ローレライの想い~色あせた世界~
最近の私は色んな所に出かけるようになった。
でも何故か海の見える場所が多い気がする。
「……やっぱり唄のせいかな」
私が作った唄の歌詞は海をテーマにしている物が多くて、私は感情を取り戻すために無意識に海の見える場所を探しているんだと思う。
こうして、海を眺めていれば当時の私の感情が呼び起こされるかもしれないから。
そんな淡い期待を抱いて海を眺めているとふいに彼のことを思い出した。
美術館で彼と出逢ったあの時、ほんの少しだけ感情を取り戻せていたような気がする。
彼の楽しげな表情やあのキラキラした瞳に釣られるように私は無意識の内に笑顔になっていたから。
もう一度、逢いたいと思ったけれど躊躇してしまってあれから昼間の美術館に行っていない。
私の唄を聞いた彼がどう感じたのか知るのが恐かったから。でも本当は違うって事は私自身が一番、分かってる。
彼に後悔をさせたくないんだ。
だって、私はもうじき……。
私が見つめる先には夕闇に沈む太陽が最後の灯火のように赤々と海原を照らしていた。
今の私に出来ることが見つからない。
私自身のことすら未だに理解できないのにやりたいことを見つける事なんて出来るわけがない。
私はそっとスクーターを撫でる。
彼の言っていた映画はお母さんも知っていた。
有名な映画らしくてお母さんが教えてくれたタイトルをレンタル屋さんの店員に聞いてみると直ぐに見つかった。
夜になって一人でその映画を見た私はどこかフワフワとした、暖かな優しさに包み込まれるような、そんな不思議な気分になったんだ。
「…なんだろ、この感情」
分からない。
でも、嫌な気はしない。
きっと、良い感情なんだと思う。
この感情が何なのか知りたい。
だから私はいろいろな場所に出かけることにしたけど、気が付くとやっぱり海の見える場所にいる。
「…何でだろう」
海を眺めていると胸が苦しくなるのは。
忘れてしまった記憶が思い出せなくて何だか切なくて、自分の感情が分からなくて、私は……。
泣いていた。
それが何を意味するのかも分からないけど。
とても苦しい。
夕闇に染まる海が徐々に暗くなっていくのを眺めながら私はあの唄を口ずさんでいた。
さざ波が心地良いリズムを刻んでくれる。
私は今の私の歌を口ずさむ。
誰かを求めて、ううん違う……彼を求めて。
「ふにゃあ~」
「…えっ?」
聞き覚えのある鳴き声に私が振り返ると君が茂みの中から顔を覗かせて私を見つめていた。
「君はどこにでもいるのね…おいで」
僅かに微笑を浮かべながら君を招き寄せると抵抗することなく身体を擦りつけてくる。
不思議な子だと思う。
私が悩んでいるときに必ず現れてくれて何故だか心が和んでいくのが分かる。
「一緒に見る?」
私の問いかけに君は。
「ふにゃあ~」
答えるように私のそばに寄ってくる。
二人で並んで海原を見つめる。
それが当たり前みたいに。
君と見る夕闇はやっぱり綺麗で、夕日に染まった君の身体はどこか照れているようにも見える。
「ふにゃあ~」
君が夕闇を見ながら鳴いた。
「どうしたの?」
私は君が見つめる先に視線を向けてみたけれど何を伝えたいのか分からない。
でも君の瞳は真っ直ぐに夕闇を見つめていて私も同じように見つめ続けてみた。
何でだろう…懐かしい感じがする。
いつも見ている景色の筈なのに、君と眺めていると何だか違う気がして…気が付くと、また涙があふれかえった。
頬を伝う暖かな感触……何で?分からない。
感情が分からない、私は哀しいの?
自分の感情に困惑していた私はそっと君の背中を撫でてみる。柔らかな毛並みが掌に触れると君は気持ちよさそうにすり寄ってくる。
「ふにゃあ~」
ふいに君が鳴いて視線を逸らした。
それに釣られるように私も君が向いた方へと視線を向けたらーーー彼がいたんだ。
彼も驚いた表情で私を見つめてる。
えっ……なんで、ここに?
目の前の彼の姿に私は茫然としてしまう。
だって私は人に会いたくなくてわざわざスクーターを押して人気の無いこの場所に来たのに……なんで君は私を見つけ出してしまうの?
私は奇跡なんて言葉は信じない。
もし本当に奇跡があるならこんな残酷な出逢いなんて起きるはずないもの。
彼に会いたいと願っていたのは事実。
でも、彼を苦しめたくなくて逢わないようにしていたのに…なんで、なんで、なんで貴方は私の前に現れてくれるの。
「やっと出逢えた……君に逢いたかったんだ」
彼は嬉しそうに私を見つめていた。
私は今、どんな顔をしてるんだろう?
嬉しい?恥ずかしい?それとも…哀しい。
分からない。
でも私の鼓動は彼の言葉を聞いて、気付かれるんじゃないかってぐらい大きくなってる。
この感情はなんなの?
どう反応すればいいのか分からずに思わず俯いてしまうと君が目元を細めて私を見つめていた。
まるで、こうするんだよって教えてくれてるみたいに君は笑顔を私に向けたんだ。
だから、勇気を出すことにした。
もしかしたら間違ってるかも知れない。
でも、君はいつも私を助けてくれる。
私はそれを信じるよ。
ゆっくりと顔を上げて彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。夕闇に照らされた彼の瞳はキラキラと輝いていて本当にきれい。
私にはない感情をいっぱい持ってる。その姿に私は無意識に君の背中に手を触れると自分の手が微かに震えているのが分かる。
怖い…。
否定されるのが。
間違うのが。
知られてしまうのが……。
彼は私を見つめている。
出逢えたことが本当に嬉しいみたい。
「ふにゃあ~」
心の中で葛藤している私の手をすり抜けて君は地面に降り立つとクルリと振り返ると、もう一度だけ私に笑顔を見せてくれた。
気持ちが高揚していくのが分かる。
うん、やってみる。
私は目を細めて君と同じような表情を彼に向けた。この感情はなんなのだろう。嫌な気はしない。
何だか心が温かくなっていく。
だけどーーー。
「………っ!?」
彼は驚いた表情を浮かべたんだ。
その瞬間、私の心が休息に冷えていく。
後悔と罪悪感が押し寄せてくる。
間違ったんだ……この表情じゃなかったんだ。
そう思ったら彼の瞳を直視することが出来なくなって、私はまた俯いてしまう。
俯いた私を見て彼が何かを言おうとしているのが視界の隅に映り私は目をギュッて閉じた。
何を言われるんだろう。
見たくない、聞きたくない……でも、知りたい。
彼の言葉を知りたくて耳を塞ぐことが出来ない。
「……綺麗だ」
彼が驚いた表情を浮かべたまま呟いた。
「えっ…?」
いま彼は何て言ったの?
綺麗?私が?自分の感情を理解すら出来ない私が、顔色を見て判断している私が……綺麗。
胸がドキドキして顔が火照って熱い。
そっと頬に触れた私の手がそれを感じてる。
「綺麗?」
ボソリと呟いた私に彼は満面の笑顔を浮かべた。
「うん、君の笑顔は綺麗だよ」
恥ずかしげに頬を掻きながら答えてくれる。
「本当に?」
知りたい。
この気持ちが何なのか。
私は顔を上げて彼を見つめる。
「うん、本当に君は綺麗だよ」
恥ずかしそうだけど彼はしっかりと頷いた。
「あっ、ありがとう…」
顔がさらに赤くなってる。
私は思わず俯いちゃった。
だって、彼の姿を直視できないから。
また俯いてしまったけど…さっきとは明らかに違う。なんだろう、この感情…あぁ、そうだ。あの映画を見ていたときに感じた感情と同じなんだ。
フワフワとした感覚にドキドキが混じって心の奥深くから暖かな気持ちが湧き上がってくる。
なんだろう、この感情……。
ううん、分かってる。
この感情が何なのかなんてーーだって、これが恋をするって思うから。
でも、私はそれをどう表現すればいいの?
考えれば考えるほど意識が霞みがかっていく。
私はどうすればいいの?
彼にどんな顔を見せればいいの?
どうすれば彼がーーー喜んでくれるの?




