか...?
「さっきからスマホなってるけど...」
「ああ、そういや、最近碌に通知確認してなかったな...連続ログボ終わった...」
久しぶりにメッセージアプリを開くと通知がたまりすぎてて自分のことながら引いてしまった。適当にスクロールしながら通知を開いては閉じていく作業を繰り返していく。
その中で、1つのメッセージに目が留まり、返信していく。
「悪い、遅くなった」
「いえ、僕も今来たところなので...」
翌日、俺は渉の誘いに乗り、ファストフード店に来ていた。
またもや相談事があるらしい。
「それが、先輩の様子がおかしくて...」
「うん...そっか...」
俺のせいだ。俺が困らせてしまったから...。
「ぼんやりしていることは結構前からあったんです。作品を書く直前とか、考え事をしてる時とか...。なんか、たまに思いつめた表情で悩んでいるみたいに見えて...蒼さん、何か知りませんか?そのせいでめぐみ先輩はピリピリしてるし、ゆか先輩と伊織先輩は微笑ましい表情で見守ってるし、他の1年生はニコニコしてるし、」
カオスであることは分かった...。
「ごめん、それ、俺が原因かも」
「蒼さんが原因って、もしかして、先輩に...?返事は?どうだったんですか?」
「...貰えてない。それどころか遥稀を困らせたかもしれない」
「ええ?」
とりあえず、テーマパークでの出来事を話すと渉は難しい顔をしていた。。
「恋愛ごとは、僕わからないですけど、嫌われてはいないんじゃないですか?...先輩って好き嫌いはっきりしてそうだし、何なら、その気がなかったら容赦なくその場で振ってそう」
「でもな...困らせてるのは事実っぽいし...」
「それは、先輩が鈍感で気づこうとしなかったツケが回って来てるだけじゃないですか?」
「渉って結構言うよな...」
「いや、正直あんなにすごいのに自己肯定感が最低って、ムカつきません?事情は知らないけど、素直なこっちの誉め言葉を受け入れてほしいというか、こっちのことは手放しで物凄く褒める癖に。作品に対してしか自信ないの、直した方が良いと思います」
「それ、お前もだろ...」
渉も大概自己評価低いからな...。
「でも、先輩にはもう少し悩む時間が必要なのかなと思います。先輩が蒼さんを大切に思っているのは確かですから」
渉は優しく笑った。
遥稀を先輩として慕い、近くで見てきたから出る言葉なのだろう。
「まあ、俺が悩んでても仕方ないからな...ありがとう、次のテスト、勉強見てやろうか?」
「お願いします!」
渉の言葉に少しだけ心が軽くなった。
もう俺にできることは遥稀の答えを受け止めることしかできないのに悩んでいても仕方ないよな。ただの開き直りなのかもしれないけど、それから、今度は渉の相談にのることにした。




