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癒しの木  作者:
枝は折られた
40/120

25

 当たり前はいつか当たり前を終える。

 日常は新たなものへと塗り替えられる。それは呆気なく、元にあった日常がかすんでしまうほどに変化することもある。

 でも、時々そのぬくもりを思い出すくらいは許してほしい。穏やかで優しくて美しい時間を。





「皆さんも今日で卒業ですね。受験の結果はまだ出ていませんが、皆さんそれぞれが自分なりに頑張ってきたと思います。その頑張った思いやこれまでの中学生活の思い出を胸に今日の式に臨んでほしいです」


 式の前から既に涙目の担任の様子に何人かはもらい泣きをしそうになっているのか泣きそうになっている。体育館の上にある卓球場に集合してみんなそわそわした様子だ。


「蒼くん、その、式が終わったら、ボタンくれないかな?」

「要くん、いいかな?その、」

「清水さん、俺の第二ボタンを貰ってくれないかな?」


 そわそわしていた理由はこれか。

 まいと要は困ったように断っている。蒼はすんとしている。対応が塩だ。

 まあ、高校の合格発表や合格者オリエンテーションは制服参加だからあげれないのは事実だよね。


「遥稀は行かなくてもいいの?」

「え?なにが?」

「何がって、蒼くんのボタン貰いに行かなくても」

「蒼がオリエンテーションあるからって断ってたじゃん。そんな追剥みたいなことダメだよ」

「追剥って...一応純粋な乙女心だと思うよ?」

「乙女心は免罪符にはならないと思うよ...?」


 ああ、遠くの方で周りの女子に威嚇しまくっているさくらが見える。純粋に見えるから質が悪い。

 恋心、乙女心は可愛らしいけどそれは他人に迷惑をかけないことが大前提の話なわけで。まあ、いいか。


「あ、でもまいとは写真撮りたいかも」

「いいよ!ハル。後で撮ろうね!」

「う、うん...。」


 結構距離があったはずなのに聞こえていたのか。


「そろそろ入場するから並んでください。お手洗いに行くなら今が最後です」


 案内係の生徒がそう言うと、トイレに行く数名以外は列に並び始めた。出席番号順に並ぶ。

 あ、あの人たちと近い。私は目を合わせないように下を向く。


「おーい、遥稀ちゃ、」

「遥稀、もう卒業だね。部活でも生徒会でもありがとう」

「え、えっと、梨乃?急にどうしたの?」

「ううん、最後だと思ったら...私、頼りなかったよね?部長なのに、生徒会長なのに、遥稀にはたくさん負担掛けてたよなって思ったら...」

「そんなことないよ。部長は梨乃にしか務まらなかったと思うし、私だって、梨乃に助けてもらったから」


 現在進行形で...。


「うう、遥稀ありがとう...」

「式の前から泣いちゃダメだよ。挨拶もあるでしょ?」

「うう...あとで写真撮ろうね」

「うん...」


 梨乃の涙にさすがに話しかけるのを断念したらしい。ありがとう、梨乃。


「卒業生、入場します。ここからは私語厳禁でお願いします」


 吹奏楽部が演奏する中、1人ずつ入場する。きれいに飾り付けられた体育館は非日常を演出していて今日が卒業式という特別な日であることを十分に表していた。


「卒業証書授与、3年1組、」


 証書授与の時、感謝を叫ぶ生徒もいたけど式は恙なく進んでいく。


「卒業生代表挨拶、小川梨乃」


 代表挨拶、梨乃は涙ぐみながらも立派に成し遂げていた。

 梨乃の言葉を聞いて泣く人が何人もいる。その中で涙を流すことのない私は冷たい人なのだろうか。正直、卒業が悲しくて寂しいという気持ちよりもほっとした気分でいる自分がいる。

 蒼やまいは冷たい人じゃないと言ってくれるのかもしれない。でも、卒業式という場において私の心が揺さぶられることは残念ながらなかった。

 安堵感、安心感。それらが胸を支配する。後輩に会ったら何か変わるのかな。


「卒業生、退場」


 入場と同じように吹奏楽部の演奏に合わせて歩き出す。ああ、もう終わりなんだ。

 卒業式は思っていたよりも呆気なく終わってしまった。泣き出す生徒が多い中無表情を保っているのは私だけ。

 悲しそうな声や楽しそうな声が聞こえる中で私だけ。


「これから、花道があります。後輩たちも多く駆け付けているので、中学生活最後の交流を、」


 担任の話を聞き流しながらまいとどこで合流するかを考える。

 まいの方が先に花道を通るはずだから...まあ、後輩に囲まれているだろうけど。


「遥稀、」

「あ、蒼、なに?」

「後で写真撮らね?」

「蒼も?いいけど、私と撮って楽しいのかね?」

「思い出だろ、思い出」

「わかった。でも、先にまいを探して、部活でも撮るって言ってたんだよね」

「忙しいな。俺は最後でいいよ」

「わかった。どこら辺にいるのか教えてくれたら行くね」


 どうやら、私達のクラスが移動する時が来たらしい。あまりいい思い出のある教室ではなかったけど、学級文庫とかは面白かったな。

 それに、まいが助けてくれたのも、蒼が手を差し伸べてくれたのもこの教室。そんな風に考えると悪い場所でもなかったのかもしれない。

 ほぼ1年間、占領し続けたこの席ともお別れか。次にこの机と椅子を使う後輩が嫌な気持ちをしないように祈ることしか私にはできないけど。それでも願わずにはいられない。

 辛くはあったけど不幸ではなかった。ありがとう。私のそばにいてくれて。


「遥稀、もう行くよ?」

「うん」


 最後に風で揺れたカーテンと火の光に照らされた机を眺めて私は外に出た。


「ハル、ほら、写真撮ろ!」

「うん!まい、ありがとう」

「どうしたの?急に」

「言いたくなっただけ。それから、大好きだよ、ずっと」

「私もだよ。私もハルのことが大好き。だから、ずっと最高の友達で最強のライバルでいてね」

「うん、もちろん。私、まいの横を堂々と歩いて、いろんな人にまいのライバルは私って自慢できるくらい強くなる。だから、それまで、待ってて」

「ハルはもうすでに強いよ。今以上に強くなられたら私ももっと強くならないとじゃん」

「強くないよ」

「強いよ。私を助けてくれたあの日からずっと...蒼くん、探さなくてもいいの?」

「場所は聞いてるから大丈夫。写真、ありがとう。たまには、連絡してもいい?」

「もちろん」


 最後にまいは私の頭を撫でて蒼の所へ行くように促した。

 促されるがまま、私は蒼が指定した場所へと向かった。

 ここら辺のはず...。

 お、いた。


「蒼先輩!お願いします!付き合ってください!」

「ごめん、無理」

「り、理由を聞いても良いですか?」

「理由って...」

「癒木先輩と付き合ってるって噂は本当なんですか!?」


 そんなおかしな噂が流れていたのか...。そのうち消えるか。というか、今日卒業だし。


「遥稀とは付き合ってないよ...。まだ」


 最後の方は聞き取れなかった。まあ、否定してくれたことには感謝。


「それじゃあ、付き合ってくれても、」

「ごめん、無理」


 なおが言ってた塩対応ってそういうこと?いつも聞く声よりも冷たい気がするし。

 ああ、女の子は行ってしまった。こちらには気がつかずに。

 それにしても気まずい。どう行ったらいい?今の空気で行きたくないのだが?


「遥稀、ここにいたの?梨乃が泣いてて、慰めるの手伝っ、むぐ、」

「なお、今は静かに、絶対にバレては、」

「遥稀?」

「げ、」


 隠れていたのに結局バレてしまった。


「あ、蒼。は、早かったね?」

「もしかして、見てた?ってかいつ来た?」

「い、今来たとこ。いやぁ、もう卒業だなって空を見てた」

「遥稀、空見るの好きだもんね。今日はどんな雲があったの?」


 ナイス!なお!いいパスだ。


「ならいいけど...なおは何でここに?」

「そうそう、梨乃が泣いちゃって、遥稀、梨乃を慰めるの上手いから探してたの。さくらが余計に泣かせちゃって」

「いったい、何を言ったの?」

「あ、2人写真撮るんだよね?私が撮ってあげるよ」

「なおは入らないの?」

「私は部活でも撮ったからいいよ。はい、並んで」


 なおの勢いに押されて隣に並んで撮ってもらう。


「はい、」

「ありがとう、なお。蒼も、後で写真送るね」

「ああ。そうだ、バレンタインのお返ししたいから今度都合のいい日教えて」

「え、わざわざいいのに」

「俺が返したいだけだから」

「遥稀、こういうのは気持ちなんだから汲んであげなよ」

「わかった。それじゃ、後で連絡するね」


 軽く行って梨乃の所へと向かった。

 少しだけ静かな気持ちで終わるのかと思ったけどそんなことはないらしい。これも、蒼の言うところの思い出なのだろう。

 慰めた後、私達は梨乃に押されて最後の部活会に参加することになった。

 



 非日常はいつの間にか日常の中に溶けていく。卒業という非日常もきっと終わりであり始まりであり通過点に過ぎない。

 折られた枝は同じ枝には戻らない。でもきっと、次に伸びる枝は強くきれいな葉をつけ花を咲かせることができるのかもしれない。花で散るのか実がなるか。それは誰にも分らない。












「とりあえず、まだ繋がりを維持する事は出来たかな」

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