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癒しの木  作者:
ふつうを求めた、オレの友達
100/120

10


 1学期も恙なく終わり、あっという間の夏休みが過ぎ2学期、遥稀の身に異変が起きていた。


「おい、遥稀、何か悪いものでも食ったのか?」

「食べてないよ、要、くん」


 言いづらそうにオレに君付けをしてくる。

 夏休み最後の稽古の日は普通だった。二学期が始まって三日目の変化だ。今までされてこなかった、というより初手で呼び捨てを食らい、それに慣れていたために物凄い違和感がある。

 同級生に対して基本的に敬称をつけないこいつが、いったいなぜ。


「な、なに」


 ジーっと様子を観察していると堪え切れなかったのか遥稀がこちらをじろりと見た。とはいえ、慣れない言葉遣いに疲れているのか迫力は全くない。


「いや、だから、絶対悪いものでも食っただろ?」

「食べてない」

「それじゃあ、頭でも打ったか?」

「朝、ベッドから落ちてて床で目を覚ましたけど平気」


 原因、それな気がしてきた。

 いや、昨日から同じ状況が続いているからさすがにないだろ。遥稀だって二日連続落ちるはずがない。

 となると、外部的な原因か?道場の先輩たちが指示することはないだろ。面白半分でやりそうな面もあるけどそれなら遥稀はもっと気楽に冗談めかしているだろうし、面倒くさく思ったら平気で断るのも目に見えている。


 学校で最近何があったっけな。

 先生が指導したとして、見られていない場で素直に指導に従うとは思えない、。担任はそこらへん緩そうだからわざわざ指導まではしないだろう。

 そうなると、残された可能性は一つ。


「女子に何か言われたか」


 遥稀の肩と瞳が揺れた。当たりみたいだ。


「そんで、何て言われたんだ?」

「な、なにも?」


 目を逸らして誤魔化そうとしているのがバレバレだ。大方、口止めでもされてるのか、もしくは本当に言いたくないのか。

 普通になりたがっているからそこを突いたら弱そうだよな、こいつ。


「どうせ、男子に対して君付けしないのはおかしいとでも言われたか?」

「え、エスパー?」


 当たっていたみたいだ。


「誰に言われたんだよ?そんなこと」

「さくらが、要みたいないけめん?カッコいい男子?に君付けしないのは変って言われた。要ってかっこいいの?」

「それをオレに聞くな」


 イケメンを自称できるほどオレは自惚れていない。

 というか、堂々と自称できるのはなかなかのナルシストだろ。


「でも、さくら以外の女子も要はカッコいいって言ってた。ほんと?」

「だからそれをオレに聞くな。それと、口調いつも通りに戻ってるからな」

「え、あ、」


 やはり使いづらかったらしい。いつもの調子で会話するとすぐに元に戻る。


「君付け、言いづらいだろ?」

「それは、まあ…。でも、慣れるように頑張る」


 そんなこと頑張らなくてもいいのに、何故変な所を努力しようとするのかわからん。


 口調に関しては前に優弥もぼやいてたな。遥稀がある日をさかいに「おれ」って言わなくなったって。たまに漏れ出てはバレてないふりをしていたが、似たような理由なのだろうか。


「遥稀、お前、なんで「おれ」って使わなくなったんだ?」

「な、なんの、こと?」


 明らかに動揺している。

 使用したところで変ではないし、特に違和感も覚えないと思う。


「別に隠さなくても…お前、感情が昂った時とかたまーに言ってるし、この前、優弥もぼやいてたんだよな」

「うそ、でしょ?」


 遥稀の顔が青くなった。

 何をそんなに落ち込んでいるのかわからないが、今話したことはすべて事実だ。

 遥稀は少しうなだれて諦めたように口を開いた。


「うち、年が近いのが兄ちゃんとかで、遊び相手も優弥とか男子ばっかだったから、男の言葉というか、荒い口調を使ってたんだ。母さんも父さんも特に何も言わなかったし、割と普通のことだと思ってた」


 周囲の人間に影響されて一人称や口調が育っていくのはなんとなくわかる。オレの家も弟とか妹に悪い言葉を教えるなっていつも親に釘刺されてるし。

 遥稀が意外と負けず嫌いでカッコいいのが好きなのもそこからきているのだろう。


「だけど、親戚のおばさんに、女の子なのに『おれ』って言うのはおかしいって言われて。家族は気にしなくても良いって言ってたけど、陰で母さんが子どもの教育がきちんとできていないって陰口言われてて、それで、変な事なんだって、」


 そこから遥稀は一人称を「私」にするようにどうにか頑張っていたらしい。慣れてきてはいるものの、やっぱりきちんとは沁みついていないみたいで感情が昂るとつい「おれ」が出てしまう、か。オレはそれも遥稀の個性で良いとは思うが、やっぱり攻撃の対象にはなりやすいのだろう。


 オレからすればなんでそんなことで、と思わなくもないがある意味仕方のないことだともいえる。


「むしろ、今まで気づかなかったのかよ?」

「だ、だって、要も道場の先輩たちも兄ちゃんも何も言わないから、てっきりもう出てないのかと思って、」


 周囲の関わりの深い人間は遥稀のこれを大切な個性として認識していたようだ。オレと同じように。


「だったら、君付けはもうやめろよ」

「な、なんで?それが普通なんじゃないの?」

「普通ってな…」


 やっぱり普通に固執している。こうなると頑固だから厄介なんだよな。


「それじゃあ、聞くけど、オレがお前のこと遥稀ちゃんって呼んだらどう思う?」

「どうって、…寒気がする」

「そこまでかよ⁉」


 素直な感想が胸に突き刺さる。

 いや、確かにオレも呼びづらいな、違和感があるなとは思っていたけどなにもそこまで言うことじゃないだろ。

 おい、本当に身震いをするな。


「なんだろ、背中のあたりがぞわぞわするというか、え、なんかヤダ」

「おまえ、これ以上オレの心を傷つけるな」


 本当にひどいやつだ。さっきまで繊細に悩んでいたくせにオレが同じことをすると徹底的にボロクソに言う。

 だけど、これでこそ遥稀だ。


「言っとくけどオレも同じ気持ちだったからな。慣れないことをしようとするんじゃねーよ」

「でも、」

「それは周りにとっての普通で、お前の普通じゃないだろ。お前の普通は親しいやつのことは呼び捨てにする。遠慮しない。違うか?」

「要は、私が遠慮してないと思ってる…?」

「だってオレに対して辛辣じゃん」

「そんなことないよ、たぶん」


 遥稀は口角を上げた。


「お前が今後オレに君付けしようものならオレは一切反応しないし相手にしないからな」

「それは酷い極端すぎる...」

「もしくは、オレもお前をちゃん付けで呼ぶ」

「それは普通に嫌だ」

「わかったならこれまで通りにしろ」

「…わかった。そっちのほうが楽だし」


 どうにか君付けという最悪な事態は避けられたわけだが、今後も似たようなことがありそうで少し嫌だ。特に最近さくらが遥稀に何か吹き込んでいる様子が見受けられるし何事もないといいが。



 そんならしくないことを考えた数日後、事件は起こった。

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