文化祭が始まる
クラスの内部に注目していたため、俺は見逃していたものがあった。
外部。
看板。
看板と言うか、名前。
妹のクラスの出し物だが、お化け屋敷でもなければ心霊現象屋敷でもない、そういう名称では、ない。
文化祭のしおりを見てみる。
二年四組の出し物は、その正式名称は、こうだった。
『えーッ!明るいお化け屋敷?教室で起こる怪奇現象が斬新過ぎて、俺の文化祭が完全にカオスな件』
である。
「な、なんじゃこりゃあ!」
俺は思わず叫ぶ。
廊下を歩きながら何気なく開いた、文化祭のしおり。
たがつすがめつ、見方を変えて、この名称を何度も見直す。
「こ、これは名前なのか?」
「男子が決めたの。出来るだけお客さんに新鮮さをアピールしようとして、色んな文献を参考にして考えたんだって。インパクト重視だそうだよ」
「止める奴いなかったのかよ………!」
参考文献の程度が知れる。
しかしながら、俺の文化祭ではない。
あくまで妹のクラスのものだ、口出しにも限度があるが、これはあんまりだ。
「私もどうかと思うけれど、お化け屋敷ができるなら、あとは細かいことはどうでもいいやって思って」
「いや、タイトルだぞ、結構重要っていうか―――お前、こんなのを出版するつもりなん?」
「しゅっぱん?」
「ごめん、なんでもない」
ここで議論を巻き起こしてもよかったと思うが―――まあ仕方がない。
仕方なくはないが、予定外は常にある。
ていうか妹の文化祭を心配している兄、俺と言う存在も中々の異端なんだから。
廊下を歩いていると、生徒たちの集団が見えてくる。
無難な私服の俺は若干注目を浴びたが、妹と堂々と並んでいることもあり、向こうも何か、察してくれたらしい。
ぶっちゃけると、この妹と兄弟だとわかる、理解されることが恥ずかしかったが、俺はお化け屋敷を救出してあげたんだぞ、と言う傲慢な気持ちが勝った。
実際、いいことをするのは気持ちがいい。
人のために動くのはいいことだ。
ちらり、と多々良を見る。
我が妹は、恥ずかし気に下を向き、生徒たちと顔を合わせず、耳や、首すじが少し桃色になっていた。
不覚にも、その姿に何らかの感情を抱きそうになった。
「お兄ちゃんは、ちょっとぶらぶらしてきてよ、なんとかする
「たたらー!やるよ、六組に絶対勝とうねー?」
元気そうな女子が声を上げる。
まあ元気そうと言っても、生徒は多かれ少なかれ、全員、浮足立っていたが。
「あ、うん――!」
返事、妹が走っていく。
俺から離れて。
「青春だねえ」
俺は一人になり、歩き続け、呟く。
老兵は去るべし、みたいな気分かもしれないが。
多少はちょっかい出したいな。
おれはもう高校生ではない、制服を着ることもないが、成人式も先だった。
保護者もそれなりに増えてきて賑やかな下駄箱の近くを通り過ぎ、外に出る。
校舎の外に出る。
体育館前の通りには屋台が立ち並び、コンロに火を灯している。
生徒たちが熱を持った鉄板に焼きそばの麺を恐る恐る、乗せる。
焼きそばに水蒸気が立つ。
それだけで生徒たちはきゃー、うわー、と声を出す。
おそらく初期の作品は未熟な、おおよそ客に出すのは憚られるものとなるだろう。
だが、それは初期なのだ、最初だけなのだ。
あとは、頑張れ。
なるようになる。
焼きそばのソースが焦げる匂いを嗅いだ。
別の屋台でも、何か甘ったるい匂いが広がる。
アロマキャンドルではない、食品である。
俺はそれを感じながら、高校の頃に炒めていたものを思い出せない。
俺は頑張れない。
時刻は九時四十分ごろ。
文化祭一日目が本格的に始まるまで、二十分。




