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あの後、遥稀は遠慮していたけど結局まいに押し切られる形で俺が家まで送ることになった。
頭を痛そうに冷やしながら歩く遥稀からカバンを取り上げてゆっくりと歩く。
「やっぱり、頭痛むか?」
何かを考えこんでいて表情が暗い遥稀に聞くと目をパチパチしながら俺の方を見上げた。
「え、あ、うん。少しだけ」
少しだけかすれた声で返しながら目を逸らす。さっきまでの出来事を気にしているらしい。
「急に何かをつぶやいたと思ったら急に頭を殴り出すから驚いた」
「ご心配をおかけしました...」
「すぐに止めるのは難しいと思うけど、あまりやるなよ?それこそ大きなけがに繋がったら怖いし」
本当にあの時は怖かった。小説や漫画の表現で見る鬼気迫る様子というのをまじまじと現実で見せつけられた気分だ。
「仰る通りにございます...」
遥稀が俯きながら言ったところでふと気がつく。心配のあまり強い言い方で怖がらせてしまったのではないかと。ずっと俯いていて声も暗いし...。やってしまった。
「あ、そこまできつく言いたいわけじゃなくて、その、あんまり気負い過ぎるなよってことで、えっと、俺が近くにいるときはガードできるようにするから、」
違う。ガードじゃない。俺は、遥稀を守りたいんだ。これ以上、追い詰められることがないように。少しでも心から笑ってくれるように。
「うん、ありがとう」
遥稀は俺が貸したハンカチを見つめて少しだけ微笑んでから言った。
ああ、また涙が膜を張っている。溢れそうなのを必死に堪えながら微笑む遥稀の姿に心が痛くなる。
こんなになるまで簡単にガードするとかフォローするとか調子こいておいて何もできなかった自分自身に腹が立つ。
涙を見せまいと、弱音を吐かないと歯を食いしばって、壊れるまで自身を鼓舞し続けて遥稀はどうにか自分を保とうと、立ち続けようとしていた。きっと、簡単に腰を落ち着ける事は出来ないんだろう。遥稀はその方法を知らないから。
それならば、少しでも寄りかかられる存在に俺はなりたい。
「まいみたいに安心させる事は出来ないけど俺のことも遠慮せずに頼ってほしい」
俺はまいみたいに涙をぬぐうことを許されていないから。まいみたいに前に出て手を引くこともできないから。せめて、転びそうになった時、倒れそうになった時、後ろから静かに支えることくらいは許してほしい。
「けっこう、頼ってる」
やばい、今の言葉は結構嬉しいかもしれない。遥稀は何げなく言ったのだとわかっている。それなのににやけそうなくらい嬉しく思うのは俺が単純だからなのかもしれない。
でも、何気なく言ってかつ、俺を不覚にもときめかせておいて遥稀が何も感じていないのは少し悔しい。
「じゃあ、今以上に。遥稀が潰れないように、これ以上辛くならないために。約束な」
俺は少しだけカッコつけて言って、遥稀の頭を撫でた。
遥稀は最初は驚いてそれから笑った。うん、やっぱりこの笑顔だ。嬉しそうに楽しそうに無邪気に笑う。遥稀の大切な魅力の1つ。
もう少しで遥稀の家に着く。
そしたら、明日までお別れ。遥稀が明日来るのかもわからない。そでもいい。遥稀の心が休めるのなら。授業で習ったことも俺が教えれば問題ない。
それでも、また明日遥稀に会いたいと思うのは俺のわがままなのかもしれない。
「あ、蒼。送ってくれてありがとう」
「いや、いいよ。今日はご飯食べて風呂入って早く寝るんだぞ?眠れなかったら好きな本を読んだり、電話して気を紛らわせたりしてだな、」
「うん、わかった。あの、蒼、」
「うん?」
「また、また、明日ね」
俺は遥稀を思わず凝視する。きっとまだ大丈夫じゃない、それでも必死にもがいて前に進もうとしている。止められないだろうな。
「遥稀、また明日な」
俺も遥稀に目線を合わせて言う。遥稀は嬉しそうに手を振った。
俺は遥稀が家に入ったのを見届けてから自分の家へと足を動かす。また明日会える嬉しさと傷ついてしまうかもしれない不安を抱えながら家を目指す。
不安の方が大きいけれどきっと大丈夫だ。そう思わないといけない気がした。




