第9話 新しい住民は、どうやら普通の魔物じゃないらしい
異世界生活、六日目。
「……重い」
朝、俺は胸の上に感じる妙な重さで目を覚ました。
「……ん?」
目を開けると、視界いっぱいに白い毛が広がっていた。
「きゅぅ……」
「……お前か」
昨日、森で出会った不思議な生き物。
コルネだ。
真っ白なふわふわの毛に、淡い青色の毛先。額には小さな透き通った角が一本。
そのコルネが、俺の胸の上で気持ちよさそうに眠っている。
「……おい、コルネ」
「きゅぅ……」
「そろそろ起きてくれ」
指先で頭を撫でると、コルネはゆっくりと目を開けた。
「……きゅ?」
「おはよう」
「きゅっ!」
次の瞬間、勢いよく顔を擦り寄せてきた。
「うわっ、くすぐったい!」
尻尾がぱたぱたと揺れる。
……朝から元気なやつだ。
俺はコルネを抱き上げ、ベッドから起き上がった。
◇
「レンさーん! 朝ご飯ですよー!」
一階からリシアの声が聞こえた。
「おう、今行く!」
コルネを抱いたまま階段を下りると、台所からいい香りが漂ってきた。
「おはようございます!」
「おはよう」
「コルネちゃんも、おはようございます!」
「きゅっ!」
コルネが元気よく鳴く。
「ふふっ! 今日もかわいいですね!」
「昨日からずっとそれ言ってるな」
「だって、本当のことですもん!」
……まあ、否定はできない。
テーブルには、森の野菜を使ったスープと、香草で焼いた魚が並んでいた。
リシアはコルネの前に、小さな木の実を数粒置く。
「コルネちゃんの朝ご飯です!」
「きゅぅ!」
コルネは嬉しそうに木の実をかじり始めた。
俺もスープを一口飲む。
「……うまいな」
「えへへ! 今日は少し香草を変えてみたんです!」
「なるほど。こっちも好きだな」
「やったー!」
リシアは嬉しそうに笑った。
……この村の食生活は、本当に彼女に支えられている。
食事を終えたところで、俺はコルネを見た。
「そういえば、リシア」
「はい?」
「コルネって、結局何の生き物なんだろうな?」
「うーん……」
リシアが首を傾げる。
「私も、こんな子は見たことがありません」
「やっぱりか」
「角のある魔物は珍しくないんですけど、こんなに小さくて、ふわふわな子は初めてです!」
当のコルネは、俺たちの話など気にせず木の実を食べている。
「……きゅっ」
……まあ、本人は幸せそうだな。
◇
朝食のあと、俺たちは村の畑へ向かった。
先日作ったばかりの、小さな畑だ。
森で見つけた苗と種を植え、毎日水をやっている。
まだ収穫には遠いが、今のところ順調そうだった。
「……よし。今日も元気だな」
「はい! 葉っぱの色もいいですね!」
リシアが隣にしゃがみ込み、苗を確かめる。
そのとき。
「きゅっ!」
足元にいたコルネが、突然畑へ駆け出した。
「おい、コルネ! そこは入っちゃ駄目だぞ!」
だが、コルネは畑の端で立ち止まり、一本の苗をじっと見つめた。
「……きゅぅ」
「……ん?」
次の瞬間。
ふわっ。
コルネの体が、地面から浮いた。
「…………は?」
俺は目をこすった。
だが、見間違いではない。
コルネは地面から十センチほど浮かび、ふわふわと空中に漂っている。
「……リシア」
「……はい」
「あいつ、浮いてないか?」
「……浮いてますね」
「……だよな」
俺たちは無言でコルネを見つめた。
「きゅっ!」
当の本人は、実に楽しそうだ。
「いやいやいや! なんで浮いてんだよ!?」
「わ、私にもわかりません!」
「飛行魔法か!?」
「でも、魔法を使うときの動きとも違うような……」
リシアも困惑している。
コルネはそんな俺たちを気にすることなく、苗の真上でぴたりと止まった。
「……きゅぅ」
額の青い角が、淡く光り始める。
「……あっ」
俺は思わず息を止めた。
昨日、森で見た光だ。
あれは気のせいじゃなかったらしい。
青い光が、苗へ向かって降り注ぐ。
すると。
「……え?」
苗の葉が、わずかに揺れた。
次の瞬間、茎が少しだけ伸び、新しい葉が一枚開いた。
「……おいおい」
俺は目を見開いた。
「今、成長したよな?」
「……しました!」
リシアが興奮した様子で頷く。
「レンさん! 苗が大きくなりました!」
「……マジか」
コルネは満足そうに鳴いた。
「きゅっ!」
そして、ふわりと地面に降り立った。
◇
「……ちょっと整理しよう」
俺は畑の横にしゃがみ込んだ。
リシアも隣に座る。
コルネは二人の間で、拾った小枝を前足で転がしていた。
「まず、コルネは空を飛べる」
「はい!」
「それから、角を光らせると植物が成長する」
「はい!」
「……普通の生き物じゃないな」
「そうですね!」
リシアは力強く頷いた。
「でも、とってもかわいいです!」
「……それは今、関係ないだろ」
「大事なことです!」
……まあ、そこは否定しない。
俺はさっき成長した苗を確かめた。
新しい葉が一枚増えている。
だが、周りの苗には変化がない。
「全部の植物を一気に育てられるわけじゃないんだな」
「みたいですね」
「コルネ、もう一回できるか?」
「きゅ?」
俺は隣の苗を指さす。
「これも、さっきみたいにできるか?」
コルネは近づき、額の角をわずかに光らせた。
だが。
「……きゅぅ」
光はすぐに消えてしまった。
コルネはその場にぺたりと座り込み、眠たそうに目を細める。
「……あれ?」
リシアが首を傾げた。
「疲れちゃったんでしょうか?」
「かもしれないな」
俺はコルネを抱き上げた。
すると、コルネは安心したように腕の中で丸くなった。
「きゅぅ……」
……なるほど。
すごい能力だけど、使い放題ってわけじゃないらしい。
「今日はもう休ませよう」
「はい!」
リシアが優しく微笑んだ。
「お疲れさま、コルネちゃん」
◇
昼前。
俺たちは家の前で、今後の村づくりについて話し合っていた。
コルネは近くの日陰で、気持ちよさそうに眠っている。
俺は木の板に、必要なものを書き出していった。
「……まず、食料」
「はい!」
「畑はまだ収穫できない。しばらくは森で集めるしかないな」
「それなら任せてください!」
リシアが元気よく答える。
「次に、道具」
建築に使う道具。
調理器具。
保存用の容器。
丈夫な縄に、釘や金具。
書き出していくと、足りないものばかりだ。
「……あと、塩も欲しいな」
「お塩ですか?」
「ああ。料理にも保存にも使えるしな」
「いいですね! お塩があれば、もっといろんな料理が作れます!」
「それは楽しみだ」
俺はさらに考えた。
必要なものをすべて森で手に入れるのは、さすがに難しい。
「……やっぱり、一度街に行った方がよさそうだ」
「街、ですか?」
「ああ。道具や物資を買い揃えたい」
すると、リシアが目を輝かせた。
「私も行きたいです!」
「近くに街はあるのか?」
「ありますよ!」
リシアは大きく頷いた。
「ここから歩いて半日くらいのところに、交易都市セルティアがあります!」
「セルティア……」
「商人さんや冒険者さんがたくさん集まる街なんです!」
「へえ」
「市場も大きいですし、冒険者ギルドもありますよ!」
「……冒険者ギルド?」
思わず聞き返した。
異世界ものではおなじみの施設だ。
まさか、自分が実際に行くことになるとは。
「はい! 依頼を受ければ、お仕事もできます!」
「なるほど」
……それはありがたい。
今の俺が持っているのは、追放されたときに渡された銀貨三枚だけ。
買い物をするには心もとない。
「リシア、銀貨三枚でどれくらい買える?」
「うーん……小さな道具や食料なら買えますけど、たくさんは難しいと思います」
「……やっぱりか」
「でも、ギルドでお仕事をすれば、お金を稼げますよ!」
「そうだな」
これは街へ行く価値がありそうだ。
……と、そこまで考えたところで。
「……いや、待てよ」
俺は顔を上げた。
「どうしました、レンさん?」
「俺たちが街に行ってる間、この村って大丈夫なのか?」
リシアは一瞬きょとんとした。
だが、すぐに表情を曇らせた。
「……魔物、ですよね」
「ああ」
俺は村の外に広がる森へ視線を向けた。
「昔より危険な魔物が増えてるんだろ?」
「はい。村を離れた人たちも、魔物が増えたことを怖がっていました」
「……だよな」
村には三軒の家がある。
畑も作った。
食料や道具だって、少しずつ集め直している。
それを無防備なまま放置するのは、さすがにまずい。
「……よし。街へ行く前に、少し対策しておこう」
「対策、ですか?」
「ああ。村の周りに柵を作るんだ」
「……柵!」
「大型の魔物を完全に防げるとは思わないけど、小型の魔物や野生動物が入りにくくなるだけでも違うだろ?」
「なるほど!」
リシアは大きく頷いた。
「私も手伝います!」
「頼む」
◇
午後。
俺たちは村の周辺を調べながら、防護柵を作る場所を決めていった。
「……全部の敷地を囲むのは無理だな」
村の中央には、大きな巨木がある。
その周りに三軒の家と、小さな畑。
かつてはもっと多くの家が建っていたらしいが、今は森に戻りつつある土地も多い。
広すぎる範囲を囲んでも、管理できない。
「まずは、今使ってる場所だけ守ろう」
「はい!」
俺たちは家と畑を囲むように、柵の位置を決めた。
材料は、昨日の建築で残った木材。
それだけでは足りないので、近くの倒木も集める。
俺は《身体強化》で木を運び、《建築補助》で長さや間隔を確かめた。
リシアも細い木材を運び、枝を取り除いてくれる。
「レンさん、これはどうですか?」
「お、ちょうどいいな」
「よかったです!」
俺たちは柱を地面に深く打ち込み、横木を取り付けていった。
小さな動物が簡単にすり抜けないよう、下の隙間もできるだけ狭くする。
ただし、材料は限られている。
完成したのは、木製の簡素な防護柵だ。
強力な魔物の突進まで防げるようなものではない。
「……ふう」
俺は額の汗を拭った。
「思ったより大変だな」
「でも、もう少しですよ!」
「ああ。頑張るか」
しばらくして、ようやく最後の横木を取り付けた。
「……よし、完成!」
「やったー!」
リシアが嬉しそうに両手を上げた。
俺は少し離れた場所から柵を眺めた。
三軒の家と、小さな畑。
それらを囲む木製の柵。
出入口には、簡単な門も取り付けてある。
外から見ると、ようやく集落らしくなってきた気がする。
「……悪くないな」
「はい! これなら少し安心ですね!」
「ああ。でも、過信は禁物だぞ」
「……はい?」
「強い魔物が来たら、こんな柵じゃ止められないと思う」
リシアは少し考え、頷いた。
「……そうですね」
「だから、街でもできるだけ早く用事を済ませよう」
「はい!」
俺は柵の向こうに広がる森を見た。
村を作るなら、住む場所だけじゃ駄目なんだ。
守る方法も、考えないといけない。
……いつか、もっと丈夫な壁を作りたいな。
そう思いながら、門の留め具を確かめた。
◇
夕方。
「レンさーん!」
家の中からリシアの声が聞こえてきた。
「ん?」
「できました!」
リシアが掲げていたのは、小さな肩掛け袋だった。
柔らかい布で作られ、底には厚めの布が重ねられている。
口は少し広く、コルネが顔を出せるようになっていた。
「……おお!」
俺は思わず声を上げた。
「すごいな、リシア!」
「えへへ! お母さんに裁縫を教えてもらったんです!」
「なるほど」
リシアは袋を床に置き、コルネを呼んだ。
「コルネちゃん! 入ってみますか?」
「きゅっ!」
コルネは袋を覗き込んだ。
くんくんと匂いを嗅ぎ、小さく跳ねる。
ぽすっ。
そのまま、袋の中へ収まった。
「……きゅぅ」
満足そうに目を細める。
「……気に入ったみたいだな」
「やったー!」
リシアが嬉しそうに笑う。
「これなら一緒にお出かけできますね!」
「ああ」
……しかし。
袋からちょこんと顔を出す白い毛玉。
これは街で目立つんじゃないか?
……かわいすぎるという意味で。
◇
夜。
夕食を終えた俺たちは、明日の準備をしていた。
銀貨三枚。
飲み水。
保存しておいた木の実。
それから、森で集めた薬草を少し。
コルネ用の袋もある。
「……よし。こんなもんかな」
「はい!」
リシアが頷く。
「朝早く出れば、お昼頃にはセルティアに着きますよ!」
「道は大丈夫なんだよな?」
「もちろんです!」
「……本当か?」
「本当です!」
胸を張るリシア。
……まあ、街道に出れば何とかなるだろう。
「それじゃ、明日はセルティアに行こう」
「はいっ!」
リシアが嬉しそうに笑った。
「楽しみですね!」
「ああ。俺も楽しみだ」
初めて訪れる異世界の街。
どんな人がいて、どんなものが売られているのか。
そして、冒険者ギルドではどんな仕事ができるのか。
考えるだけで、少しわくわくしてくる。
「……そういえば」
俺は足元を見た。
そこには、肩掛け袋の中で丸くなっているコルネがいた。
「きゅぅ……」
どうやら、よほど気に入ったらしい。
「お前も明日は一緒だぞ、コルネ」
「きゅっ!」
コルネが元気よく鳴いた。
「三人でお出かけですね!」
リシアが嬉しそうに笑う。
「……そうだな」
俺は頷いた。
異世界生活、六日目。
コルネの不思議な能力を知り、村の周囲に防護柵を作った。
まだ小さく、心もとない柵だ。
それでも、何もなかった昨日よりは一歩前進している。
村を大きくするなら、建てることだけでなく、守ることも必要になる。
そんな当たり前のことを、俺はようやく理解し始めていた。
明日は、交易都市セルティアへ。
村の暮らしを少しでもよくするために。
俺たちは、初めての街へと向かう。




