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癒しの木  作者:
せめてあなたに優しい風を
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 遥稀と約束した土曜日、俺は待ち合わせの時間よりも少しだけ早く来ていた。


 まあ、遅刻して遥稀を待たせるよりはいいけど、先ほどから声を掛けてくるのはやめてほしい。断るのも正直面倒だし、何より、同行者がいると言っても食い下がってくるのはいかがなのもかと思う。

 ようやく諦めてもらえたところでまた視線を感じる。これは、待ち合わせ場所を変更した方が良いのだろうか。

 視線を感じた方向に目を向けるとこちらを観察していたであろう遥稀と目が合った。待ち合わせ時間よりも少しだけ早い時間。遥稀も楽しみにしてくれていたのだろうか。


「おはよう」


 清々しく挨拶をする遥稀に先ほどまで観察していたことに対する非難を込めて俺は言葉を返した。


「いつから見てた?」

「ええっと、今去ったので3組目だから、」

「最初の方から見てたのかよ。見てたなら止めてくれよ」

「さすがに怖いって」


 遥稀の言い分も充分に理解出来る。

 女子の中でも小柄な遥稀はあの迫力に圧倒されてしまうだろう。

 それにしても、私服姿というのはかなり新鮮に映る。普段、学校でしか会わないのと学校外で会ったのは遥稀の大会の応援。その時には道着を着ていた。


 道着姿は凛々しくて、高い位置に髪を結わえた姿は普段の愛らしさと違ってカッコよかった。この小さな体で武器で扱う姿にはつい見惚れてしまったほどだ。

 そんな風に回想していると遥稀が怪訝な視線を向けてくる。


「どうしたの?何か変なとこある?」

「あ、いや、私服姿なんか視線だと思って。その、そういうの着るんだって」

「そういうのって、これ従姉からのお下がりだよ。結構気に入っているけど」


 遥稀も自身の身に着けているワンピースを見ながら言った。


 丈が短めのワインレッドの襟付きワンピースにショートブーツ。普段、制服のスカートは膝丈なだけに短めの丈にタイツという組み合わせだけでもこう、グッとくるものがある。


 それに、勝手な想像だけど遥稀はファッションに疎いイメージがあった。大人しくて清楚、と言えば聞こえはいいが傍から見ると地味な印象を受けるらしい。その内に秘められた輝きを知っているのはごく一部ということに優越感は覚えたものの、それだけではもったいない気もする。

 案の定、おしゃれに疎い方であると自覚はあるらしい。


「それじゃあ、時間あったら服も見てみるのはどう?」


 と、言ったところで俺は内心焦った。

 何気なく言ってしまったが、踏み込み過ぎたのではないかと。男が女性に服を贈る意味、邪な気持ちはない、とは言い切れないが、そんなこと微塵も思っていなかったのに。これは、遥稀に引かれたかもしれない。

 勝手に脳内反省会を繰り広げていると遥稀は意外にもあっさりと了承の言葉を発した。

 これは、俺が意識されていないのか意味が分かっていないのかどっちかはわからないが、良かった。意識されていないのは癪だが、それ以上に不快な思いにはなっていないみたいだ。





 店内を一通り見てから雑貨屋さんで買い物をすることに決めた。

 何にするべきかを必死に吟味している姿は見ていて飽きない。これが自分に対する贈り物を考えているのであれば一生見ていられたのだろうが、無情にも今選んでいるのはまいに贈るものである。

 まあ、誰かのために真剣になれるのは遥稀のいいとこだからすごいと思うが、正直面白くはない。会話も今のところないし。


「プレゼントって意味があるらしいぞ」

「意味?」


 俺が話しかけると遥稀は目を真ん丸にして聞いてきた。


「贈るもの込められた意味があるらしくて、例えば、指輪とかだったら愛を誓うとか、絆を深めるとか、」


 前に姉ちゃんが読んでた雑誌にそんな特集があった気がする。そのことを思い出しながらWEBページを検索していく。見やすいサイトにたどり着いた。


「指輪はプロポーズの時に渡すもんね。他にもあるの?」


 思いのほか興味を持ったらしい。遥稀がスマホの画面が見やすいように少しだけかがんでページをスクロールしていく。距離が近くて、鼓動が聞こえていないか不安になった。


「まあ、あるみたいだな。あんまり気にしすぎない方が良いと思うけど」

「なんで?」

「だって、遥稀がまいに渡すんだから嫌な意味をわざわざ込めたり考えたりしないだろ?向こうだって気にしないで受け取るだろうし」


 まいのことだ。遥稀からもらえるものは何でも嬉しいと喜ぶだろう。俺もだけど。

 受け取る側の嬉しそうな顔を想像して選ぼうとしている遥稀の気持ちはきっと伝わると思う。俺のそんな気持ちを察したのか遥稀は小さく頷いて改めてプレゼントを探し始めた。

 ちょくちょく俺に意見を求めながら。

 そして、プレゼントはハンドクリームに決めたらしい。今度はその香りに悩んでいる。

 遥稀いわく、まいは暖かくて少しだけ甘くて安心する匂いがするらしい。うん...わからん。まあ、頻繁にスキンシップをとっているからこそわかるのかもしれないけど。それはそれとして俺は遥稀からしたらどんな匂いがするんだろうか?

 聞いてみたい気持ちもあるけど絶対に引かれる自信がある。

 遥稀の好きな匂いを薦めては、と言っても知識がそれなりにあって色々と試したうえで好きな香りが結構あるようで難しいらしい。

 というか、


「いや、意外とその方面も詳しいのが意外で」

「あー最近、眠れないことが多いから、その、安眠するために調べてて、アロマとか焚いてるからかな」

「アロマか...リラックスするには良いって聞くよな、あとで教えてくれないか?」


 そっか、まだ完全な安心とは言えないんだな。寝る時にも不安になってしまうのか。目を逸らしながら言う遥稀を見て少し心が痛くなった。


「いいよ、蒼の好きな香りも探そう」


 遥稀は明るい声で言った。リラックスできる空間の大切さを誰よりも知っているからなのだろう。遥稀のおすすめをいくつか聞きながら俺も好きな香りを探していく。






「いつまで笑ってるんだよ」

「だって、ふふ、彼女さんへのプレゼントですか?素敵ですね、って、ふふ、可愛いパッケージだもんね」


 自分用にハンドクリームを買おうと会計をしたときに店員さんに言われた。先に会計を終えて待っていた遥稀は盛大に吹き出してこの様子だ。


「それは、遥稀のおすすめだって言うから、その、」


 俺が購入したものは遥稀が愛用しているメーカーらしい。香りも選んでもらった。


「パッケージも可愛いし、使いやすくてオススメなのは本当だよ。使ってみたら?」

「おう、そうしてみる」


 遥稀に促されて早速使ってみることにした。キャップを開けて適量出してみる。だが、思ったよりも出てしまった。

 手に広げてみるが、結構余ってしまいそうだ。洗い流すのももったいない。

 そんな俺の様子に遥稀はまた吹き出した。


「出し過ぎだよ。少しちょうだい」

「あ、う、うん、悪い、な」


 遥稀は俺の手を取ってハンドクリームを広げながら貰っている。


「ほら、こうやって手に馴染ませて、指先もきちんと塗らないとダメだよ」


 小さな手が俺の手を握ったり指をなぞったり、マッサージするように滑らせていく。くすぐったくて少しだけ恥ずかしい気がした。やばい、これは家で使っている時に思い出すやつだ。

 遥稀は満足げにハンドクリームの感想を聞いてきた。こっちは緊張と嬉しさといろんな感情がこみ上げて駆け巡って大変だというのに。だが、これはきちんと言わなければならない。


「ああ、えっと、その、うん、遥稀、あのさ、」

「うん?」


 言え!俺!はっきり言え!どもるな!


「その、誰にでもこういうことしてるのか?」

「こういうことって?」

「ほら、その、ハンドクリームを人に、縫ってあげたり、とか?」


 ど、どうにか言ったぞ!俺!

 少しの沈黙が流れる。


「あ、ごめん、嫌だった?」


 遥稀はさっきまでの自分の行動に対して少ししゅんとしている。違う違う、落ち込ませたいわけではなくて、全然嫌じゃない。何ならご褒美まである。

 いや、さすがにこう伝えるのは気持ち悪いな。


「あ、いや、嫌じゃなくて、、あんまり男子にはやらない方が良いぞって、その、勘違いするやつとか出てきそうだし」

「勘違い...?」

「あーまあ、ほら、結果的に手を握るわけじゃん?それで、自分に好意があるんじゃないかって、」


 そこでふと思う、遥稀って普段そんなに男子と話さなくね?俺やサトさん、要とは話すけど、それ以外とは全く...。そういえば前に男子は少し苦手って言ってたような...。


「よくわかんないけど、蒼が言うならきをつける」

「それならいいや。にしても、これいいな」


 そもそも関わろうとしないからこういった接触を心配する必要がないのか。今の時期から遥稀の好感度を上げるのは難易度高いだろうし。あれ?心配することなかった?

 1人で勝手に動揺してた俺、恥ずかしくね?

 いや、切り替えが大事だ。うん。


「次は遥稀が行きたかったところだろ?ほら、行こうぜ」

「うん」


 俺はさっきまでの言動と行動を誤魔化すように言った。遥稀も気にした素振りなく立ち上がった。

 よし、勝負はここからだ。

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