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癒しの木  作者:
ふつうを求めた、オレの友達
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11

 日直のため、いつもより少し早く投稿した日のことだった。

 廊下がいつもより騒がしい。


「どうした?何かあったのか?」

「ああ、実はさ、小川さんと癒木さんがちょっと揉めてるみたいで」


 隣のクラスのやつに聞くとそんな答えが返って来た。

 遥稀とさくらのもめ事…。そんなに珍しくもない出来事のはずだ。大抵、さくらが癇癪を起して遥稀がそれを宥める。いつもはそれでどうにか収まる。


 問題があるとすれば、最近さくらの遥稀に対する態度が悪化していると言ったところだろうか。しばらくも間大人しかったさくらが周囲から避けられている理由が徐々に露わになって来た。

 そのさくらに便乗して数人の女子も遥稀に対して舐めたような態度をとっているのを見たことがある。遥稀本人があまり気にしていない様子だったからオレが直接的に介入することはなかったが。

 たった今、限界が来たのだろう。


「友達やめよう。疲れた」


 遥稀の冷え冷えとした声が廊下に響いた。

 それと同時にさくらと周囲の人間が息をのむのが聞こえた。オレの隣にいたやつも茫然としている。


 目の前でさくらに冷たい視線を向けているのはいつもの穏やかで朗らかな「癒木遥稀」ではなかった。冷淡で冷酷、誰もが何も言えずに黙り込むしかない空気感。普段の様子からは考えられない冷たい怒りに誰も動くことができない。

 それは、遥稀と仲いいと公言していた清水舞依も同様でみたいで。彼女も歩き出した遥稀の後を追うことも声を掛けることもなく立ち尽くしている。


 演舞をしている時とはまた違った空気感。冷たくて、人の心の動きを一瞬止めてしまうような雰囲気にこの場にいるすべての人間が吞まれている。


 まぎれもない、遥稀の素であり、怒りの核。


 四月にオレに対してキレていたのはまだ甘い方だったと今叩きつけられた気分だ。あれはまだ小さな猫が周囲に対して甘噛みをしたりじゃれたりする感覚と同じにすぎない。

 今の怒りは殺意に近い、と言わざるを得ない。視線だけで相手の言葉を殺し、言葉で相手の温度を奪う。直接感情を向けられていない人間でさえこう感じる。実際に感情を向けられたさくらは堪ったものではないだろう。

 今度は呼吸を取り戻したさくらの甲高い声が廊下に木霊した。





「遥稀、はよー」


 時が動き出し、教室に入ると遥稀は自分の席に座りながら窓の外を眺めていた。


「要、おはよー」


 視線はオレに向けられることはなくひたすら外を見ている。

 今日はあいにくの曇り空で雲は大して動いていないにもかかわらず、遥稀は雲の観察をやめない。


「遥稀、」

「ねー?大人しい顔してほんとは性格悪かったんだね」

「友達に向かって普通あんなこと言う?ありえないよね?」

「さくらちゃん可哀そう」


 オレが話しかけようとすると遥稀にわざと聞こえるように数人の女子が話し始めた。遥稀はそれに対して特に反応を見せない。


「要、なに?何か言いかけてたよね?」

「あ、ああ、えっと、」


 ようやく遥稀はオレに視線を向けた。


「見て、要くんに対してあの態度」

「ちょっと仲いいからって生意気だよね?チビの癖に」


 一瞬、遥稀の瞳が揺れた。だけど、すぐにいつも通りになった。いや、違う。

 遥稀の瞳からは光が消えていた。無機質な人形みたいな目をしている。


「要?」

「あ、いや、この前の稽古でうまくいかない所があってさ、なんかアドバイスないか?あ、姿勢が悪い以外でな」

「何それ、この前の稽古か…」


 遥稀は無理に口角を上げて話を続けた。相変わらず、瞳の光は消えたまま。

 事情を聞きたいところではあるが、今聞くのはやめた方が良いだろう。視線が集まり過ぎている。もしもオレに事情を話しているところを見られたらあいつらの口ぶり的に媚を売ったとか言われるのは目に見えている。

 それをわかっているから遥稀は発言を控えるだろう。

 とにかく、今回は場所が悪すぎた。廊下のど真ん中で多くの児童が登校する時間。注目を集めないはずがない。


 特に、さくらが感情的だったのに対して遥稀が淡々とし過ぎていたのも分が悪い。普段のさくらの様子を知らない連中が見たら遥稀が悪者に見えてしまう。さくらがそこまで計算できるとは思えないし、遥稀も普段なら心を抑えることができたはず。

 ただただ、嫌な偶然が重なり過ぎてしまった。


「要、聞いてる?」

「あ、悪い。何だって?」

「聞いてくれないなら教えない」

「悪かったって。教えてくれよ」

「次、聞いてなかったら教えないから」


 遥稀は拗ねたように言った。


「この前の要の動きを思い出していた」

「おう。」

「姿勢は良くなってきたと思う。ただ、」

「ただ?」

「動きが面白くない」

「ただの感想かよ」


 オレのツッコみに遥稀は目を丸くした。本人に感想のつもりはなかったらしい。


「決めが弱いから、こう、少しピシって止めることを意識して、」

「でもそれだと、遅すぎにならね?」

「流れでやり過ぎるのが良くない」


 オレが稽古のアドバイスや感想を聞くたびに遥稀の指摘や説明は徐々に成長していった。オレが遥稀の感覚的な説明を段々理解できるようになってきたのも大きいのかもしれない。


 それにしても、わざわざ大声で遥稀をなじったり嘲るような言葉を話すやつがそれなりにいる。あの空気で何も発することができなかったくせにムカつく。

 時折、遥稀がぎゅっと手を握りしめているのが見えた。ストレスが溜まっていそうだ。放課後か休み時間にでも吐き出させる時間を作った方が良いのかもしれない。


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