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癒しの木  作者:
枝は折られた
25/120

10

 日に日に寝付くのが遅く朝起きるのが早くなっている。

 嫌な感じがして深夜に目覚め、怯えている間に朝を迎える。日の光が照らすのが怖い。月が輝くのが怖い。目に映る全てのものが恐ろしくて怖い。

 閉じても焼き付いたそれらは私を離してはくれない。





 今日も目覚まし時計が朝を告げる。

 日を追うごとに頭痛と腹痛は収まることを知らず、それどころか吐き気という新しい症状までついてきた。本当に要らないプレゼントだ。

 2学期になっても私を取り巻く環境は変わらない。いや、陰湿さという面では悪化しているのかもしれない。


「おはよう」


 蒼は今日も心配そうに挨拶をした。2学期になっても相変わらず私の隣の席は蒼だった。最前列の端の席はもはや私達の特等席と化している。

 この席にいる間は少しだけ肩の力を抜くことができる。


「遥稀、おはよう」

「なお、おはよう」


 なおとも変わらない距離感を保てている。

 なおには何ともなくて正直ほっとした。なおを困らせたくなくて、私は人前で弱音を、マイナスな言葉を吐くのをやめた。

 負の感情をまとった言葉は人を傷つける。私の言葉で人を傷つけるくらいなら黙っていた方がマシなんだ。そう思う。

 2学期になって変わったこと、それは、私は話す人を最小限にして本と向き合う時間が長くなったことだ。いわゆる現実逃避なのかもしれない。


「...。蒼、どうしたの?」

「いや、その本面白い?」

「え、うん、なんで?」

「楽しそうに読んでたから。おすすめして良かったなって」


 蒼の薦めてくれる本はどれも面白い、というか私の好みに当てはまっているものが多い。

 でも、私が楽しく見えるのはきっとそれだけではない。

 本の世界はいつだって私に優しかった。

 私の存在を受け入れてくれることはないけれど、拒むことも攻撃してくることもない。書かれた文字や情景は平等で多くの色や温度を持っている。その中で私はまじわることのないいわば空気になれる。

 そうして、私はひたすら本を読むことに没頭した。




 放課後、図書館へ寄ることが私の日課になっていた。

 なおとも朝の挨拶だけをしてそれ以外はあまり話さないのが日常となった。最初の頃は寂しく思っていたけれど今ではその気持ちさえ風化して何も感じなくなった。

 ぼんやりと借りる本を物色する。蒼に薦められた怖い本は一通り読み終えた。

 ふと、1冊の本に手が伸びた。タイトルは、


「雨月物語...。」


 古典の怪談話だった気がする。以前、『古事記』や『日本書紀』は読んだことがある。その後は蒼に薦められた怪談シリーズ。その後は、


「あれ。ハル?」


 ふいに声を掛けられて大げさに振り向く。


「ごめん、驚かせた?」

「う、ううん、大丈夫。まい、どうしたの?」

「ハルがいたから声を掛けただけだよ」


 まいはそう言って優しく私の頭を撫でた。心に温かいものが広がっていく気がする。

 清水舞依、小学生の頃、よく一緒に遊んだ友達、中学生に上がってからは部活もクラスも違うため話す機会は減っていた。

 親しみやすい明るい笑顔にハキハキとした性格で多くの人から憧れと尊敬の眼差しを向けられている。クラスの中心にいるような子なのに隅っこにいるような私に声を掛けてくれた優しい子。

 いつだって彼女は優しく私の手を引いてくれた。


「ハル、大丈夫?元気ないでしょ」

「そ、そんなことないよ。最近寝不足気味だからかな」

 

 ごまかすように私は言った。


「嘘つかないで。この前の周回だって俯いて暗い顔したみたいに見えたけど。心ここに在らずって感じで」

「私、いつもぼんやりしてるから」

「いつもと違うぼんやりだった。何かあったの?お願い、話して?」


 まいは真剣な目で私を見ていた。私は視線を逸らすこともごまかすこともできないと悟った。

 でも、人の目があって上手く言葉が出てこない。まいもそれを感じ取ったらしい。


「ここじゃ話しづらいよね?場所を変えよっか」


 そう言って私の手を引いて歩き出した。私は抵抗する気にもなれずそのまま俯いてついて行く。


「ハル、ここでなら話せそう?」


 まいが連れてきたのはよく遊んだ公園。いくつかの遊具は撤去されていて時の流れと寂しさを感じさせる。


「この木はまだ残ってるんだよ。ハル、おいで」


 小さい頃、ぼんやりと空を見ていて木の下。促されるままに腰を下ろす。


「無理にとは言わないけど話してほしいの。私はハルが辛いのは嫌だから」


 私はまいの優しさと強さを孕んだ眼差しを前に話さざるを得なかった。

 そして、3年生に進級してからのことをポツポツと話した。途中、涙があふれて言葉が詰まってもまいは私の背中をさすってゆっくり話を聞いてくれた。


「そっか、ハル、よく頑張ったね」

「わたし、がんばった?」

「うん、すごく頑張ったよ」

「でも、もう、わたし、頑張れるか、わからない」


 私は情けない声でそう言った。意地で弱音を抑え込んで踏ん張って来た。

 それなのに、弱音を、泣き言を吐いて自分の弱さを人に、自分にさらして踏ん張ることも頑張ることもできるはずなんてなかった。


「ハル、もう頑張らなくてもいいんだよ」

「え、?」


 まいは私の背中を擦ってそう言った。


「ハルが、辛くて傷ついてまで頑張ることないと思う。もちろん、ハルが頑張り屋でなのは知ってるしそれは長所でとてもいいことだと思う。だから、今度は別のことを頑張るために今はお休みしよう?」

「おやすみ?」

「そう、また笑えるように、好きなことを頑張れるようになるために」

「でも、わたし、頑張らないと他の人にも追いつけないし、立つことだって、きっとできない」

「そうしたら、歩けるようになるまで私が手を引いてあげる」

「あるける、かな」

「歩けるよ。だって、ハルのすごいとこを私はいくつも知ってるもん。それはね、他の人には絶対に負けないすごいものなんだよ。だから、大丈夫だよ、ハル」


 私を安心させるようにまいは私を優しく抱きしめた。そのぬくもりは冷えた私の心をじんわりと温めていった。

 背中を優しく叩くまいの手は震えていて、私の肩はまいの流す涙でぬれた。私はまいの優しい体温に身を委ねた。

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