15 影の中の影
苦内の主観となります。
私は苦内。
ジンカした時から兄弟達とは違う不思議な力が使えた。
それは余市兄さんや一三兄さん達テンナンバーズとは違い、明確な魔法という形ではなかった。
支配者であるタコス様がいうには、ジンカしたときにもらえる後天的な能力開花と魚時代の特徴継続があるらしい。
私のこの影潜りはジンカしたときに能力が開花したものだ。
こんな能力を持って私は幸せだった。他のどの兄弟でもできない力でイワ士兄さんをサポートできるのだから。
……っとと。間違えた。テル兄さんだ。
昔からの癖でついついイワ士兄さんと呼んでしまう。
この間違いは結構多くて、兄弟達が影でよく呼び間違えたりしていることや、頑張って覚えようと何回も口に出して練習している風景をよく見る。
テル兄さんは立派な魚だった。
いつも周りの魚に馴染めなかったけど頑張っているのはみんなが知っていた。
だから、共感能力がないと実はみんな知っていたけど、サポートをしてあげていた。
そのテル兄さんが変わった事件があった。
もう記憶が曖昧だけれどイワ美姉さんが死んだのを自分のせいだと責めていた。そのあと私たちももっと大きい魚人の群れに襲われて散り散りになって逃げていたけれど、そこで私たちを見捨てようと思ったみたいだった。
けれど兄弟みんなは知っていた。見捨てようと思ったテル兄さんの心は、見捨てた私たちの心配で常に押しつぶされそうになっていたことを。
どうやってか知らないけれど、そのあと支配者であるタコス様を連れ出してみんなにジンカをかけ、めでたくみんな魚人となった。
魚人になれば一方的に食べられなくなる。そんな理由で魚人になる人はテル兄さんが初めてだった。そして魚人になったみんなにテル兄さんは言った。
敵討ちをしようと。
私たちは衝撃を受けていたと思う。
それと同時にこの人のためなら私たちは喜んで死ねると、その時思ったのをいまでもはっきりと覚えている。
だって死んでもきっとテル兄さんは覚えていてくれる。死んだ私たちのためにきっと何かをしてくれる。イワ美姉さんやイワ吾兄さん、あの騒いで苦手そうにしていたイワ矢兄さん達のためにテル兄さんは戦おうと言ってくれているのだから。
どんなことがあっても私たち兄弟は決してテル兄さんを裏切らない。
テル兄さんはそんなことは、きっと全く気づいていないのだろうけれど。
だから私は幸せなのだ
他の兄弟よりもテル兄さんの力になれるのだから。
影の中を潜って兄さんに託された粘土板を持って移動する。
影の中を移動すると海の中を泳ぐよりも早く移動することができる。さらに好きなところに出ることができるのでとても便利だ。
私の戦闘力は低くても、相手の後ろを静かに取れば暗殺だってできるだろう。
泳いでいる私はついに一二三兄さんのテントについた。頭だけ影から出して中の様子を伺う。
ここらの地図とにらめっこしている一二三兄さんは落ち着きなくうろついている。
本当はこういう集中している時の一二三兄さんに話しかけてはいけないのだけど、テル兄さんの命令もある。影から全身を出して、意を決して話しかける。
「一二三様」
「うわっ!! ……ああ、苦内か、びっくりした」
驚かせて申し訳ないと思うので先に用件を伝える。
「これ、テル様から」
「兄さんから?」
粘土板を受け取ると一二三兄さんはじっとみつめた。一二三兄さんなら分かるとテル兄さんは言ったのだから多分気づくはず。
「これはなんだ?」
残念、わからなかったようだ。それはそうか。粘土板だけ渡されてもわからないだろう。
「ここに大悪魔の口と呼ばれる崖がある。そこの印のあるところに先に魔法部隊のみを派遣。待機させておいてほしいということです。」
「ああ、これは地図か」
あ、そこからだったか。テル兄さんはすぐに地図だとわかっていたけれど、よく考えたらその説明をしていなかった。
「そう。で、魔法部隊を送った3日後にポリフェルを攻めてくれとのことです」
「そうか……
先に送り込むってことは伏兵にするんだろう。つまり戦ったらそこに逃げ込めってことだね。兄さんは何を考えてるかわからないけど、きっとその大悪魔の口は何かあるんだろう。
崖ってことだったから水温冷たいのか? なら……」
すごい。本当にわかってるみたいだ。一二三兄さんはあれこれブツブツと言っていたあとこちらを振り向いた。
「兄さんは魔法部隊と合流かな?」
「そう言ってました」
「了解した。こちらも基本はそのとおりに動くと兄さんに伝えてくれ」
さらに私がまだ伝えていないことも予想して一二三兄さんは答えた。一二三兄さんはこの頭のキレで軍の参謀に選ばれた。私と違って賢いのだ。
賢いので言えばムジナ兄さんもなんだけど「分野が違う」んだって。私にはよくわからないけれど。
私がテントを出ると外にフーカがいた。
フーカはテル兄さんが保護しているサメの魚人だ。フーカは鼻もいいので私が到着したのに気づいたのだろう。
「テルは元気?」
「うん、元気だった」
「そう…」
一瞬だけ嬉しそうにしていたものの、すぐにしょんぼりとする。テル兄さんがいないのでさびしいのだろう。一応元気とは伝えたけど、デンキウナギの電撃を受けることを元気といってもいいのだろうか?
いいのだろう、きっと。
毎日のように受けにいっているのだから。
問題は目の前のフーカだ。元気か聞いている本人が元気ではないのだから相当なものだ。
なにせテル兄さんが偵察に行くことが決まった時に、聞き分けのいいこの子が珍しく駄々をこねたのだから。一緒に行きたいとはっきりとテル兄さんの言葉に逆らったのは、この時が初めてではないのだろうか。
私はこのテントからポリフェルに行く間、何度かこのテントにも戻ってきていたが、その間こっそり泣き続けていたのだ。それは女の子の秘密として私は黙っていてあげている。
男のくせにわたわたしている兄も1名いたのだけれど、見習って欲しかった。
脱線。
つまり、私はなんとかしてこの見た目と裏腹な少女を安心させてあげたかったのだ。
「あと5日もすればテル兄さんに会えますよ」
「そうなの?」
「ええ、だから」
ふわりと浮いてその高身長の少女の頭を撫でる。
「その時は元気一杯の笑顔を見せてあげてください。それがテル兄さんが1番喜ぶ最高のプレゼントなんですから」
しばらく考えるそぶりをしていたフーカは、ようやく笑顔を取り戻した。その美しい顔を愛らしく輝かせて、ようやく元気な声を聞かせてくれた。
「うん!! ありがとう、苦内お姉ちゃん!」
私はフーカににっこりと微笑むと、私を見つけて走り寄ろうとしている史郎兄さんを無視して影に身を潜めた。
流石にいじいじしているひとの話を聞いてあげるほどの余裕はありませんので。




