ヒロインは甘い蜜の夢を見る
朝が来た。
カーテンの隙間から漏れる光で目がさめる。
晴天、いつもと変わらぬ朝。
起き上がり鏡の前に立つと、いつもと変わらぬ見飽きた人間がそこに立つ。深い海を思わせる蒼の瞳に、絹のように艶やかや桃色の髪。すれ違えば一度は振り返ってしまうような、整った顔。これがわたし、メアリー・アレグラント。
今日から新一年生として、聖パララチア学園に入学する、メアリー・アレグラントだ。
ふふと、思わず笑みが溢れてしまう。今日から、素晴らしい毎日が始まるのだと思うと、笑いが止まらない。
私はこの世において、特別な人間なのだ。神に愛された、特別な人間。
もちろん、何もせず神に愛されたわけではない。私は大きな試練を乗り越えたのだ。
トントンとノックの音が部屋に響く。
「お嬢様、朝食の準備ができております。起きていらっしゃいますでしょうか」
「ええ、すぐに行くわ」
侍女の言葉に気持ちを入れ替える。クローゼットをあけ、見慣れた制服に着替えた。青を基調とした制服は私のために作られたかのように、とてもよく似合っている。
自分で言うのもあれだが、実際そうなのだ。
部屋を出ると侍女が外で待っていた。
「まあ…大変お似合いです、お嬢様。思わず見惚れてしまいます」
制服姿の私を見て、彼女は口元に手を当て感嘆の声を上げた。
「うふふ、そうかしら?…でも、その、あんまり見つめないで、恥ずかしいから」
「私としたことが….申し訳ありません」
彼女の名前はサラ。私の侍女で、身の回りのことは全て彼女がみてくれる。抑揚のない話し方だが、とても心優しい女性だ。
リビングへと向かい朝食を食べる。ベーコンエッグにクロワッサン、数種類の果物とヨーグルトが揃えられていた。簡素なものだが、これで十分。そんなに朝から食べるタイプではないのだから。
テーブルには私の分しか用意されていない。それもいつものことである。
父と母はいない。死んだわけではないが、今はわけあって別のところに住んでいる。つまりこの屋敷には私と数人の使用人しかいないのだ。
それもいつものこと、何も変わらぬ日常である。
「ご機嫌ですね」
「そう見える?」
「ええ、とても。学園へ行くのが楽しみなのですか?」
「そう、ね。楽しみよ、とても楽しみ。色々な人に出会えるんだもの。…けれど、今日はやらなくてはならないことがたくさんあるの。だから、気を抜いていられないわ」
「そうですか」
そう、今日はちゃんと予定通りに1日を過ごさねばならない。イレギュラーな行動を取ってしまったら、どうなってしまうのだろう。考えるだけで恐ろしい。今日の行動は、私の今後のバラ色のような学園生活を、一瞬で泥のようにしてしまう可能性もあるのだ。
色々と考え込んでいるうちに家を出る時間が迫ってくる。
「っいけない。早く出なくちゃ」
「お嬢様、慌てて怪我をなさっては大変です」
「大丈夫よサラ!…じゃあ行ってきます」
「お気をつけて」
あぁ、素晴らしい。人生はなんて輝いているのだろう。
初めの私は、この世界を憎んだ。けれど今の私は感謝している。全て私のためにある、この世界に。
学園のある方角から鐘の音が聞こえる。
まるで私を祝福しているかのように。
そう、今日から始まるのは私の物語だ。