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「要くん、その、清水さん、泣いてたね…」
帰り道、まいに触発されたように由愛も泣きそうになっていた。
こればかりは本当に仕方なくて、どうしようもないことだと思う。
遥稀の心に触れるということは、きっとどこかで自己の破滅を意味する。
遥稀は全くの無意識だろうが、あいつは他者の一番見たくない醜い部分を投影して見せつける。無自覚に恐ろしいことをしている。
しかし、他者から見ると、遥稀の醜い部分は非常に見えづらい。
仲のいいやつに見せる気の抜けた表情や少し口が悪くなるところはギャップとして処理されてしまう。弱さや脆さは庇護欲を掻き立て、強さや落ち着いた面は尊敬や畏敬の念を集める。
結局のところ、あいつがマトモな人間扱いをされることは今も昔も少ない。
神のように尊敬され、崇拝されるか、愛玩動物のように愛でられ、保護される。あるいは、異端者として攻撃されるかのいずれかに分類される。
遥稀の部活の後輩たちは遥稀の人を惹きつける性質や年下には基本的に優しい面が尊敬され、良き先輩として慕っていた。高校での部活仲間の中には遥稀をやたら崇拝し、若干の執着心を見せている人がいると小耳に挟んだ。
大体のクラスメイトは遥稀の身体的な特徴から愛でつつ保護すべき人間と認識する。最初は遥稀も戸惑ってはいたものの、周囲に悪意がないことがわかると適度に周囲を頼る素振りを見せていた。
さくらは、遥稀のことを空気の読めない変人というレッテルを貼り、徹底的にその地位を脅かそうとした。オレのことが好きと言いつつも、結局は「遥稀と仲のいい日浦蒼」に関心があったのではないかと思っている。
ただ一人、蒼だけは違った。
蒼は遥稀の言葉や行動に救われた一人であるはずなのに、崇拝対象にも愛玩対象にもしようとしなかった。庇護欲がまったくない、というわけはないと思う。
遥稀が重たいものを持っていたら積極的に手伝っていたし、遥稀のことをさりげなく褒めることもあった。きっと、遥稀に助けられた時から気になる女子、または好きな子として認識していたのかもしれない。
蒼だけが遥稀のことを普通の女の子として見て、接していた。好きな子に対する特別扱いや感情はあっただろうが、それに飲み込まれることなく、遥稀のことを気にしていたのが今になってわかった。
「要くん?」
「あ、いや、蒼ってすごいなって思っただけ」
「いきなりどうしたの?」
「いや、遥稀のこと、普通に女の子扱いしてたんだなって」
オレがそう言うと由愛は笑い出した。
「遥稀ちゃんて、普通に女の子でしょ?小さくて守ってあげたくなる気持ちは分かるけど。それをすごいって」
「あ、いや、その、遥稀って、人を惹きつけるとこあるじゃん?」
「あー。あるね。すごく派手ってわけじゃないのに目が離せないというか、独特な世界観を持ってる、みたいな」
「まさにそれ、」
「でも、遥稀ちゃんって、普通の女の子だと思うけどな…。私が出会って関係がまだ浅いってのもあるかもしれないけどね」
「遥稀が…普通?」
「だって、早緑さんといる時とか、可愛い女の子って感じがしてね。確かに、すごい人だとは思うよ。だけど、たまに、なんだか寂しそうにも見えるんだよね」
オレは由愛に話の続きを促した。
「なんだろ、たまに一人ぼっちの世界にいるみたいな時があって、例えば、誰かを待ってる時とか、ぼんやりしてる時とか、空を見上げている時とか」
オレは一瞬、息をのんだ。
遥稀が空を見上げている理由が少しだけ理解できた気がしたからだ。
「遥稀、雲の形を見て、あれが黒猫とか三毛猫とか、言って話すことがあったんだ」
「猫の形は分かるけど、色や模様まで?」
由愛は少し首を傾げた。普通の人には形は見えても色まで認識する人は少ない。
遥稀は基本的に現実にいる動物や物を雲に投影していた。モンスターが出てきたのはゲームで見たキャラクターだからと話していた。
そして、雲を見上げて形を見つける直前まではどこかつまらなそうな顔をしていた。それが、由愛の言う寂しそうな表情だったのかもしれない。
雲を見ることはたぶん遥稀にとって、現実から逃げ込める救いの時間だったのではないだろうか。
受け入れられない現実よりも受け入れてくれるかもしれないどこかへの憧れがあったのかもしれない。蒼が遥稀に想いを告げた時に感じた不安はまさにこれだ。
きっとどこかへ飛んでいきそうな寂寥感を感じたのだろう。目の前で好きな人が消えてしまうと考えてしまったらたまったもんじゃない。
何が何でも引き留めたかったはずだ。
そして、オレは少し後悔の念を覚えた。オレは、遥稀を観察することに夢中で、きっとその孤独を埋めることは出来ていなかったのだ。
遥稀は、雲の形を教えて少しでも世界を共有しようとしていたのに、オレはそれをきっと無意識のうちに裏切ってしまった。




