11 薄い民
テルが目を覚ますと泥で視界が効きにくい場所だった。
どうやらだれかに連れてこられたようだ。テルが最後に見たのは泥や砂、それに石などがころっがっている場所である。
ここはふにゃふにゃした海藻や泥しかない。砂がほとんど感じられなかったのだ。
状況がわからず動けないテルに声が聞こえた。
「起きましたか」
「だれだ?」
その声にテルは尋ねる。しかし、その声は質問には答えない。
「起きたら歩いて、ゆっくりと誘導に従ってください」
「質問には答えてくれないか」
ついてこいということだった。相変わらず視界は濁りきっており少し先の状況もわからない。
「また踏まれてもかないません。指示には従ってくださいね」
その言葉にテルは記憶の最後の感触を思い出す。テルは泥に足を取られ、態勢を直そうと踏ん張ったのだ。その時足元に何かグニャグニャしたものがあったのを思い出した。
またや踏まれてという言葉から、この声の主を踏んでいたことがわかった。
「俺はお前を踏んだのか。それについてはすまなかったな」
「いえいえ。ただ、次はそういうことのないようにお願いします」
テルは少し考えてから答えた。
「努力しよう」
非常に日本人らしい回答だった。砂や泥の中のことまでは流石にわからないし、その中に誰かがいても気付けないだろう。
実際、テルが声の主を踏んだ時、そこに生き物がいるとは気付けなかったのだから。
努力はするがそれ以上は期待しないでほしい。便利な言葉だとテルは思った。
「では前に2歩進んでください。それから右を向いて……もう少し右を。そこから前に10歩ほど進んでください」
あと、指示がすごく細かいともテルは思った。
声の指示に従い進んでいくと、泥が晴れて急に視界が良くなった。
その先にはタコス、奈美がおり、丸太の上に座っていた。
丸太。そう、丸太である。
海中はとにかく木材資源が少なかった。そのため色々なものを石などでつくる必要があり、石材加工技術は発展していた。
逆に木材は長い間水に浸かっていると腐ったり使えなくなったりするものもあり、海中での使用は適していなかった。そもそも木は陸の上にあるものである。魚人には入手手段は乏しかった。
その木を使用しているのである。
それはテルにとって少し驚く出来事であった。
ここの者達は木を加工する技術、手に入れる手段があるということなのだから。
テルはタコスから周りに目を移す。
そこでようやく周りが囲まれているということを理解した。
細長い体を持ったやつ。小さく鋭い牙を持ったやつ。まんまワニっぽいやつ。ワニと魚の間の子のようなやつ。カニのようなカニっぽいやつ、というかカニか。その他多種多様な魚がこちらを見ていたのだ。
不思議と魚人は見当たらなかった。
「目が覚めたようですな」
その中から長と思われるものが進みでる。テルはおじぎをする。偉そうなものが出たら萎縮する。テルの本質はあんまり変わっていないのかもしれない。
「私のようなものに頭を下げなくても良いです」
慌てたような声が聞こえてテルは頭を上げた。思ったよりも良い魚達のようだ。
そのオサのような魚が言った。
「私はカッターと申します。以後お見知り置きを」
「俺はテル。すまないが起きたばかりで状況がわからない。教えてもらってもいいだろうか?」
テルはひとまず情報収集に努めることにした。ワニは正直怖いが、それ以外には暴れればなんとかなるであろうという打算があった。そして、カッター達が話し合いの姿勢である以上、争うよりも情報を集めたほうがよさそうだという結論に至ったのである。
「ええ、では説明しましょう」
そしてカッターも快く説明をしてくれた。
「実は昼寝をしていたそこのデンキウナギ。エルエイルと言うのですが、其奴の尻尾をテル様が踏まれてしまい反射的に電撃を喰らわせてしまったのです」
「ああ、なるほど」
テルはあっさりと納得した。エルエイルの尻尾を踏んだ時、視界に電気が走ったように真っ白になっていたが、本当に電気が走っていたのだ。その余波で奈美やタコスも感電したというわけだ。
全面的にテルが悪いため謝るテル。
「それは本当にすまないことをした」
「わかってくださればいいんです。先ほども謝っていただきましたし」
エルエイルというのはとても紳士的だった。紳士的なデンキウナギだった。
ついでとばかりにタコスと奈美にも謝っておく。
「2人にも巻き添えをさせて悪かったな」
「痛かったがな。許そう」
「いいですよ、兄さん」
タコスは偉そうに、奈美は少ししょんぼりと許してくれた。奈美については兄としての株を下げたような気がした。内心ちょっと焦るテルである。
そこでテルは気になっていたことを聞いてみた。
「そういえばここには魚人がいないようだが」
結局話の最中魚人が顔を見せることはなかった。
魚人を迎えているので魚人が出てくると思っていたのだ。だが、そんな気配はなかった。
「我々は『薄い民』ですので…」
「『薄い民』?」
言いにくそうにいうカッターにテルは聞き返す。その問いにはカッターではなくテルの口が答えた。
「『薄い民』っていうのは海の力が弱い地域に住む魚の皆さんのことッス。薄い民は海の力が強いところには来れないんス。
そして支配者は海の力が強いところが好きなんで、そもそも会うことがないッス。まさか支配者に海の力が弱いところに来い、なんて言えるわけもないッスしね」
「その通りです」
ノエの説明にカッターが頷く。テルにはイマイチよくわからなかった。
「海の力?」
テルはそんなもの感じたことがなかった。だからなんのことを言っているのかはよくわからなかったのだ。
「そうっすね。海の力が弱いところには普通の魚は住めないッス。逆に薄い民も海の力が強いところにはこれないッスね。ちなみに今いるところは海の力がほとんどないッス」
「ジンカをしたものは海の力に関係なく動けるようになるがな」
ノエの説明にタコスが付け加えた。
それを聞いて、周りの魚達を見回して、テルはようやく納得した。
(海水と淡水か)
ワニのような強さを持つものが薄い民にいるのだ。強さの基準ではないのだろう。
そこで視点を変えてみた。
そうやってみるとどうも海の力が強いのは海水、海の力が弱いのは淡水となる。
支配者は海水を好み、海水に住む支配者に淡水魚は会いに行けないのだ。
そのため薄い民には魚人がいない。なるほど、道理である。
「この度、支配者であるタコス様にご足労願えたのは、我々薄い民が始まって以来の快挙。是非ともジンカの業で我々薄い民にも力をお授けくださいませ」
「と、いうことだ」
カッターに跪かれたタコスはテルに話を向ける。
ということと言われてもテルにはなんの話かわからない。それを感じ取ったタコスが言葉を捕捉する。
「こいつらをジンカしてもいいかってことだ」
テルとしては何を言っているのかわからない。ジンカをするしないはテルの許可制だったのだろうか? なぜテルに許可を求めるのだろうか。
「ジンカをする分には問題ないのか」
「ジンカする人数には制限はないからな」
そんなことを言う支配者様だった。
「ただ、ジンカをする事でこちらが不利にならないかと……」
「ああ、そう言うことか。なら大丈夫だからやっちゃって、っとちょっとまった!」
タコスの説明に軽く流しそうになるテルだったが思いとどまった。
「俺たちはこのカララトの支配者であるコノワタと戦争を起こしている。お前達をジンカしてもいいんだがそれでこちらが不利になってもいけない。
そこでなんだが、逆にこちらに手を貸してもらってもいいだろうか」
テルの提案にカッターは微笑んで答える。
「もちろんです。
…実は我々薄い民にこの度、支配者であるコノワタ様が戦争に勝ったということで、お祝いに来いという旨の知らせが届いたのです。
しかし、我々は薄い民。とてもではありませんが海の力の強いところには行けません。命に関わりますので断りましたところ、だからお前達は半端ものなのだと、魚として出来損ないなのだと笑われました。
我々はそれが悔しくて悔しくて…」
「私たちとて薄いとはいえ支配者様の力になりたい気持ちは同じなのです。しかし、それができないのが我々は悔しくて」
カッターは説明中、よほど悔しかったのか顔を伏せ言葉に詰まる。それをエルエイルが言葉をつなげた。
「我々にとってみればコノワタ様もタコス様も同じ支配者様です。ですが、同じ支配者様であるならば、恩がある方に我々はつきます。
我々とて、生きているのです」
エルエイルの言葉は、とてもまっすぐだった。
だからテルは茶化すことなくタコスに伝えた。
「心配ない。彼らを魚人にしてあげてくれ」
「ああ、いいだろう」
タコスは嬉しそうにテルに返した。
テルならば魚人にすることに賛成してくれると思っていたのだろうか。それとも、ジンカをするのが嬉しいのだろうか。
よくわからなかったが、テルはみんなが魚人化していくのを見守っていた。




