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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅲ部】第九章 IDOL CRISiS
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次の舞台へ


 松倉一家との生活が始まってからさらに数日が経った。ミソラは彼らの世話になりながらも、リツカの目の隙を奪い情報収集にあたっていた。もちろん自分の端末はもっていないので、リツカ以外の二人から借りるしかなかった。最初は渋っている様子の二人だったが、悠人には宿題を添削(学校のではなく母親からの)したり、松倉には面倒な家事や上司ハルの愚痴を聞いてアドバイスをしたりと、信頼を得ることで一時的に端末を借りることができた。おかげで世間が知る世界情勢の一貫を垣間見ることができた。だがミソラが思っていたより申告で、世界大戦の一歩手前だった状況には閉口するしかなかった。


「──日本だけじゃなかったのね」


 ザルヴァートの主な二人が日本にいたせいで、これらの件が日本を混乱に落とすこととユキナを連れ去るだけのものかと思ったが、ほぼ同時刻で世界中の主要都市でザルヴァートシンパによるテロが多発したらしい。無論、日本の噴火騒ぎと比べれば規模は小さいものの、これらの出来事がザルヴァートのこれからを暗示しているような気がした。


 そしてやはりというべきか、日本が槍玉にあがるのはテロを止められなかったことと、市村創平が生まれた国だからだろう。悲劇をやり過ごすには必ず生贄が要される。おそらくザルヴァートは日本が国際社会からの孤立を望んで、そのように仕向けたのだろう。


「けどユキナさんを連れ去る理由がわからないわ。ザルヴァートにとってあの子はなんの価値があるわけ?」


 たかがテロ組織がユキナを連れ去った要因が思い浮かばない。以前はカルマウイルスという致死率の高い感染症にかかり、特効薬を注入し完治したものの、今度は後遺症に長年苦しめられた。ようやく全てのしがらみから開放され、普通の人生が送れると思ったのに、ユキナは”旅するアイドル”として生きることを決めた。原ユキナはどこにでもいる普通の少女だ。特別な力があるとは考えにくい。


 目的さえわかれば進む道は自ずと決まる。だが世界中で混乱が起きた今、ザルヴァートの主目的がわからなくなってしまった。山中湖で対峙したときは日本への怨嗟を吐き出していた。たくさんの人間と文明が犠牲になったものの、これで終わりではないことは察しが付く。だからこその世界中での混乱なのだ。間違いなく、富士山噴火以上の何かを引き起こすはずだ。


「そう、いまはそれしかわからない。だから──」


 ミソラは画面のタブを切り替えてとあるニュースサイトの記事をみた。こちらのほうが今のミソラにとっては見逃せない要素だった。













 ここしばらく、先導ハルは眠らない日々を送っている。徹夜なんて慣れたものだ。適度に仮眠を繰り返せば、脳のパフォーマンスはそれなりに維持される。限界酷使まで使って、少しでも情報と行動を起こすべきだ。そんな日々に、ひとつの光が差し込んできた。


 ミソラが生きていた。八月のあの日に、いっぺんに大切な人を失った。ノアは異国の地で行方がわからなくなり、ミソラをはじめとした”旅するアイドル”に至っては噴火に巻き込まれ生死不明になった。どれも正確な情報が出てこなかった。だからミソラが生きていると分かって、多少は胸のつかえが取れた。不思議なことに、今までにないくらいに思考と発想が冴えていき、一ヶ月ほどの時間を駆けて手に入る情報をものの三日で入手した。


「日本ではシャオ・レイに市村創平。アメリカや中国などの経済大国ではザルヴァート元幹部が声明を発表して、被害もそれなりに出ている。けどハワイは破壊活動はあれど死傷者は出ていないと発表されている。しかも実行犯は”コスモメーカー”。環境保護団体か……」


 名前ぐらいは聞いたことがある。”コスモメーカー”は地球環境の破壊を進める各国政府に対して声を上げている非営利団体だ。設立は比較的最近で、組織としては珍しく代表を設けない体制を整えている。彼らを表すのは地球の表面を印刷したTシャツで、活動する際に突然脱ぐので潜伏性が高く未だに実態をつかめていないのが現状だ。


「──なるほどそういうこと。だからこのタイミング」


 ある伝手から届いた一通のメールから、大量のPDFデータを受け取った。”コスモメーカー”は南米アマゾンの少数民族から興った団体らしい。それはシャオ・レイとの繋がりを示唆していた。彼女も南米の部族で生まれ育ち、市村創平との出会いによりテロ活動を行うようになったからだ。”コスモメーカー”とシャオがつながっていても不思議ではない。


 だがハワイを狙った理由だけはわからずじまいだった。ハルはパソコンをスリープモードにしてから目をつぶって椅子にもたれかかった。机の上で事をなすには、もう遅いというのに。一日が経つ度に心が壊れていく。ノアが誘拐先でどんな目にあっているのか想像してしまう。最悪、命を奪われているかもしれない。


「……ノア……」


 冷静に務めて事態を把握し、持てる最善手を尽くして彼女を取り戻す。覚悟はあるのに、日に日にその気力が失われているような感覚さえある。心身ともに限界を迎えようとしている。


「……なんで、ノアを狙うのよ」


 いつだって、身の回りの人間に危害が及ぶとそんな思考になっていく。ミソラのときだってそうだった。元々はノアを狙ったものを、ミソラが身を挺してかばったことで一つの時代が終りを迎えた。


「関係、ないのに」


 閉じたまぶたから涙が溢れていく。上から俯瞰して抽象的に捉えることなんてできない。できたのはよその世界だったからだ。アイドルプロデュースや企画を次々と打ち出せたのは、これで死にやしないから本気でやれたからだと実感した。命のかかった場面で、人は停滞を求めてしまうのは必然だ。なんて無念だ。己のちっぽけな力を思い知らされる。


 突然、部屋がノックされた。松倉だと思って「どうぞ」と返し、部屋に入ってきた人を見て驚愕した。その後ろに松倉がいるのも見逃せない。


「……なんで、ここに」


「ここは姉さんと兄さんの会社よ。その妹である私が入れない道理はないでしょう」


 確かにその通りなのだが、麗奈と志度は行方不明でミソラが立ち入るには大きなハードルがあるはずだ。松倉を伴ってやってきたことから、真正面から入ってきたとは考えにくい。ミソラはハルに近づいてきて、デスクを両手で強く叩きつけ、その目とかちあった。左目に包帯を巻いた痛々しい姿に胸が痛む。


「なんで、言ってくれなかったのよ」


 途端に悲しみが支配してきた。やはり隠し通すことはできなかった。リツカには情報を得ないようつとめると言っていたが、アルシュの方便なのは目に見えていた。現にミソラはこうしてやってきたのだから。


「ノアを、助けにいくつもり?」


「当たり前じゃない」


「その体で何ができるっていうの」


 思っていたより冷たい声になった。 


「噴火に巻き込まれて、誘拐されて、挙句の果てには片目まで失っている。ねえ、これ以上何を失えば止まってくれるの?」


 ハルはミソラの胸ぐらを引っ張り上げて引き寄せた。もう我慢ならなかった。理性を脱ぎ捨て、思いの丈を叫んだ。


「助けたいに決まってるでしょ! でもそのためにあなたが傷つくのなんて見たくない! 私は、そんな状態にするために送り出したんじゃないのよ!」


 宗蓮寺ミソラは傷を負っていた。ただでさえ顔が変わるほどの怪我を負って、今度は目まで奪っていった。戦いは大切な人の生活を終わらせようとしている。


「ミソラは、〈エア〉は、戦いなんて知らなくて良かった。だって、あなたは私たちの仲間で、ずっと同じステージで歌って踊って馬鹿騒ぎするだけで、それだけで、もう十分だった」


 ずるい言い方だと思った。彼女の歩みを止めるためにずるい方法で繋ぎ止めようとして、次は過去の出来事と現在を比較させて彼女の幸福度を図らせようとしている。最低な行為だと自覚はあっても止めることができない。


「……ミソラ、次にまた旅に出るなんて言ったら、私はあなたと絶交するから」


「──いやなこと、言わないで」


 ミソラは顔をそらして肩を下げた。以前の彼女ならここで憤りの一つや二つ披露してみせたところだろう。反抗や反論をセず、ただ怯えた子供みたいな様子をみせるのは、ミソラの現状を表していた。なによりそんな弱った人間に追い打ちをかけてしまった。ハルは掴んでいた胸ぐらを離した。


「ごめん。いうべきじゃなかったわ、こんなの」


 謝罪に対して返ってくる言葉はなかった。松倉が困ったように頭をかいている。

 沈黙が降りると想いきや、ミソラはハルの背後の景色を眺めて言った。


「まだ、空は晴れないわね」


「小規模で噴火は続いている。──始まったものは、もう元には戻らないみたい」


 まるで自分たちの心みたい、と胸の中で思う。

 いまはただ、失った痛みを分かち合わないとお互いやっていられなかった。


「話は終わった?」


 しばらくハルと二人して黙ったまま、ガラス窓に映る灰色の世界を眺めていると不遜な女性の声が割って入ってきた。声の方を向くと、扉横にもたれかかって腕を組んでいる松倉リツカがいた。一番に驚いているのは彼女の夫だった。


「お、おいっ、このエリアは立入禁止だぞ!」


「禁止は入れないことにたいして言うのではなくて? 普通にエレベーターから上がってこれたし。まあ、オフィスの警備はちゃんとしてたけど……あの様子じゃあね」


 どこか遠い目をしているリツカは、続いて松倉をチラ見したあとミソラへ言った。


「宗蓮寺ミソラ、どうやって夫を誑かしたのか知らないけど、あまり勝手が過ぎると首根っこ捕まえるつもりだけど、どう?」


 誑かしたとは心外だが、彼を利用したのは正しい。ハルの小言のやり過ごし方や弱点を少しばかり提供しただけで、ほしいものが簡単に手に入った。世間の状況や様子を知らなければ動くことすらままならないのだから。だがそれもここまでのようだ。ミソラは肩をすくめて言い換えした。


「悪かったわリツカさん。彼には家族にも言えないような愚痴を聞いてあげて、アドバイスを送っただけよ」


 松倉の上司は一回り年下なのにこき使われ


「でも少し意外だったわ」


「なにが?」


「案外、夫想いなのね」


「はああぁぁ???」


 思っきりすん頓狂な声がリツカの口から出てきた。照れた様子も興った様子もない。ただ明日には世界が滅びますよと言われて信じるわけがないといった感じの口調だった。


「別に。なんとも。思っていませんが???」


「……んな否定せんでもいいじゃねえかよ」


 そうして松倉がすねてしまった。彼には同情を禁じえない。妻が死刑囚になっても離婚届の一つも出さないのだから、割と良い夫な気がする。世間的にどうかはわからないが、息子の悠人の慕いぶりから見て間違いない。


 リツカは彼のことをどう思っているのだろう。始まりは間違っていたとしても、その後のことは当人同士次第だろう。


「わざわざこんな所まで来たのは、そろそろ隠し通せなくなったから。この様子だと、ネットの騒ぎようを知らないってことね」


 リツカ以外の全員が不可解な様子でいると、ハルの端末からコール音が鳴った。


「どうしたのですか」


「先導さん、今ネット上で……ああ、もうどうしましょう!?」


 電話相手が慌てた様子で、こころなしか電話の向こうの喧騒も聞こえてきた。


「落ち着いて。詳しく状況を教えて」


 ハルの一声で部下らしき女がようやく落ち着いた。予感はこういうときに当たる。


「じ、実験都市ヒノモトに、シャ、シャオ・レイが侵入しまして、そのあと宗蓮寺グループに対しての声明文を配信サイトで発表が……」


「なんですって!?」


 ハルが叫んだのと同時に、ミソラは端末を開いた。シャオ・レイと検索をかけると、動画サイトへのリンクやニュースサイトが賑やかになっていることがわかる。すぐさま件のリンクへ飛び、動画上に映るあの女の姿を目にした。


『さーて、そろそろ代理人との話をつけたいんだけど。宗蓮寺麗奈や志度がいないなら、その下々の役職のやつでいいんだからさお話しようよ。早くしないと本当に日本が終わるよー』


 画面越しに呼びかけるような態度には、どことなく嘲笑の色が混じっている気がした。実験都市ヒノモトをはじめとした”実験都市プロジェクト”は宗蓮寺グループが主導で進められている。宗蓮寺グループが慌ただしいのはそれが理由だろう。しかしミソラは別のことに驚いていた。


「……日本を発っていなかったの?」


「噴火を引き起こしただけじゃ満足しなかった。むしろ、本題はこの跡と考えるべきでしょうね」


「じょ、冗談はよせ。お前みたいに”技術的特異点”がバックにいるわけじゃねえんだろ?」


「どうかしら」


 リツカはバッサリと松倉の言葉を否定した。ミソラも同じ感想だ。なにせ向こうには史上最悪のテロリストを現実に降ろしたばかりだ。


「市村創平。彼が電子の世界で復活を果たした以上、それは”機械知性”と呼ぶべきもの。ある意味では”技術的特異点”の一部と言える」


「──なんだよそれ。とんでもが続きすぎだろ」


 松倉が頭を抱えてしまう。無理もない。近年では想像を超える技術が表に手始め、実社会に影響を及ぼしてきた。ミソラの身近でいうなら〈P〉という”機械知性”、次々と生まれた”ドレスアッパー”や”護衛武器”の数々。またリツカが引き起こした事件のように、特定の相手に対して嘘の情報を提示することや、システムの掌握すら可能になっている。


 技術は発達していったが、人々の生活を豊かにする目的はすでに終わってしまった。それこそが”技術的特異点”。”技術”が人を虐げる段階にまで足を踏み入ってしまっている。


「……私が出る」


 ハルの一言で周りの緊張感が一気に高まった。ミソラは案じる態度を見せた。


「大丈夫なの?」


「この期に及んで交渉が始まっていないということは、上層部はぶん投げたってことよ。私がやるしかない」


 それからキーボードを叩いていき、一分ほどで準備を終えた。ハルは深呼吸で心を落ち着けたあと、画面に向かって声を放った。


「ごきげんよう。宗蓮寺グループ特別顧問、先導ハルと申します」


 ミソラたちはハルのデスクから離れたところから彼女の様子を眺める。友人やアイドルのときとはまた別の違った顔だ。リツカが端末から表示したエアディスプレイを覗くと一つの画面にハルとシャオがさゆうで分かれて表示されていた。シャオはようやく現れた交渉相手に対し笑みを浮かべていた。


『やっぱり先導ハルが出てきた。会社の役員も広報も出てこないなんて、宗蓮寺グループは落ち目だね』


 ハルは灰色の都市をバックに、シャオは歩きながら移動しているのか背景が移り変わっていく。見覚えのある景色だった。数ヶ月前、リツカとともにステージに立った記念公園の近くにいるらしい。時折、未来的な建物が通り過ぎていった。


「……対応が遅くなってごめんなさい。けど、話があるなら専用の回線があるので、話はそちらで……」


『ねえ、立場が分かってないなら教えてあげようか?』


 シャオが圧をかけてくる。油断ならない、ハルは気を引き締めて続きを聞いた。


『アタシは今スグにでもヒノモトの住人をひとり残らず殺すことだってできるってこと。それをしないのはただの気まぐれ。どんな言葉で牙を剥くのかはアタシにだってわからないから、注意してお話してね』


 シャオ・レイから出てきたのは警告以上の含みを持たせてきた。すなわち脅迫。実験都市ヒノモトの住人を人質にとったも同然だった。 


「何が、目的、ですか」


 怒りを抑え込みながらの対応。ハルがいつ爆発してもおかしくなかった。相手の宣言が真実であると主知らされている証拠だった。


『実験都市ヒノモトは新しい秩序の起点となる場所じゃない? 普通の犯罪は街中に敷かれた監視ネットワークと自動制御ドローンが動いて、目に見えて犯罪発生率が減った。それはとても喜ばしいこと。欲を言えば、”暴力の平定”ができていれば、アタシたちの存在意義はなくなっていたかもしれない』


 暴力の平定。以前、左文字京太郎が施行しようとしていた新たな秩序は、シャオのような人間にも影響を及ぼそうとしていたようだ。結局はミソラたちの襲撃で不可能という判断になり、ドローン配備にだけにとどまった。


『これはパパがよく言っていたんだけどね、どれだけ社会が成熟して平和を維持されているとしても、一定数は平穏を脅かそうとする人がいる。犯罪は複雑化し、規模も大きくなってくる。松倉リツカの事件を思い出してみて。直接的な攻撃をせずに相手を殺すなんて、普通の犯罪じゃありえない』


「……つまり、あなたはヒノモトのシステムを掌握しようとしていると、そういうこと?」


『日本は一度……ううん、何度も痛い目にあってもらう。自分たちが日本で生まれたことすら後悔させてあげる。──それがパパの娘であるアタシの使命だから』


 話が続いていき、平行線を辿ろうとしている。ハルが情報を引き出そうと努めているからだろう。今できる最大限の役目を果たそうとする気概は、さすがは一つのアイドル時代を作り上げた人というべきか。アイドルではなくても、幅広い対応力へと転換できるらしい。


 シャオから次に語ってくる情報は次のものだった。都市内ではまだ直接的な活動は行っていない。被害者もいない。警備ドローンは襲ってきた分を破壊していること。あとひとつ、都市から人が出ていく分には何も手を出すことはないのだということだ。


「住人の安全は確保してくれるのね」


『うん。システムの掌握の邪魔さえしなければ出るも残るも自由。ま、システム管理者はどんなことがあっても居残ると思うから、彼らの命は保証しないことは分かっておいて』


「──ここまでのことをしておいて、要求はなに?」


『要求? 別にもうやることはやったよ。お金とか権力とか、いまさらアタシが欲しがるとでも思ってるの? ま、強いて言うならこのまま何もせず、黙って嘆いて絶望してくれたら、アタシは満足かな』


 満面の笑みをシャオは見せつけてきた。視聴数は二十万を超えている。アーカイブが残るとするなら、世界中の人間はさらなる危機感を煽ること間違いないだろう。


『それじゃ、これでバイバイするね。今の世界にアタシたちに対抗できる組織がどれほどいるのかわからないけどさ、世界中の全員が力を合わせて立ち向かえば余裕で勝てるよ。──自分たちの利益なんてものを捨てちゃって、みんなで戦争しようね』


 その言葉を最後にシャオからの通信が途切れた。画面上に残されたハルも続くように通信を切った。

 誰も言葉を開くことを恐れていた。


「……この流れは、もう止められない」


 ハルは頭を抱えてうずくまり、枯れた声で吐露した。


「どうなるのよ、この世界は」


 言葉をかわしあったからこそわかるのだろう。噴火のように一度吹き出したものは止められない。今まで通りの日常が戻ってくることはもうない。特に日本だけは確実に──。


「怯えては駄目」


 その一声は力強い意志がこもっていた。誰もがその人物を見る。ミソラは毅然と言い放った。


「恐怖は相手を支配するにはもっとも効率のいい方法よ。たしかに世界は揺れ動くでしょう。けど立ち止まることだけはあってはならない。シャオ・レイの言葉を聞いて、私の中でユキナさんが怒ってるわ」


 彼女は”旅するアイドル”であることに意義を見出した。自分たちの目的を果たすことは、誰かに譲っていけないことだと。相手に自分の価値を決めさせてはいけない。何より、ユキナの願いは最後まで旅路を見送ることだった。いま現在、ユキナの願いは叶わない状態にある。これはユキナの存在を否定する最悪の侮辱にほかならない。だから、熱が灯った。体の一部を奪われてなお進むべき場所が見えた。


「私はあの企みを止める。日本だとか世界のためじゃない。ユキナさんを取り戻す。そのためだけに、ヒノモトへ行くわ」


 もちろん難しい状態だと理解している。ミソラがわざわざ向かう意義も失っている。それでも宗蓮寺ミソラは進むと決めた。まだ大切なものを取り戻す旅は終わっていないのだ。ミソラは旅に立ちはだかる障害の一つ、リツカの前に躍り出て言った。


「リツカさん、私を止めるというなら呼吸で激痛を引き起こしても構わない」


 呆れた吐息をついてから、リツカは続けこう言った。


「ミソラ。覚悟があるなら入院しろって。──まずその不便な目をどうにかしないといけないでしょう?」



 










「──実験都市ヒノモト」


 例の配信が終わって渋谷の町中は賑わい出す。空が灰色になっても、民衆は楽観を捨てきれていない。別に愚かとは言わない。これは実感として知っているかどうかに違いだ。


「母さんの仇──」


 端末に検索ルートを設けた。直接都市へ向かうのは愚行だ。まずは武器が必要になる。

 そうして州中スミカは騒がしい人混みの中を進んでいった。



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