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マーマンの暑い日々  作者: ベスタ
10/25

10 逃亡

 コノワタがこちらを見ていた。

 タコスの話だと、コノワタはタコスの顔を知っているということになる。


 人混みの中にいればきっと気づかれることはなかっただろう。しかし、今は周りの魚人達はみんな、コノワタに平伏している。ぼーっと立っているテル達はさぞかし目立つことだろう。


 くわっ


 それまで線だったコノワタの目がまん丸に開かれる。

 その表情の変化にテル達だけではなく、周りにいたボンジモ達も驚くほどである。よほど珍しい状態なのだろう。


(やばい! バレたか!!)


 テルは内心焦っていた。そして、コノワタの威風に気圧されていて体がすぐには動かなかった。

 その躊躇は、コノワタが周りの魚人に異変を伝えるのに十分な時間だった。


「おごげろば!!!!」

「「「「「!!!?」」」」」


 しかし、コノワタは周りの魚人に異変を伝えなかった。その口から出たのは敵の支配者が目の前にいることを伝える言葉でもなければ、先の戦いで勝ったことを勝ち誇る言葉でもなかった。


 コノワタの口から出てきたのは内臓であった。


 しかも、ゲロとかそういうちゃちなものじゃなくすごい種類を、すごく大量に撒き散らしたのだ。

 コノワタもショックだったのだろうが周りの護衛達もショックであり、テル達にもショックであった。しかし、このときのテル達にとってはいいショックであった。


 モザイクなしでは見られないものを突然見せられて、それまで硬直していたテルの体が我に帰ったのである。

 その瞬間、テルは奈美とタコスの手を取り、猛然と大通りを城とは反対方向に逃げ出した。


「くっくく。相変わらずあのビビリぐせは抜けてないな」


 走りながら愉快げに笑うタコスに、息を切らしながらテルは怒鳴る。


「このタコ! 向こうがこっちの顔を知っているならそう言え!!」

「タコじゃない! タコスだ!」


 なにせ敵の真っ只中でこちらの正体がバレたのである。テルでなくても怒鳴りたくなるだろう。


 突然の支配者の急変に騒然となる広場の魚人達や魚達。

 テル達は必死に逃げているのだが、人通りが多くなかなか前に進みにくい。そうこうしているうちにテル達の後ろから賑やかな声が聞こえてきた。


「だれか、不審者を見なかったか!?」

「こっちに逃げる奴らを見なかったか!」


 どうやら追っ手がかかったらしい。

 魚人達をかいくぐって逃げるテル達の前に、突然黒い影が並走した。


「こっちです」

「助かる!!」


 それは別行動していた苦内だった。苦内の先導でポリフェルから抜け出したテル達は、なんとか危機を乗り切った。


 しかし、そこは城から伸びる大通りの先。

 テル達がきたのは城の後ろ側。


 テル達は味方の部隊と逆方向に逃げてしまっていたのだった。




 追っ手がかかっていることはわかったので、ポリフェルを抜けてもテル達は未だに逃げ続けていた。苦内は追っ手達の動向を探るためテル達のかなり後方からゆっくりと、テル達を追いかけつつ情報を集めていた。

 そのため、苦内とはポリフェルを抜けて早々に別行動である


「どこまで逃げるんだ」


 タコスに言われるがそれはテルにも分からない。なにせ、カララトの海についての情報が足りなさすぎるからだ。

 本来はそういったことを調べてくる任務の最中だったのだが、そんな時間は全くなかった。


「安心できるところまでです」


 ちなみに人ごみを抜けたあたりから手は繋いでいない。

 追っ手を避けるため途中から街道を避け、目立ちにくい雰囲気の暗いほうへと向かっていた。


 水は重くなり、呼吸が少ししづらいような気がする。いつのまにかサンゴは途切れ足元には粘土がたまっていた。

 その頃になって、ようやくテルは一息つくことにした。


「ここまでくればすぐに捕まる、ということもないでしょう」

「あーーーー。疲れた」


 奈美がぐったりとする。

 流石に長距離を泳いだのだ。休憩を取らねば、と手ごろな岩を探した。


 辺りを見回してみると岩はあまりなく、そのかわりと言わんばかりに丸く綺麗な石がゴロゴロとしていた。砂なのか粘土なのか分からない場所もありちょっと気味悪く感じていた。


 それでも腹が減っては戦ができぬと、テルは食事をとることにした。

 普段の食事では白いパルを魚人達はよく食べるが、戦争中では黒くて丸いものを食べる。これは携帯食料であり黒パルと呼ばれている。

 黒パルには魚のすり身は使われていないので正確にはパルではないのだが、見た目が黒いパルにそっくりなのでそう呼ばれている。主原料は海藻であり、海藻を練って丸めて貝殻の粉末で無理やり丸くまとめたのもである。戦闘に必要な栄養にのみ重点が置かれているため平時ではほとんど食べられることはない。味が酸っぱいのだ。また、黒パルばかりを食べると体調が崩されるという研究もあるらしい。黒パルに対応して普通のパルを白パルと呼ぶときもある。


 黒パルを食べると酸っぱい味が口の中に広がった。あまり美味しいものではなく、そのためテルはパルの方が好きであるのだ。


「黒パルは体がちょっと痺れるッスからねぇ」


 テルの口の中から不満が聞こえてくる。しかし、黒パルの方が栄養価に対して量が少なくていい。少しの食事で体は動くので戦争御用達となっているのである。仕方のないことだった。


 食べて少し休憩をする。その間に奈美が周りを探索している。テルはその間休んで、途中で奈美と交代するのだ。ちなみにタコスはテル達が周囲を警戒している間休みっぱなしである。

 これでも一応支配者なので。





「兄さん。時間だよ」

「ん? ああ」


 テルは奈美の言葉で我に帰る。少しまどろんでいたようだ。

 交代しようとしてテルが立ち上がった時に、足が泥の中に埋まった。


 ズブっ


「おっと」


 足に力を入れて踏ん張るテル。その時、泥の中にグニュグニュした違和感を感じた。態勢を整えるために踏ん張った足がその違和感を押しつぶす。


 バンッ


「………………!!!」


 凄まじい衝撃だった。

 耳がキーンとして聞こえない。視界に電気が走り真っ白で何も見えない。何かがテルの体の中を通り抜け、その名残として痛みを残していった。

 痛みに叫び声を上げようとする喉に、体は何も反応してくれない。

 声すら出せない中、少し回復した視界が見たのは同じように宙に浮かぶ奈美とタコスの姿だった。


 何が起きたのかすら分からないまま、テルの意識はかき消えた。

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