ローレライの想い~だから君を描きたい~
「君はこのモデルの子の知り合いかい?」
優しい瞳で僕の絵を眺めながら聞いてきたんだけど、なんて説明しようか悩んでしまう。
だって、たった一度しか逢えていないから。
僕がどう説明しようか悩んでいると店長がチラリとスケッチブックに視線を向けて瞳を細めた。
「その子がお前さんが職務放棄して飛び出して追いかけていったあの子か?」
過去をぶり返さないで、反省してますから。
「…はい、そうです」
何だか良い心地が悪い。
でも、男の人は意外そうに僕を見つめてくる。
「若いねぇ、青春してるじゃないか」
「そんなことは……店長もからかわないでください。それに、ちゃんと反省していますから」
気恥ずかしいことこの上なく僕は思わず店長に恨みの籠もった視線をぶつけるけど当の本人はどこ吹く風でーー。
「しばらくは弄ってやるから覚悟しとけ」
楽しそうに笑みを浮かべていた。
「よければ、その子との出逢いを聞かせてくれないか?まぁ、君が嫌じゃなければだけどね」
どうしようかと少し考える。
また、店長にからかわれるのは嫌だけど、この人と会話をしていると何故だか自然に胸の内をさらけ出してしまいそうになる。
なんだろう、聞き上手なのかな。
それでも恥ずかしいから迷っていると
「ふにゃあ~」
早く話せと君が僕を見て鳴いたんだ。
「ほら、話せって言ってるぞ。恋敵の話をお前さんがどんな顔でするのか見たいんだとよ」
実に楽しげな店長の表情とじぃーっと僕を見つめる君の視線に僕は負けてしまった。
「…うぅ、分かりましたけど笑わないでくださいよ。こんな話をするの、恥ずかしいんですから」
うん、本当に恥ずかしい。
けど、あの子のことを話したい気持ちもあったから僕はあの子と出逢った日のことを話したんだ。
ーーー数分後。
話し終えると男の人が優しげな表情で
「話してくれて…ありがとう」
お礼を言ったんだ。
ただ、なんだろう…不思議な感じがした。
僕は少し気恥ずかしくなって俯きながら残ったカフェオレを一気に飲んで立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、そろそろ僕、行きますね」
自分でレジを打ってカフェオレの代金を支払うと僕は喫茶店から逃げるように外に出ようとしたら
「…海の見える場所に行ってごらん。もしかしたら、その子に出逢えるかも知れない」
男の人が教えてくれたんだ。
僕は立ち止まって振りかえると
「その子の表情を見たらそんな気がしてね」
ニッコリと微笑みながら苦笑気味に言ったんだ。
「じゃあ、帰りにでも寄ってみます」
お礼を言って僕は喫茶店を出た。
外は太陽の陽射しがまだ強くて、茹だるような暑さのせいで身体から一気に汗が吹き上がる。
「…暑い」
一瞬、戻ろうかと考えたけど店長がからかってくるのが目に浮かんで僕は諦めて画材店に向かうことにしたんだ。
「…海の見える場所か。そう言えば美術館も海の見える場所だったなぁ、試しに海沿いの歩道を歩いて帰ろうかな」
止めどなく流れ出る汗を拭いながら僕はダラダラと歩きながら画材店に向かって歩いた。
出来るだけ日陰を歩くけれど暑さはあんまり変わらない。ようやく見えてきた画材店に僕はホッとした。冷房の効いた場所でゆっくり出来から。
もうね、画材を買いに来た目的なんて二の次で取りあえず涼んで冷たい物を飲もうって心に決める。
美大生御用達の画材店『神楽堂』ここにはありとあらゆる画材が揃ってる3階建ての建物で、中に入ると一気に涼しい風と微かに香る画材独特の匂いが僕の鼻孔を擽る。
何だかワクワクしてくるの僕だけじゃないと思う。目に映るもの全てが魅力的で思わず無駄遣いしそうになってしまう。
火照った身体が徐々に冷えてきて汗で気持ち悪かったTシャツも乾いていくのを感じながら取りあえず自販機に向かっていく。
「取りあえず水分補給だよな」
いつも来ているから自販機の場所も把握済み。
自販機の近くには休憩スペースがあって僕は取りあえず自販機でスポーツドリンクを買うと空いたソファに腰掛けて一気にスポーツドリンクを飲んだ。
身体に水分が補給されていくのが分かる。
「…さて、足りない画材は」
メモ用紙を取り出して足りない画材をチェックする。色々と買わなきゃならないから、どのルートで回るか頭の中で計画を練る。
そうしないと余計なものまで買っちゃいそうだから慎重にルートを選ばないといけない。
メモ片手に考え込んでいると
「あれっ?君っていつも来る子じゃない?」
うん?聞き覚えのある声に顔を上げると両手いっぱいに画材を抱えた学芸員のお姉さんが笑顔で立っていたんだ。
「美術館の…すごい荷物ですね」
お姉さんに出逢ったことよりも僕の瞳は荷物の方に引き寄せられてしまう。
多分、僕の予想通りなら……。
「欲しい物がいっぱいで買い過ぎちゃった」
やっぱりかぁ。
二の舞にならないように気をつけよう。
そんなことを思っているとあははと笑いながら当たり前のように横に座るお姉さんに少しドキドキしながら僕はチラリと荷物の中身を見た。
「油絵をするんですか?」
「うん?あぁ、そうねぇ。色々やるけど元々は専攻が油絵だったから何か描きたいときは油絵かな。で、君は?」
まだ買い物をしていない僕にお姉さんが顔を近づけてくる。なんだろうか、最近ものすごく距離が近い気がする。
「僕も油絵が専攻なんでメインは油絵です。ただ、最近はスケッチばかりしてるなぁ」
「ねぇ、良かったらスケッチを見せてくれない?」
お姉さんのその言葉に僕はまたか…って思ったけれど不思議と恥ずかしいって気持ちはなかった。
あの子に出逢ったのも美術館で彼女の話もお姉さんから聞いたからかもしれない。
「さっきも喫茶店で見せたんですよ。それに自信があんまりないんです」
少し躊躇してしまう。
同じ絵を描く人が見たら僕が描き切れていないことぐらい直ぐにわかるから。
「うん?いいんじゃない。初めから描きたいものが描ける人なんて居ないんだから。私だってそうだったし、まぁ、取りあえずお姉さんに見せてみなさい。ほら、ほら早く見せて」
両手で催促してくるお姉さん。
「…わかりましたよ」
鞄からスケッチブックを取り出して渡すとお姉さんは楽しげにスケッチブックを広げた。
けど、直ぐに小首を傾げる。
スケッチブックの絵がお姉さんの予想と違ったのかも知れない。だって、最初の頃は描きたいものが見つからなくて猫の絵ばかりを描いていたから。
「この猫ちゃんは?」
お姉さんが不思議そうに聞いてくる。
「その子は喫茶店によく来る猫ですね。バイトを初めて暇なときに練習がてら描いていたんです」
「ふぅ~ん。可愛いね、この子いつも居るの?」
その質問は正直、答えづらい。
だって、さっき店長にからかわれたから。
「僕の居ない日は分からないですけど…多分、いるんじゃないかと。ほら、いつも珈琲を煎れてくれる常連客の男の人とよく来ますよ」
「そうなんだ…」
僕のスケッチを見ながらお姉さんは微かに哀しげな表情を浮かべた気がした。
何かおかしなことを言ったかな。
そんな不安を感じているとお姉さんは少し不満げな表情を浮かべた。
いつも思うけど、この人って本当にコロコロと表情を変えるよね。
「私の時にはこんな可愛い猫は居なかった。いたらもっと楽しかったかもしれないのに、残念ね」
今度はガックリと残念そうに項垂れる。
「なら、喫茶店に遊びに来たらどうですか?バイトしているときにこの子が来たら教えましょうか?」
あまりの残念そうな表情に僕はそんな提案をしてみたんだけど、何故かお姉さんは瞳を大きく見開いて僕をマジマジと見つめたんだ。
「えっ?どうしたんですか?」
お姉さんの行動の意味が分からない。
「えっと、君は天然かな?それとも策士かな?後者の方なら君はすっごい悪人だよ」
やっぱり意味が分からない。
「えっと、どう言う事でしょう?」
キョトンとする僕に
「…天然の方かぁ」
なんて呟いている。
やっぱり、お姉さんのことよく分からないな。




