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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅲ部】第九章 IDOL CRISiS
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死刑囚の女



”──あれ、知らなかったの? ──パパと宗蓮寺麗奈は元々恋人同士よ”



 知らない。知るわけがない。いい加減なことを言わないで。

 嘘よ。意味がわからない。ありえない。 


”ミソラのおかげで楽しめそう♪ 待っててね、最高の祭りを見せてあげるから”


 だまりなさい。くだらない。今ここで引導を渡して──。

 やめて。そんなことしないで。関係ない人を巻き込まないで……。


”──まさに修羅ね。世界には殺しの才能がある人をそう呼ぶの。宗蓮寺ミソラ。もしかして、アナタもそうなの?”


 違う。私はそんなのものには……。

 それでもいい。私の大切なものを取り戻せるなら何にだって──。


 意思とは関係なく浮かび上がる二律思考。決して矛盾ではなく誰でも内包する葛藤だ。夢の中でも現実が押し寄せてくる。悪夢から逃れるすべはない。


「ミソラさん」


 振り返ると彼女がいた。ユキナを見つけてミソラは駆け足で近づいていった。


「待ってユキナさん!」


 近づく度に彼女が遠くなっていく気がした。事実そうだった。二人の間は埋まることなく、ユキナが遠ざかっていたのだから。


「ユキナさんっ、ユキナさん!!」


 手を伸ばしたところで捕まえられるはずもない。ユキナはシャオ・レイに誘拐された。たったそれだけのために富士山を噴火させた。ふとミソラの思考が夢の中でも再現されていく。


 富士山、山中湖、ステージ、機械の巨人、噴火。一斉に押し寄せてくる災禍の連続に飲み込まれていった。







「……はぁ、はぁ……くっ……」


 頭を抱えて重苦しくつぶやいた。夢の余韻が今までにないほど残っている。悪趣味だった。ミソラの心を深くえぐる言葉と状況を嫌と言うほど再現していた。


 ひどい倦怠感が残る。仰向けで寝転がっているのはわかるが、天井の色が白と黒とで半々に映っている。そういえば片方の目が見えなくなっているのだった。続けて、自分が囚われの身であることも思い出し、首を動かして辺りを見渡した。なんとなく覚えのある空間だった。


「……ここは」


「随分うなされていたわね」


 女の人の声がして首を右へ傾けた。椅子に座っているショートカットの女性がリンゴの皮をナイフで剥いていた。見知らぬ人物だったので呆然と彼女の顔を眺めてしまう。すると、ショートカットの彼女は眉をひそめて睨み返してきた。


「なによ」


「……いいえ。見知った顔がいることに驚いているだけ」


 皮が途中で切れたことに落胆したあと、彼女はリンゴを等分に切り出した。


「言っておくけど、これはあげられないわよ。しばらくは点滴生活だって。死ぬ一歩手前だったんだから、あなた」


 八等分に切り分けた一片は彼女の口へと運ばれていった。ミソラはようやく確信を持つことができた。長い黒髪はバッサリ切られているが、その顔と言動は数ヶ月前の出来事を否応なく思い出す。結局彼女は、一人で責任を取る形でいまは刑務所の中にいるはずだ。


「──松倉リツカなの?」


「他に誰がいるの」


「私を助けたのも?」


「そうなる」


 どうして、と顔に出ていたのだろう。リツカは切ったリンゴを食べながら続けた。


「別に脱獄したんじゃない。日本政府の要請で、一時的に釈放してもらったの。その一環としてあなたを救出する任務を受けたわけ」


 次々とリンゴを食しているリツカ。仰向けの視界を変えたくて状態を起こそうとする。なぜだか力が出ない。リツカはミソラの意図に気付き、背中を起こしてくれた。そこで部屋の様子を知ることができた。


 病室のベッドはミソラが使用している一つだけで、他の患者らしき一はいなかった。日本政府が取り計らってくれたのだろうか。なにより見るまでもなく、身体機能が衰えているのが分かった。


「……私の片目は」


「ええ。完全に失明してるみたい。回復の見込みもないって」


 やはりそうだった。病室で目覚めてから左目が軽い気がしたのは、眼球を摘出したからだろう。誘拐中はずっと左目から燃えるような刺激が絶え間なくやってきていたので、今となっては楽な気分ではある。


「でも運が良いほうだと思う。富士山周囲の被害を考えてみれば、現場の只中で生存している方が奇跡。……しっかり体を休めてリハビリをこなせば日常生活には戻れるって」 


 確かにリツカの言う通り、生きていることが奇跡のようなものだ。しかしそれは仕組まれたものだ。少なくともあの場では、二人の生存は確定していた。ユキナはザルヴァートに誘拐され、ミソラもどこぞの誰かがあの現場から連れ出されていた。

 運なんてよくない。最悪のくじをミソラとユキナは引いてしまったのだから。


「──リツカさん教えてくれるかしら。いまの世の中を」


 こんなところで眠っているわけにはいかない。体が動かずとも、情報を得て考えることはできる。


「知ってどうするの?」


「決まってるでしょ。ユキナさんは、ザルヴァートに誘拐された。一刻も早く助け出さないと」


「そういうと思っていたから、私がここにいる。〈P〉はあなたのことをよく理解しているようでね。外の情報を渡さないようにと言われているのよ。つまり、ここからも出してあげないわ」


 リツカはそう微笑んで言った。一瞬、何を言われているのかわからないかった。有り体に言えば、ミソラをここに軟禁すると同義だったからだ。


「あ、食事とトイレの心配はしないでね。それぐらいは面倒見てあげる」


「あなた、正気なの!? 今こうしているうちにユキナさんがどんな目に合っているか分かって──」


「今のあなたになにができるの」


 全身がすくみあがった。たった一言で斬り伏せられ、ミソラは苦々しい表情になる。リツカは続けて言った。


「その最悪な状態でザルヴァートと立ち向かうつもり? ……なにかしていないと、落ち着かないから動きたい。その気持ちは、よくわかる。けど待つことも重要よ。それに〈P〉があなたを助け出そうとしたように、あなたを大切に思う誰かは案外いっぱいいるんだから」


 リツカが何気なく病室のドアへ目を向けたとき、ノックの音が聞こえてきた。どうぞ、とリツカが言って扉が開く。両手に買い物バッグを携えてきた女が、リツカとミソラを見て目を見開いていた。正確にはミソラを見てそうなったのだが、次の瞬間に彼女は両手のバッグを床に落とし、さっそうとミソラの元へ駆けつけた。


「ミソラ!!」


 そういって、彼女はベッドの上から体を抱きすくめてくる。どこまでも泣きじゃくり、誰もが心を奪われる太陽の眼は涙で歪んで見えた。

 何度もミソラの名前を呼び、子どものように悲痛な声をあげていた。


「……みそら、よかったぁ。生きてて、よかったよぉ……」


「……ハル」


 辛うじて動く腕をハルの背中に添える。リツカの言う通りだった。ミソラを大切に思う人達はたしかにここにいる。ここで突っ走ったら、彼女たちを悲しませてしまうではないか。


 ユキナを今すぐにでも助けに行きたい。でもハルをはじめとした数少ない大切な人たちを蔑ろにしてはいけない。






 数日が経過した。相変わらず外の事はわからないまま。リツカはトイレと入浴のときでさえ付き添っていた。外の情報を入手しないように監視しているのだろう。そもそもミソラの体は元気ではない。体調をもとに戻し、肉体のリハビリを行う必要がある。少なく見積もってどれぐらいかかるか分からない。


 ただこのまま手をこまねいてはいけないと思い、リツカと話をすることにした。他愛のない話から家族の話。お互いの過去の話にまで広がっていった。単純に退屈しのぎというのもあるが、彼女に意思はくじけていないと示す必要があった。


「なるほど、顔の修復が思っていたより早いわけだ。熱や刺激などといったものを、顔の人口皮膚が和らげていたのね」


「そうみたい。姉さんたちが最新技術をふんだんに使ってくれたの。前とは顔は変わってしまって鏡も見れなかったけど、ここ一年はそうも言ってられなくてね。慣れてしまったわ」


 自嘲気味にミソラは言った。正確には顔だけではなく、髪全体も移植している。黒髪にしなかったのは過去を思い出さないようにするためだ。何分、ずっと邸宅で生活すると思っていたのでその他大勢に見られる想定をしなかったのだ。別に後悔はしていないが、ベージュピンクは派手過ぎたのではと今では思っている。


「今までの生活を取り戻したくて旅をしてきたけど、いつのまにか新しい生活にも適応できた。今度はそれがなくなってしまったのだけど」


「……それで?」


「みんな、それぞれの願いを叶えるためにあのキャンピングカーに集っていたのに、私は一日を過ぎる度に目的を忘れていった。元の生活とか、姉さんたちの居所とかがいちばん大切だったはずなのに、心のどこかで姉さんたちなら大丈夫だって思っていたの。薄情よね。あれだけ二人を拠り所にして、なんなら足を引っ張っていたはずなのに」


 邸宅が燃えるまで、宗蓮寺ミソラという人物は少しピアノが弾けて作曲ができるだけの少女でしかなかった。それがいつの間にか変なアイドル活動をはじめ、歌と踊りを披露し、蹴り技を習得し、挙句の果てには日本政府に乗り込むまで至った。


 特に四月の”黄金の黄昏”は捨て身の行為だった。”旅するアイドル”の誰もが、自らの行いに対する責任を負うつもりだった。松倉リツカのある行為でミソラたちへの処遇は一旦保留となっていったが、おかげで姉の生存を確認することができた。だというのに、一向に目的が近くなった実感はなく、心の距離まで離れてしまった気がしていた。


「……だから、ユキナさんたちを姉さんみたいに重ねてしまってたのかもしれない。この心の痛みは、姉さん達と離れ離れになってしまったのと似ているもの」


 ユキナがさらわれて、はじめて本当の気持ちに気付けたのかもしれない。奪われたら取り返す。何をしてでも、たとえ人を殺したとしても。実際、普通の人間なら死んでもおかしくない一撃をシャオ・レイに食らわせている。あれこそが、姉たちを連れ去った連中に報わせるべきものなのだ。


 しかし全てが遅すぎた。ユキナは敵の手に落ち、他の面々も行方がわからない。せめて世の中の情勢を知りたい。動くにはどうしても情報が必要だ。


「リツカさんお願い。私はここで留まるわけにはいかないの」


 真剣な眼差しでリツカに向き合う。彼女は子どものわがままを「はいはい」と涼しい顔で受け流していく。もちろんこの体でできることなんてなにもない。


「ちゃんと体を治す。リハビリだってきちんとこなすわ。だから、そのために情報がほしいの。ザルヴァートの現在の瞳孔や、あの噴火の被害状況も知らないといけない。だから──」


「分かってないのね」


 リツカの人差し指がミソラの眉間へと当たってきた。ふいに呼び起こすのは恐怖だった。たった数か所を指で突いただけでどんな目にあったのか。ミソラを息の呑んでリツカの言葉を待った。


「なにを」


「ちゃんと言ってあげないとと思って。宗蓮寺ミソラ、世界はあなたが思っているより事態の収集に務めているの。そこにあなたのような小娘が介在する余地はない」


 寄り添う言葉ではなく突き放しの言葉に思考が止まった。


「ただ突き動く情動で行くならやめておきなさい。──それはやがて、際限なく”悪”を振りまくだけの存在になるから」


 トドメとばかりにリツカ自身の出来事と重ね、ミソラへと降り注いでいった。否応なく理解してしまった。シャオと対峙したときのあの情動が、松倉リツカが抱いていた”復讐心”なのだと。


「……私の”復讐”を終わらせたんだから、あなたがそうはならないで」


 コツン、と突かれた瞬間、体の意識が肉体の外へと出ていくような感覚とともに、まぶたが閉じていった。ベッドに落ちていく感覚を最後に、再び意識を失っていくのだった。








 翌日、普通に朝目覚めたつもりが、天井の色や周囲の様相が様変わりしていた。病室のシンプルな様相とは打って変わって、生活感の漂う部屋だ。タンスにラック、化粧台など女性が住む部屋のようだ。


「おはよう宗蓮寺ミソラ。昨日は急に眠らせてごめんなさいね」


「それ以前の問題なのだけど、一体どこへ連れてきたのよ」


 見知らぬ感触と匂いで落ち着かないどころか、松倉リツカがここにいることで混乱が強まっていく。リツカは不敵な笑みを浮かべて言った。


「私のお家」


「……退院したつもりはないのだけど」


「退院したそうだったから、退院手続きを踏ませてもらった。私の家なのは御愛嬌ね」


 ミソラの背中を起こしたあと、車椅子のほうへと抱きかかえようとして、少しだけ抵抗してみた。力が入らないと思っていたが、腕が上がるようになり足もブラブラと揺らすことができた。


「……少し、力戻ってる」


「順調に回復している証拠よ。まずは身支度のお世話をするわ」


 ミソラを座席に落ち着かせたあと、車椅子を引いて部屋を出た。意外と廊下は広々としていて車椅子が通る余裕があった。流石に前に住んでいた邸宅と比べると家の規模は小さいものの、一般家庭の住宅よりは一回り大きいと断言できる。


「この家って元々誰かのもの?」


「そ。とある資産家夫婦の別邸みたいでね。ある条件と引き換えに譲り受けたの」


「……ちなみにその条件って」


「その夫婦の息子夫婦を車で跳ねた外交官を、ちょっとね」


 これ以上は聞かないほうが良さそうだ。ミソラは「そう」とつぶやいて話を打ち切った。洗面所で新品の歯ブラシで齒を磨き、顔を洗ったところで、リツカがシャワーの補助をどうするか尋ねた。ミソラは体の調子を改めて確認し、立つことは難しいので椅子に座るまで手伝ってほしいという旨を伝えた。


 こうして、ミソラはリツカに服を脱がすのを手伝いってもらい丸椅子まで手伝ってもらった。左目は包帯を外し、眼帯を取り付けることで目へ水が侵入を防ぐかたちだ。シャワーの蛇口をひねろうとしたとこで、突然リツカがTシャツと短パン姿で浴室に入ってきた。そのままシャワーの水を出し、温度調節をしたところでミソラは言った。


「あのね、そこまでしてもらうつもりはないのだけど」


「いいから任せて。このあとが大変だって聞いてるから」


 リツカは足元からお湯を濡らしていった。湯加減を聞いてきたので大丈夫だと答える。それから頭から全身にまでちょうどいい加減の湯を浴びていく。


 ミソラは目をつぶってやりすごすことにした。気恥ずかしいがそれを指摘するのも同じことだと気付いた。実際、リツカはこなれていて不快と思うことはなかった。流石に全身はミソラが自分で済ませた。タオルで全身の水気を拭ったあと、大変な顔のメイクがはじまった。


「普通の化粧みたいに、このクリームたちを塗っていけばいいのね」


「だから私がやるって」


「その目じゃ大変でしょ」


 半ば無理やりな形でリツカがミソラの顔にクリームを塗っていった。三種類ものクリームを塗っていくのだが、どれも市販のもので手に入る物で賄える。皮膚の機能を保ち、色合いを引き出し、最後に色をつけていく。元々、赤みがかった皮膚で覆われた顔が艶のある顔たちへと変貌した。


「はい、これで完了したわ。完成形はいかが?」


「見事なお手並み」


 実は苦労するポイントはいくつかあり、そのひとつが前髪の生え際に残る赤い皮膚だ。端から見ると額から血が出ていると驚かせることがあった。ふとミソラはやけどについて気になることがあった。


「ねえ、私の体に怪我の跡は残ってる?」


「噴火のときの怪我なら、いずれ消えるってお医者が言ってたわ」


 ちょうど着替えが終わったところでリツカがそれについて尋ねた。


「残ってほしかった?」


 髪の毛をドライヤーで乾かしていくなかで答えた。


「いいえ。五体満足でよかったわ。けど──」


 ミソラは鏡に映る誰か(じぶん)の顔を見て言った。


「消えないほうが忘れなくて済むじゃない」


 ふいに、リツカがミソラの髪を触る手が止まった。だが再び柔らかい感触が戻ってきた。鏡からリツカの様子を見ることはしなかった。ミソラの注意は目の前へと喚起された。


 昏い顔を二十歳の女がいた。以前の落ち着いた表情に戻ることはないだろう。なぜかそう思った。


 身支度を済ませて食卓へと案内される。意外なことではないが、松倉リツカの家族がテーブルへと席についていた。彼女の夫と息子はミソラにとっても既知の間柄だ。ふたりともミソラを見るなり複雑な顔を隠さなかった。


「……なあ、お前たちはいつまで俺の頭を壊しにかかるんだ?」


「因縁は大きく取り囲む縁と書くのよ。逃れるなら壁と森をぶちこわすだけの力が必要よ」


「ハンッ、爆弾でもぶち込まねえと無理だなそりゃ」


 調子良くリツカに言い返した松倉だったが、直後に口をつぐみミソラへとおそるおそる目をやった。失言したと彼は思ったのだろう。


「あ、すまねえ。つい口が回って」


「噴火のエネルギーってどれぐらいあるのかしら。あ、そうそう、衛星兵器なんてものが飛んできたわ。フランスの軍事衛星兵器らしいけど……」


「ああ、あれか。フランス政府が今もだんま決め込んでやがんだよな。数ヶ月前に未曾有の危機だと思ったら、今度はそれより洒落にならねえことになってるし、このままだと確実に日本は──」


「あなた」


 妻の鋭い視線が饒舌な松倉に突き刺さる。胸の内でため息を付く。リツカではなく他から情報を入手すればいいと思いその機会を待っていた。これ以上の入手は難しそうだ。だが知りたい情報の一部は手にした。


「なるほどね。日本はやっぱり厳しい立場に置かれているようね」


 一つの筋が頭の中でつながった。なにも富士噴火の件とは別に問題は起きていた。


「自国の兵器がハッキングされたあげく他国へと照射されたら、フランスの責任にできるけど、日本は今年に入ってテロが立て続けに起きてしまっていて諸外国から攻撃の材料にされている。そちらのほうが世界的には問題視されているのね」


 だとしても、どの国でも死者を哀悼する期間があるはずだ。ミソラが救出されてからどれぐらいの時間が経ったのか定かではないが、まだ八月のさなかにいるのは確実だ。リビングのカレンダーが八月だった。


 事の大きさが今まで以上だとミソラは思った。これは日本だけの話ではなく、世界規模の問題となっているようだ。


「憶測の域を出ないけど、リツカさんが私に情報を統制しようとする理由はまだわからないのだけど」


「あなたの憶測通り。もはや個人が介入できる領域は過ぎている。介入する余地はない」


「ハンっ、この女が大人しくしてるたまか?」


「どういう意味」


 厳しい態度をとっさにみせるリツカに、松倉は愉快げに肩をすくめて言った。


「去年の花園学園を忘れたわけじゃねえだろ。下手に手綱なんて握ってみろ・”Traveling!事変2”がこの家から起きちまうだろうが」


「なによ2って」


 ミソラがすぐさま指摘した。所構わず破壊行為をするような言い草に異議を唱えたかったが、特段指摘するのも意味がないので口を止めておくとする。ふと、黙って様子をうかがっていた小さな子どもがミソラを凝視してきた。


「……えっと、なに?」


「……なにも」


 松倉悠人は驚いたように食事に戻った。なんとなく拒絶されているのだと思った。彼の母親に対する思いは想像以上に深い愛情に満ちている。リツカの罪を知ってなお、彼女を逃がすために全身全霊をかけている。幼いからこそ、母親を本能的に求めてしまう。リツカの方も冷静な感じをみせつつも、子供に心をひらいている様子だ。


 ミソラは警戒されないように意識して柔らかい態度で悠人に言った。


「大丈夫よ。家族の時間を邪魔するつもりはないわ。──いち早く出ていくつもりだから」


 混じり気のない本音をつい吐露してしまった。その言葉は、リツカに対する牽制でもあった。彼女もそれを理解してかムッとした表情を見せつけてきた。


 それから誰も言葉をかわすことなく朝食の時間が静かに流れていった。


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