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癒しの木  作者:
ふつうを求めた、オレの友達
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 運動部の夏の大会、県予選が終わった頃、クラスの雰囲気は少しいつもとは違っていた。大会を終え、緊張感から解放されているやつや悔しさに打ちひしがれているやつまで様々だ。

 文化部の遥稀は大会がまだ終わっていないみたいだが、同じ部活のさくらやなおに比べて随分とリラックスした様子で過ごしている。

 いや、コンクール今週末とか言ってたんだし、少しは緊張しろよ。言っても無駄か。


「要、大会の調整なんだけどさ、」

「それはあと1か月はあるだろ。まずは自分の部活のことを気に掛けろよ」

「だって、あと1か月で筋力を上げないと、」


 日々、筋トレを頑張ってはいるようだが思うように筋肉が付かないことに遥稀は嘆いていた。とはいえ、動きに緩急をつけることは十分にできているので基礎的な筋力は問題ないのだろう。


「身長と筋肉が欲しい…」

「随分と切実な願いだな…」

「要、身長高いんだし10センチくらい私にくれても罰は当たらないと思わない?」

「あげねーよ、ってか、あげられねーよ」

「冗談だって…」


 口は笑っているが目は笑っていない。割とガチだった。

 オレの足を折れば身長が伸びると言われれば迷わず折りそうだよな、こいつ。


「蒼も身長高いし、優弥も伸びてきたし、本当に羨ましいな」

「優弥が従弟ならお前もそのうち伸びそうだけどな」

「それは、うちの母上を見ても言えるか?」

「悪かったよ…」


 以前会った遥稀の母親は小柄な人だった。穏やかに笑う優しそうな人で、普段のこいつからマジで親子なのか疑った。見た目は似てるんだけどな。


「遥稀のお母さんって可愛いよね。この前、お菓子くれたし」

「うんうん、すっごく優しそうだよね。普段から優しいの?」

「あーうん…。怒らせると怖いけど…」


 遥稀は顔を青ざめさせていった。遥稀の母親が怒るところなんて想像ができない。怒れなさそうなのに。


「兄ちゃんとケンカして怒られたときはやばかったな…」

「え?遥稀、お兄さんとケンカするの?」

「そりゃ、するよ。兄妹なんだから」


 それも想像できない。

 遥稀たち兄妹は基本的に仲が良いエピソードをよく耳にする。本とか漫画の貸し借りとか、キャラクターの魅力について語ったとか、一緒に買い物に行った、とか。


「まあ、基本的には負けるから、どうにか引き分けに持ち込む方法を考えてはいるんだけどね」

「そこは勝つ方法じゃないのかよ?お前、負けず嫌いじゃん」

「要、引き分けは負けじゃないんだよ。だから負けてない」


 必死だった。そこまで必死になるのはかなり珍しくて面白い。


 ただ1人、同じ空間にいるのにいつもよりも元気のない人物が目に入る。蒼だ。先週末に蒼の所属している部活は県大会決勝戦に挑んでいた。残念ながら優勝を逃す結果となってしまったようだが、なかなかいい試合だったとクラスのやつは話していた。

 いつもなら会話に混ざってくだらない話や遥稀のズレた話を聞いて笑っているのに寂しい。


「蒼、前に蒼がオススメしてくれた漫画、面白かったよ」

「あ、ああ。ああいう系遥稀好きそうなって思って、」

「バトルシーンが派手で武器がカッコイイのいいよね」


 しかし、遥稀はいつも通り蒼に話しかけていた。明らかな空元気なのに全く気にしているようには見えない。オレの時と同じように慰めるつもりはないらしい。


 クラスの女子の数人は蒼に積極的に、「お疲れ様」や「気にしない方がいいよ」「頑張っててカッコよかった」などの言葉をかけている。

遥稀の口からそのような言葉が出ることは一切なかった。

 一部の女子の間ではその様子が冷たいと取られているらしい。


「遥稀って冷たくない?蒼くんが可哀そうだよね」

「わかる。普段、あんなに仲良くしてるくせにさ、関係ない話ばっかして絶対蒼くんも迷惑に思ってるよね」

「遥稀って、昔から空気読めないんだよ。ほら、今だって要くんとか蒼くんのこと呼び捨てにしてるじゃん?注意してあげたのに直そうともしないで、それに、要くんがいいって言ったからとか言ってさ?要くんも気を遣ってるだけってわからないのかな?」


 あんまり関わり合いになりたくない会話も聞こえてくる。

 さて、遠回りにはなるが、道を変えた方が良いのかもしれない。音をできるだけ立てないようにオレは方向転換を試みた。


「うわ、要じゃん、どうしたの?」

「遥稀と蒼か…そっちこそどうしたんだよ?」


 タイミングが悪すぎる...。こいつらには、できるだけ今行われている会話を聞かせたくない。


「何って、先生に資料室からプリント撮ってくるように言われたんだけど。ほら、私今日日直だから」

「俺は顧問に呼ばれたから。部活の連絡事項のプリントを取りに来いって。クラスのやつらに配らないといけないから」


 資料室はこの廊下の先にある。だが、女子たちの会話は止まることはない。さて、どうしたものか。


「要?早く資料室に行きたいからどいてほしいんだけど」

「あ、えっと、今、その、向こうの方混みあってるみたいでさ、プリントならオレが代わりに取ってくるか?」

「え、いいよ、悪いし。要をパシッたって変な噂が流れてもね…」

「今更だろ」


 まずい、このままだと突破されてしまう。どうにか引き留めねば。

 そう考えていると遥稀はいつの間にかオレの横をすり抜けていた。そして、廊下を進んで行く。


「遥稀、まて、」


「ね?やっぱり、慰めの一つも言えない時点でおかしいんだよ」

「本当に可哀そうだよね。あ、だから友達いないんじゃない?」

「蒼くんも、早く迷惑だって言えば楽になるのに優しすぎだよね」


 少し会話が聞こえてきて遥稀は足を止めた。後に続く蒼も立ち尽くしている。一番聞かれたくない話を聞いてしまった。

 蒼は、一瞬苦しそうな表情をして俯いた。遥稀は、顔から表情が抜け落ちてしまったようだ。とりあえず、2人を回収して落ち着いた場所へ行こう。


 近くにいた蒼の肩を叩き、移動を促し、遥稀にも同じことをしようとしたところで、遥稀はあろうことか、自分の悪口が言われている場へ足を踏み出した。


「あれ?さくらじゃん。どうしたの?」

「え、遥稀」


 遥稀が登場したところで空気が変わった。まさか、悪口の対象にされていたやつが堂々と登場するだなんて誰も思わないだろう。動揺が広がっているのが分かる。


「びっくりしちゃった。4月に私と友達って言ってたさくらがまさか、私に友達なんていないって言いきるんだもん。嘘ついてたんだひどーい」

「は、い、今さら何?友達がいないのは事実の癖に…」

「私なおとか、美波、それからまいとも友達なんだけど、なんでそんな噓言うの?さくらって、噓つかれるの嫌いだったよね?自分は良いんだ?嘘ついて、」

「と、友達と思ってるのは、あんただけで、」


「そっか。それじゃあ、後でなおと美波にも確認しておくよ。それから、資料室に用があるんだけど、どいてくれる?廊下でそんなに広がってちゃ用がある人が通れなくなっちゃうよ」


 遥稀はそう言い放ち、足早に進んで行った。

 その場にいるオレも含めた全員が動けなくなっている。最後の言葉は若干怒気を孕んでいた気がするが、実際に言葉を浴びていないオレにはどういう感情が込められていたのか知ることはなかった





「失礼しました。あれ、要と蒼、戻ってなかったの?」

「俺は今、用事が終わったところだから」

「嘘言うなよ。本当は待ってたくせに」

「要もだろ。あ…。半分持つよ。重たいだろ?」

「あーありがと。さっきの、蒼は気にしなくていいと思うから」

「えっと、」

「はあ、美波となおが巻き込まれてないといいけど…。要も大変だね」

「な、何がだよ?」

「予想だけど、たぶんさくらが教室で泣きついてくると思うよ。あの様子だと」

「うわ、マジかよ…」


 遥稀のこういう予想は地味にあたるから油断できない。さくらと話してた女子もわざわざ遥稀と敵対するような真似はしないと思いたいが、わからん。

 どの程度の恐怖を叩き込めたのか未知数すぎる。

 人があまり見ていないことも考えると何かしらの反撃があってもおかしくはない。


「要、深刻そうな顔してどうしたの?」

「お前が深刻に考えないからこっちが頭を悩ませているんだろうが、阿保」

「深刻に悩んだところで何も変わらないんだから仕方ないじゃん」


 遥稀は高らかに笑ってそう言った。相変わらず虚勢を張るのが上手い。今回は蒼のプライドを傷つけないための行動なのだろうが、こいつの怒りのスイッチがどこにあるのか本当にわからない。


 1度目は、さくらに対して疲れたと言ったあの時。2度目はまいが嫌がらせを受け、窮地に立たされた時、そして、3度目は今。とにかく、他人の尊厳が踏みにじられそうなときに強い怒りを覚えやすいということは分かったが、どこまで反撃をしてどこまで受け入れるのかもわからない。


 きっとオレが全てをわかる日は来ないのだろう。



 遥稀に気にしない方がいい、と言われてもやはり蒼は気になるみたいだった。それどころか無神経な言葉を投げられるごとにその表情は沈んで行っている。ただ、遥稀は相変わらず蒼に対して日常会話を振るし、オレもそれに倣っていつも通りを心掛けていた。

 蒼に想いを寄せる女子たちは、遥稀に取り入ろうとして見事に失敗していた。その様子に一部から不満が漏れ出た。そして、晒し上げられるかのように教室内で遥稀は非難めいた視線を一斉に浴びていた。


 だが、どんなに非難を浴びても遥稀の態度は一貫していて、慰めは必要ないと淡々と返す。そのたびに蒼が可哀そうだと大々的に言われ、さらに蒼は居心地が悪そうにしていた。


「遥稀、大丈夫かな…」

「でも、遥稀はなんで蒼くんにお疲れさまとか言わないのかな?蒼くん、頑張ってたんだし言っても、」

「なお、やめとけ。遥稀は嫌がるし、蒼もいい気はしないと思うぞ」


 教室内での情勢は美波となおが心配するくらいには遥稀にとって良くないものだった。発言力のあるやつらが敵に回っているからこそめんどくさい。大人しい分類の人間はいくらか遥稀に対して同情的だが、それを言葉や行動にすることができないでいる。


「でも、きちんと称えるのは悪いことじゃないと思うけど、」


 なおの言葉は優しい。だからこそ、蒼の心やプライドを深く傷つけかねない。遥稀はそれを危惧している。


「まあ、個人個人が言う分には良いと思うんだけど、蒼くんに気に入られたいからって遥稀に何を言うか聞くのは良くないよね」

「それもあるけど、落ち込んでいる人間に普通の前向きな言葉は届かないってことだな」


 オレの発言に美波となおは首を傾げた。


 これは、きっとどん底の絶望を味わったやつにしか理解できないことなのかもしれない。落ち込んでいる時に届きもしない希望を提示されても腹が立つだけだし、人によっては死にたくなる気分になるかもしれない。オレは消えてしまいたくなった時がある。

 慰められても惨めになる。褒められても納得できない。次があるとわかっていてもその次までの時間は果てしなく長い。それなら、やめてしまいたく、消えてしまいたくなる。


 そんな時、あいつはただ、オレの隣で美味そうに飯を食っていた。そして、容赦なくオレの傷ついた心やプライドを粉々にする勢いで反省点を淡々と並べた。普通に人間のする所業とは思えない鬼畜さだ。

 だけど、そこにはオレ自身の強さを信じているような優しさが確かにあった。遥稀は蒼の強さを信じている。だから手は差し伸べない。

 ただ、立ち上がるのをじっと観察している。この方法は誰にでも受け入れられるものではないのだろう。普通は慰めて、傷を共有して癒されたいから。だが、遥稀はそんな甘さをオレや蒼に対しては与えない。


 それが、遥稀が仲間だと受け入れたやつに対する優しさだから。



「蒼なら大丈夫。立ち上がれる力を持っているから」


 遥稀ははっきりと言い切った。出会ってからまだ1年と少ししか経っていないのに蒼の強さを見抜いていた。

 いや、蒼だけじゃない。美波やなおに対してもそうだ。最初から本質を直感的に察知していた。だからこそ、仲良くなれた。

 さくらのように人間の醜い感情を引き出す癖に当の遥稀本人は綺麗な部分しか見ようとしない。

 本当に厄介なやつだ。「癒木遥稀」という人間は。


 遥稀の信頼めいた言葉をいつの間にやら聞いていた蒼は涙を流していた。心の整理をすることは難しいが、その1歩目を踏み出したのだろう。完璧でカッコいいイケメンが表情を崩して泣いている。

 遥稀はその様子に少し動揺を見せたものの、すぐにハンカチを差し出して背伸びをしながら頭を撫でつけた。

 オレはその様子を見つつ、少しだけ茶化す。空気が重くなり過ぎないように。蒼がまた明日笑って学校へ来られるように。

 流れ出る涙は止まることなく、ハンカチを濡らしていく。それを見て微笑む遥稀と心のままに涙を流す蒼は夕日に照らされてとても眩しく見えた。


 ふと時計を見ると道場へ行かないといけない時間を示している。オレが声を掛けると遥稀は慌てたように走る準備をした。


「また明日ね」


 蒼に挨拶をして走り出す。急がないと稽古に遅刻してしまう。

 最後に見えた蒼の表情は名残惜しそうでだけど、きちんと前を向いていた。遥稀の言った通り、立ち上がる力を持った強いやつなのだろう。

 また明日、簡単な言葉なのに明日が少し楽しみになる、そんな不思議な響きは風と共に飛んで行った。

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