16 世界征服の始まり
苦内が伝令に出発してから3日が経った。
時間的に見ればそろそろタコス軍の魔法部隊が移動を開始しているはずである。
「では我々は出発する。薄い民のみんなは2日遅れでポリフェルへ来てくれ」
「わかりました。どうぞご無事で」
「世話になったな」
テルの説明にカッターが答える。それにタコスらしくはないがきっちりと礼を述べるタコス。
結局、薄い民の魚人は殆どが民間人となった。小さい魚は河の整備に、大きい魚は警備兵に、と志願しており、大きい魚は個体数が少なく今回の戦いにはあまり数が連れていけなかったのだ。
それでも100名あまりが今度の戦いに志願してくれており、それだけこちらも心強いものがあった。
「お世話になりました」
「また、稽古をつけてください」
奈美は男性の魚人たちに人気があった。
小柄ながらもそこそこ整った顔を持ち、戦闘でも男顔負けな戦闘力を持つ奈美に憧れを持つのだろう。奈美は微妙に鈍そうなので気づいてはいないようなのだが。
テルたちは少しの日々ではあったが、なかなかに有意義な時間を過ごさせてもらっていた。また機会があればもう一度訪問したいものである。
テルたちは河の流れに乗り、タコス軍の魔法部隊と合流するべく移動を開始したのだった。
テルたちが河から海へと戻ると、河での違和感が消え今まで暮らしていた海の空気となった。魚人になったら淡水も海水も関係ないとタコスはいっていたが、やはり少しは違うもののようであった。
そのまま、大悪魔の口へと移動する。少しの距離はあるものの、追っ手に見つからず無事に大悪魔の口へとたどり着くことができた。
大悪魔の口はテルが思った通り、海溝だった。
しかし、その名前が示す通りあたりは暗く、カララトの魚たちは近寄ると体調不良を起こすというので、人気は全くと言っていいほどなかった。
海溝に近づくと断崖絶壁となっており、下は底が見えず、確かに今にも何かが出て来そうな雰囲気だった。
予想以上に空恐ろしい場所であり、少しだけ怖気付いていたが、テルの予想通りだった部分もあった。
それは海水温度だった。
海溝の崖の中はカララトのほかの水域よりも水温が低く、テルたちにとってはとても過ごしやすい水温となっていた。
これがもっと低い位置に潜ればもっと寒くなってテルたちにも支障があるのであろうが、一定の水深を保てば十分に過ごしやすいと言える。
崖の少し内側に入り、テルたちは泳いで行った。これはもし崖の上に魚人がいたとしても覗き込まなければ目に付かず、目立たないという意味でもとても役に立っていた。
ある日、海溝から出て休憩中にタコスが昔を思い出すように話したことがあった。
「俺様はアーラウトに来る前にはマカレトロにいたんだ」
タコスは懐かしそうに言葉を紡ぐ。
「ここも暗いがマカレトロやハルカズムはここよりももっと暗い。そんな暗いところで俺様たち支配者は暮らしていたんだ」
どうやら海溝の暗さがタコスの心を刺激したらしい。テルは特に茶化さず聞き入っていた。
「まだ、俺様は夢を見ているだけの子供だった。世界という言葉に惹かれて全てを手に入れたいと願うだけの小さな子供だった。しかし、その方が幸せだったのかもしれない。
俺様は大叔父貴のパーティに呼ばれた。大叔父貴はそんなことを喜ぶ方ではない。だから部下の誰かが大叔父貴の退屈を慰めようとしたパーティだったのだろう。たまたまだったが俺様も呼ばれた。ハルカズムの隣の海域、ナエラゴニヤのあまりうるさくない小さな街に呼ばれたのだ」
タコスの目が遠くを見つめる。子供のような背丈に相まって、非常に不思議な思惑を乗せた顔だった。
「俺様は感動した。暗闇だけのマカレトロやハルカズムとは違う。本当の色に心を動かされたのだ。陽の光に意識の全てを持っていかれた。
これほど世界は素晴らしいのか! これほど世界は輝いているのか! とね。
そしてこの世界の全てを手に入れている大叔父貴は一体どんな心持ちなんだろうと大叔父貴の顔を見たんだ」
そこで一旦、声のトーンを落としたタコス。その言葉には予想外のものを見たというのがはっきりとわかって見えた。しかし、あえてテルは訊いてみた。
「どうだったんです?」
「……大叔父貴は淡々と眺めていたよ。つまらなさそうに。
世界を手に入れた男にとって、世界はつまらなかったんだ」
寂しそうにいうタコスに、その時の落ち込みを目の前で見ているようだった。
「だが俺様にとっては最大のチャンスだった。世界を手に入れている男が世界に興味を持っていない。ならば、それを俺様が手に入れてもなんの文句もないだろう?」
タコスは決して心が折れてはいなかった。それはきっとこのタコスのいいところなのだろうともテルは思う。
「だから俺様はダゴンの大叔父貴の手から世界を俺様のものにするんだ。俺様のものにすればきっと、大叔父貴も世界の素晴らしさに気付くはずだからな!」
テルは話を聞いていて、このタコスはきっとダゴンのことが好きなのだろうな、と思った。そしてそれはダゴンはおそらくこのまま戦っていけば最後に立ちはだかる強敵なのだろうとも思った。
タコスは思案にくれるテルの顔を見たのだろう。少し頬をかくとそっぽを向いた。
「懐かしさに少しばかり話しすぎたようだな。もう寝よう。明日もあるのだし」
そう言ってタコスは自分だけささっと横になってしまった。
テルも横になろうとして、まだ眠れないことを思い出した。
テルたちは野営をしており、寝ずの番をテルと奈美が交代でしているのである。奈美の番になるのはもう少し先の時間であった。
テルは欠伸を噛み殺し、監視を続けていた。
そんなこんなで村を出てからおよそ3日後。
海溝の淵にこっそり隠れているタコス軍の魔法部隊とテルたちは、ようやく合流するのであった。




