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癒しの木  作者:
ふつうを求めた、オレの友達
112/120

22

 3年生に進級すると、オレと遥稀は初めて別のクラスになった。遥稀だけじゃない、蒼もなおも別のクラスだ。さくらとだけは離れることができて少し嬉しいと感じてしまったが、今まで一緒に過ごしていた分、少し寂しくなった。

 3年ということで、何もかもが中学最後になってしまう。二年間が短く感じてしまうほどにはきっと、それなりに楽しめていたからなのだろう。冬に向かうにつれ、受験という大変憂鬱なイベントも迫ってくるのだが、まだ一学期の頃はそれなりに気楽に構えていた。

 遥稀や蒼もきっと同じだと勝手に考えていた。


 ただ、遥稀は夏に向かうにつれ、徐々に元気をなくしていっている様子だった。

 受け答えが所々ぼんやりとしていて、たまに感情が消え去ったような瞳をする。なおはいつも通りの様子で、遥稀の変化に気がついているようには見えない。蒼はそんな遥稀の様子に常に気を配っているみたいだ。


「要くん、最近、遥稀が元気ないように見えるんだけどどう思う?」


 唯一、同じクラスになった美波が呟いた。

 美波も遥稀の様子を心配しつつもどうしたら良いか困っているらしい。

 クラスの違うオレ達ができることはほとんどない。深く踏み込んでしまっていいのかも正直分からない。遥稀は踏み込んでほしくなさそうだ。

 オレや美波が遥稀のクラスへ遊びに行くと、笑っている。

 若干笑顔が固い気がするが、それでも必死に取り繕っている。相変わらず、強情で負けず嫌いなところに安心しつつもどこか不安だった。


 今にも遥稀が壊れてしまいそうで、気が気ではなかったからだ。



「遥稀、お前大丈夫か?」


 とある日の稽古前にオレは遥稀に尋ねた。どことなく不安定で消えてしまいそうに見えたから。

 遥稀はオレの質問に少し驚いて笑顔を消した。

 そして、すぐに無理に口角を上げて笑顔を作った。


「え?なにが?」


 短い言葉だったが、それは明らかな拒絶だった。


 これ以上踏み込まないでほしい、大丈夫だから気にしないでほしい。遥稀の瞳は必死にそう言い聞かせて、自分は平気だと信じ込んでいるみたいでオレはそれ以上何も言うことができなかった。

 踏み込めば遥稀を傷つける。だけど、このままでいつか倒れてしまう。そんな不安だけがオレの胸に残り続ける。

 秋には大会が控えている。部活は引退しているとはいえ、受験勉強をしつつそれに向けて調整して行かないといけない。それなのに、遥稀の不調は直る気配がない。

 

 2学期に入ってからは特に悪化しているようにも見えた。演技は完璧なのにいつもの目を奪われるような迫力がない。

 それどころか、武器を落として怪我をしそうになるなど明らかにおかしい。あの拒絶の一言からオレはどう聞き出すかを悩んでいた。それは美波も同じみたいで遥稀の本音を探るも上手くいっていないみたいだ。

 なおにクラスでの様子を聞ければ1番良いのだが、さくらが常に隣にいて話しかけづらい。

 さて、どうしたものか。


 オレ達がいくら悩んだところで何も解決することはなく、残酷にも時は進んで行く。

 そして、日に日に遥稀の状態は悪くなっていく。


 適当に首を突っ込んだり手を出したりすれば、遥稀の状態も、それを取り巻く状況も悪化するのは目に見えている。だからこそ、オレ達は何もできずにいた。それが物凄く歯がゆい。


 そんな日々を過ごしていた時、オレはまいに遥稀の様子について問い詰められた。


「要くんは何か知ってるんでしょ?あの子、私の前でもう、頑張れるかわからないって、泣いてたのよ」


 鋭い眼光と言葉にオレは思わず息をのむ。小学生の時にクラス中からハブられ、遥稀に助けられたまいは遥稀のことを大切にしていた。オレと遥稀が出会う以前からの付き合いで、遥稀もまいのことを大好きな友達と公言するほど大切にしている。


「遥稀が泣いてた?…本当か?」

「うん。辛いことがあってそれを我慢していたのかもしれなくて、なんでこんな時に同じクラスじゃないのよ」


 中学に上がって交流は減っていたと思っていたが、そうでもなかったのかもしれない。

 いや、話せていたら遥稀が今の状態になるまで追い詰められることはないはずだ。


「要くんならハルのこと何でもお見通しだと思ってたけど、そんなに上手くはいかないか。急に問い詰めてごめんね」

「それは、いいけど。オレからしたら遥稀の一番の理解者はまいだと思ってたんだけど」


 オレがそう言うとまいは少し寂しそうに笑った。


「私ね、ハルのこと、何も知らないの。本当に好きな食べ物も、好きな本も、好きな芸能人も。それから好きなタイプも。ハルは私に聞くばかりで私には何も教えてくれなかったから」


 それは、まいに嫌われたくなくて、普通の答えができないから隠していたのだろう。


「私より、要くんや美波の方がよっぽど理解してると思う。癪だけど最近は蒼くんもじゃない?」


 蒼に対しては、何か思うところがあるのか苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


 それよりも、遥稀が人前で泣いたことがオレは信じられなかった。どんな時でもあいつは余裕そうな笑みを浮かべていて、不安な時も泣きそうな表情になることすらなかった。それだけ追い詰められているのか、まいだけに見せることができた表情なのかはわからないが、気持ちを吐きだせたということは少し状態はマシになるのかもしれない。


 せめて、大会まで残り少し、悪化することがないように道場だけは安心できる場所として過ごしてほしい。そんなことを考えながらオレはまいの話に耳を傾けた。




 まいに話を聞いて少し経った頃、遥稀の状態は少しだけマシになった。苦しい思いを吐きだせたのが良かったのか、武器を取り落とすことはなくなった。


 このまま本番までに持ち直せたらいい、そう思いながらも不安は消えなかった。


「遥稀、そろそろ帰るぞ」

「うん、わかった」


 追い込みと言わんばかりに先生からの指摘は日々、厳しくなっている。できるだけ改善できるようにしてはいるが、難しい。オレは今日も姿勢を注意された。


「はあ、もう少しで大会本番なのにオレ、大丈夫かな。不安になってきた」

「あと1週間だっけ。もうすぐだね」


 道場からの帰り道、いつものように雑談をしながら歩く。

 遥稀は雲を見ながらぼんやりと返した。


「今日は何に見えるんだ?」

「今日は…なんだろ、ゲームに出てくるモンスターみたいなやつ。口を大きく開けて周りの魚を食べてる」

「え、モンスターって魚食うの?」

「うん。食ってる」


 指さされた方を見てもよくわからない。大きな雲が他の雲と合体している様子は見えるが、どれがモンスターでどれが魚なのだろうか。


「相変わらず、緊張はしていないみたいだな」

「うん、緊張はしてない。だって、」

「できることしかやらない、だろ?知ってる」


 遥稀は雲を見るのをやめてオレの顔をまじまじと見た。少し驚いているみたいだ。


「要、もしかして緊張克服できた?」

「いや、全然。本番のこと考えると手が震えまくる」


 情けない話ではあるが、寝る前にイメトレするだけでも緊張する。頭が真っ白になることは減ったけど、それでも震えが消えることはない。いつもより心臓の音が早くて、息が浅くなる。

 遥稀のように緊張しなくなるための道は長そうだ。


「でも、要、いい顔してる。楽しそう」

「楽しそう?」

「本番を楽しめる気持ちがあったら大丈夫。たぶん」

「そこは確証を持って言えよ」


 オレのツッコみに遥稀は笑っていた。本番を、緊張を楽しむ。オレにはなかった発想だった。だけど、その発想のおかげでなんだかいつもよりもいける気がする。すると、自然とオレも笑っていた。




 いよいよやってきた中学最後の大会の日。遥稀はいつも通りマイペースに時間を過ごしているように見えた。

 年下の子の緊張を解し、普通に弁当を美味しそうに平らげ、本番に備える。

 最近、学校では見せないような穏やかで朗らかな表情をしていて、やっぱり遥稀は遥稀なんだと少しだけ安心した。


 稽古の時はぼんやりしていたり、武器を落とすことがあってかなり危なっかしかった。それでも、どうにか吹っ切れて持ち直すことができたみたいだ。

 今日はなおや蒼、本当はあまり来てほしくないがさくらも応援にきていると聞いたし、いつも以上に気合が入っているのかもしれない。


「次の組、入ってください」


 アナウンスが流れ、遥稀が移動の準備を始めた。


「遥稀、」


 会場へ入る直前に声を掛ける。


「なに?要」


 オレが黙って拳を突き出すと遥稀も少しだけ笑って拳を突き出してぶつけた。そして、息を吐いて凛々しい表情に切り替えて、会場へと入っていった。

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