23
時は止まることなく進み続けている。
進んでいるはずなのになぜか、私だけ取り残されているような感覚になる。進んでいるのか停滞しているのか私にはわからない。
そんなもやもやとした感覚が晴れることを願って今はもがくしかない、のかもしれない。
冬休みも終え、ついに決戦の日、受験日まで日数が少なくなってきた。
教室内の空気もピリピリしてきたわけで。授業中も集中しているが故の独特の空気に包まれていた。
「遥稀、ここなんだけど、授業じゃよくわからなくて、教えてくれない?」
「いいよ。ここは、覚え方としては、」
休み時間も勉強に関する話題が増えてきていよいよって感じ。相変わらず、絡んでくる輩もいるけども。
「はぁー遥稀ちゃんは休み時間に変わらずに読書なんて、さすが余裕ぶっこいてて羨ましいなぁ?」
「それな。みんな必死に勉強して詰め込んでるのに1人だけ優雅に読書なんて、優等生はさすが違うな?」
「へぇ?人の話を無視できるくらい偉くなったんでちゅねぇ?...無視すんなよ」
「...。なに?」
何度対応してもやっぱりな慣れない。
恐くて今すぐにでも逃げ出してしまいたい。震えそうな手を必死に握りしめて動揺を悟られないようにしないと。
「お前のせいでクラスの士気が下がんのわかない?あ、わかんないよな?文字ばっか読んでて空気読めないから」
「そうそう、いじりも真面目に受け止めちゃうくらい全然空気読めないバカだもんな。クソ真面目のくせに空気読めなくて性格も終わっててブスとか、マジ人間として終わったるよな」
我慢...あと少しの我慢。
休み時間はもう少しで終わる。無視すればいい。
実際、性格が良くなくて空気も読めないこともわかってる。それは、反論のしようがないから。今さら、そんなことは気にしなくてもいい。
「いや、クラスの士気下げてるの誰かわかってない時点で終わってるのはそっちだろ」
「あ?なんだよ?お前には関係ないだろ?」
「関係ないってか、それなら、遥稀が休み時間に本読んでても問題ないだろ?それでお前らに不利益をもたらしたことでもあんの?」
「だから、こいつのこの態度がクラスの士気を下げてて、」
「お前らのそういう言動が士気を下げてるってなんでわからないんだよ?大声で、1人をなじって正直不快なんだよな。何?人を貶すことでしか絡めないとか空気を読むことできないのはそっちだろ」
蒼が嘲笑するように言ったことで肩を震わせて怒っているようだ。
蒼もいつもみたいに冷静じゃない。落ち着けないと。
「お前、自分がちょっとカッコいいからって調子にのんなよ?ナイト気どりとかマジでダサいからな?」
「何も言い返さない個人を集中的に痛めつけてるやつらよりはマシだけどな」
でも、どうやって止めよう。
声を出すのも怖いのに。私に、何ができるんだろう...。
その時、男子が蒼に向かって拳を振り上げようとしているのが見えた。
「わ、私が本読んでても問題ないでしょ!」
蒼から意識を反らそうととっさに出た言葉はそれだった。
思ったよりも大きな声が出て自分でも驚きが隠せない。一瞬、教室内の空気が止まった。
蒼から視線が移されて今度は私が睨まれた。私も負けないように頑張って睨み返す。
声だって震えていたし、体だって気を抜いたら震えそうだ。それを必死に堪えて睨みつける。
「な、なんで、私に、いつも酷いことを言って、酷いことをするの?わ、私は貴方たちに何か、したの?」
「は?そんなの決まってるだろ」
手を振り上げられた。思わず目を瞑る。
衝撃は来ない。目を開けるとニタニタと笑う不快な表情が見えた。
「リアクションが面白くて気に食わないからに決まってるだろ」
そう言って肩を押された。思ったより強い力に尻もちをつく。
「はっ、言い返した来たかと思ったらただのイキりかよ」
何それ、恐いけど、こんな奴らになんて負けたくない。私はそう心に決めて睨む。
私はそう心に決めて睨む。そして、転ばないように、でも、ゆっくりと睨みながら立ち上がる。
私が気に入らないだとか、空気が読めないだとか関係ない。私は今、非がないのにも関わらず不当な扱いを受けているんだ。
こんな幼稚なやつらになんて負けたくない。
「あ?なんだよ、その目」
「それは、こっちのセリフ。気に食わないとかで幼稚な真似しかできないやつ、私は嫌い。私は貴方達が大嫌い。関わり合いになりたくないくらいに」
教室内の空気が凍ってるとかそんなことは関係ない。私の頭は今、沸騰しそうなくらい熱いのに脳内が氷のように冷えている。怒っているのに冷静でいられる、初めての感覚。
普段なら言いたくない、汚い言葉が私の頭の中に湧いてくる。
勢いだけでは言ってはいけない言葉も浮かんでくる。だけどダメ。そんな言葉を投げてしまってはこいつらと同類になってしまう。
言葉はきちんと選ばないといけない。
「遥稀、大丈夫か?手首、捻ってそうだけど」
発する言葉を選んでいると蒼が横から声を掛けてきた。
言われた通り手首を見ると少しだけ無理な動きをしていたみたいで熱くなっていた。その熱を認識した途端、徐々に痛みが強くなってきた。
「...捻ってるみたい。痛いかも」
教室内がどよめいた。
主に女子が2人に冷たい視線を向けている。
「足は?擦りむいていたりしていないか?」
「そ、れは、大丈夫かも」
蒼が心配している声に一気に毒気が抜かれた。選んで放とうとしていた言葉たちが霧散していく。
そして、そんな私達の会話と教室内の空気に後ろにいた1人が気まずそうな表情を浮かべていた。言い方は悪いが、主犯の腰ぎんちゃくは空気に耐えられないらしい。
「保健室に行って湿布とかもらった方が良いかもな」
「...うん、そうする」
「事情説明とか必要だろうし俺も行くよ」
蒼はちらりと2人を睨んで言った。そして、軽く私の頭を撫でた。
階段の前に着くと私は思わず座り込んだ。今までこもっていた力が抜けていく。
「遥稀、大丈夫か?やっぱり、足も怪我して、」
「ううん、緊張が、解けただけ...力が、抜けて...蒼、巻き込んでごめん」
「いや、それはいいけど。それよりも、さっきの遥稀カッコよかった」
「え?」
「はっきり言えるじゃん」
「あ、あれは、思わず頭に血が上って...多分、蒼が止めてくれなかったらもっと酷いこと言ってた」
止めない方が良かったか。と笑っている蒼の表情を見ると少しだけ安心した。
安心した途端、今度は涙が溢れそうになる。いつから私は泣き虫に戻ってしまったんだろう。
「遥稀、大丈夫だからな。大丈夫」
「うん、うん、」
蒼は私の背中を擦りながら落ち着くのを待ってくれた。
「落ち着いたなら行くか。ほら、」
手を差し出されて思わずぽかんと見つめる。
すると、照れたように、
「階段、まだ苦手だろ?あんなこともあったばかりだし。だから、全部降りるまで握ろうかと」
その様子に思わず私は吹き出した。
「ふふ、似合わなすぎて面白い」
「遥稀って時々失礼だよな」
「でも、恐いのは本当だから、お言葉に甘えてもいい?」
「もちろん」
蒼は優しく私の手を取ってゆっくりと階段を降り始めた。
私もそれに続き、ゆっくりと階段を下りる。私よりも少しだけ高いその体温に安心を覚えながらゆっくりと目的地へと私達は向かった。




