第8話 森の訪問者と、ちょっとおかしな二人暮らし
異世界生活、五日目。
朝、俺は窓をつつく小さな音で目を覚ました。
こんこん、こんこん。
「……何だ?」
寝ぼけ眼で窓を覗くと、青い羽の鳥が一羽、窓枠にとまっていた。
俺と目が合うなり、ぴいっと鳴いて飛んでいく。
「……目覚まし時計かよ」
思わず呟く。
まあ、悪くない目覚めだ。
俺はベッドから起き上がり、部屋を出た。
この家は、俺が《建築補助》で改築した二階建ての家だ。
二階には寝室が二つあり、俺とリシアがそれぞれ使っている。
昨日、焼け落ちた二軒も建て直した。
これで村には、全部で三軒の家がある。
……もっとも、住人はまだ二人だけだけどな。
◇
「レンさーん! 朝ご飯ですよー!」
一階から、リシアの元気な声が聞こえてきた。
「おう、今行く!」
階段を下りると、台所からいい香りが漂ってくる。
長い銀髪を揺らしながら、リシアが鍋をかき混ぜていた。
「おはようございます!」
「おはよう。今日もうまそうだな」
「えへへ! 今日は木の実のスープです!」
テーブルには、木の実を砕いて煮込んだスープと、香草で焼いた魚が並んでいた。
俺は椅子に座り、スープを一口飲む。
「……うまい」
「本当ですか!?」
「ああ。木の実って、こんな使い方もできるんだな」
「はい! 煮込むと、とろみが出るんですよ!」
「へえ」
リシアは方向音痴だ。
それはもう、森に住んでいるエルフとは思えないほどに。
だが、料理や食材の知識となると、途端に頼もしくなる。
この村でまともな食生活が送れているのは、間違いなく彼女のおかげだ。
「そういえば、レンさん!」
「ん?」
「今日は森を探検するんですよね!」
「ああ。昨日約束したからな」
「楽しみです!」
リシアは嬉しそうに頷いた。
「森には、まだまだいろんな場所がありますから!」
「よし。じゃあ、今日は道を覚えながら歩こう」
「むむっ!」
リシアが頬を膨らませた。
「私だって、ちゃんと道を覚えてますよ!」
「この前、村の近くで迷いかけたのは誰だっけ?」
「……あれは、ちょっと木が似てただけです!」
「全部木だからな、この森」
「レンさんのいじわる!」
俺は笑いながら、残りのスープを飲み干した。
◇
朝食を終えた俺たちは、村の周囲を調べるために森へ入った。
目的は、地形の把握と資源の確認。
今後、村を発展させるなら、周辺の環境を知っておく必要がある。
川の位置や道の状態はもちろん、危険な魔物がいる場所も把握しておきたい。
「レンさん、こっちに薬草がありますよ!」
リシアが足元の植物を指さした。
細長い葉を持つ、淡い緑色の草だ。
「これ、薬草なのか?」
「はい! 葉を乾かしておくと、傷の手当てに使えるんです!」
「へえ」
「ただし、似た植物もあるので、間違えないようにしてくださいね!」
リシアは隣に生えている草を指さし、葉の形と茎の色の違いを教えてくれた。
「……なるほど」
俺は説明を聞きながら、特徴を覚える。
こういう知識は、スキルがあっても簡単には身につかない。
今後のためにも、少しずつ覚えておきたいところだ。
「それにしても、リシアは詳しいな」
「えへへ! 森でずっと暮らしてましたから!」
「頼りにしてるぞ」
「はいっ!」
……道案内以外はな。
その言葉は、心の中にしまっておいた。
◇
しばらく歩いたところで、俺は地面に残る妙な跡を見つけた。
「……ん?」
「どうしました?」
「これ、何だろうな」
俺はしゃがみ込み、地面を指さした。
柔らかな土の上に、小さな足跡が残っている。
丸い形をしているが、先端には小さな爪の跡もあった。
「……小動物かな?」
リシアも隣にしゃがみ込む。
「うーん……」
彼女は真剣な表情で足跡を見つめた。
「私も、こんな足跡は初めて見ました」
「そうなのか?」
「はい。森の小動物の足跡なら、ある程度わかるんですけど……」
……それなら、珍しい生き物なのかもしれない。
足跡は、森の奥へ向かって続いている。
「少し追ってみるか」
「はい!」
俺たちは周囲の目印を確認しながら、足跡をたどった。
深追いはしないつもりだった。
この森には、巨大な魔物もいる。
相手が小さいからといって、安全とは限らない。
そう思いながら進んでいると。
「……きゅぅ」
かすかな鳴き声が聞こえた。
「……ん?」
俺は足を止めた。
「レンさん、今の聞こえました?」
「ああ。あの茂みの方からだな」
葉が密集した低い茂み。
その奥から、もう一度。
「……きゅっ」
小さな声がした。
俺はそっと近づき、葉をかき分けた。
そこにいたのは――。
「……なんだ、これ」
両手で抱えられそうなほど小さな、真っ白な生き物だった。
大きさは子犬くらい。
全身がふんわりとした長い毛に包まれていて、毛先だけが淡い青色をしている。
頭には小さく丸い耳。
額の中央には、透き通った青い角が一本。
そして、その瞳は。
まるで宝石みたいに澄んだ、サファイアブルーだった。
長いふわふわの尻尾が、ゆっくりと揺れている。
「……きゅ?」
小さな生き物が、首を傾げた。
「…………」
俺は思わずリシアを見る。
「……リシア」
「はい……」
「この森、こんな生き物もいるのか?」
「……私も初めて見ました」
リシアは呆然とした表情で、その生き物を見つめている。
そして、次の瞬間。
「か……かわいいいいいっ!!」
「うわっ!?」
突然、リシアがしゃがみ込んだ。
「レンさん! 見てください! ふわふわですよ!」
「見えてるって!」
「しかも、角があります! お目々もきらきらです!」
リシアが両手を伸ばしかける。
だが、その大きな声に驚いたのか、生き物は一歩後ずさった。
「あっ……」
リシアがぴたりと動きを止めた。
「……ごめんなさい」
彼女はそっと手を引っ込める。
「怖がらせちゃいましたね……」
すると、生き物はしばらく俺たちを見つめたあと、おそるおそる近づいてきた。
「……きゅぅ」
小さな鼻先が、俺の指に触れる。
「……お?」
俺はゆっくり手を動かし、頭を撫でた。
すると。
「きゅっ!」
生き物は気持ちよさそうに目を細めた。
「……おお」
……なんだ、このかわいさ。
ふわふわだ。
とにかく、ふわふわだ。
「レンさん!」
「ん?」
「この子に、名前をつけませんか!?」
「……名前?」
「はい! こんなにかわいいんですもん!」
俺はもう一度、生き物を見つめた。
白くて。
丸っこくて。
小さな角があって。
どこか、ふわふわした木の実みたいな見た目をしている。
「……コルネ、なんてどうだ?」
「コルネ……!」
リシアが目を輝かせた。
「すっごくかわいい名前です!」
「そうか?」
「はいっ!」
小さな生き物も、こちらを見上げる。
「きゅっ!」
「……お前も気に入ったか?」
「きゅぅ!」
尻尾がぱたぱたと揺れた。
「えへへ! じゃあ決まりですね!」
リシアが嬉しそうに笑う。
「よろしくね、コルネちゃん!」
「きゅっ!」
◇
「……で」
俺は目の前の白い毛玉を見下ろした。
「コルネ、お前はどこから来たんだ?」
「きゅ?」
首を傾げるコルネ。
……まあ、そうだよな。
言葉が通じるわけじゃないか。
「レンさん!」
リシアがこちらを見る。
「この子、村に連れて帰ってもいいですか!?」
……予想どおりの質問が来たな。
「まあ、いいけど」
「本当ですか!?」
「ただ、正体がわからないからな。危険な魔物じゃないか、様子は見よう」
「はい!」
リシアは嬉しそうに頷いた。
「じゃあ、コルネちゃん。一緒に帰りましょう!」
両手を差し出す。
コルネは少しだけ首を傾げたあと、小さく跳ねた。
「きゅっ!」
そのまま、リシアの腕の中へ飛び込む。
「わあっ!」
リシアが嬉しそうに笑った。
「ふわふわです〜!」
「……そんなにか?」
「はい! レンさんも抱っこしてみます?」
「……じゃあ、ちょっとだけ」
俺はコルネを受け取った。
「……おお」
軽い。
それに、想像以上に柔らかい。
コルネは俺の腕の中で丸くなり、安心したように目を細めた。
「……きゅぅ」
……なんだこれ。
かわいすぎるだろ。
「レンさん、顔が緩んでますよ!」
「……気のせいだ」
「えへへ!」
リシアが楽しそうに笑った。
◇
村へ戻る途中、俺たちはコルネの食べ物について話し合った。
「リシア、こいつって何を食べるんだろうな?」
「うーん……」
リシアは少し考えた。
「小動物なら木の実を食べる子も多いですけど……この子はわからないですね」
「そうだよな」
「無理に食べさせず、少しずつ様子を見ましょう!」
「ああ」
それからしばらく歩くと、コルネが突然顔を上げた。
「……きゅっ!」
「ん?」
コルネは、近くの木をじっと見つめていた。
その枝には、小さな鳥がとまっている。
「……どうした?」
俺が声をかけた、そのとき。
コルネの額にある青い角が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
「……え?」
俺は思わず目を凝らした。
だが、光はすぐに消えてしまった。
「レンさん?」
「いや、今、コルネの角が光ったような……」
「……角が?」
リシアが覗き込む。
しかし、コルネは何事もなかったように丸くなっていた。
「……きゅぅ」
「……気のせいか?」
「どうでしょう……?」
リシアも不思議そうに首を傾げた。
……まあ、今はいいか。
◇
村に戻る頃には、空が夕焼け色に染まり始めていた。
「着きましたー!」
リシアが嬉しそうに声を上げた。
目の前には、昨日建て直した二軒の家。
その奥には、俺たちが暮らしている二階建ての家。
そして中央には、大きな巨木がそびえている。
「……ただいま」
俺が呟くと、リシアが笑顔で答えた。
「おかえりなさい!」
「きゅっ!」
コルネも小さく鳴いた。
「……お前も、今日からここが家だな」
俺はコルネの頭を撫でた。
「きゅぅ!」
……気に入ってくれるといいな。
◇
夕食の準備を始めると、コルネは台所の隅をちょこちょこと歩き回っていた。
「……落ち着かないな、こいつ」
「初めてのお家ですからね!」
リシアは嬉しそうに笑っている。
「コルネちゃん、お腹すいてますか?」
「きゅっ!」
リシアは昼間に採っておいた木の実を取り出した。
「これは森の小動物も食べる実なんですけど……どうでしょう?」
俺たちはまず一粒だけ、コルネの前に置いた。
コルネは木の実をじっと見つめる。
くんくん。
小さな鼻を動かして匂いを嗅ぐ。
そして。
「……かぷっ」
一口かじった。
「きゅっ!」
尻尾が勢いよく揺れた。
「……気に入ったみたいだな」
「はい!」
リシアが嬉しそうに笑う。
「よかったですね、コルネちゃん!」
「きゅぅ!」
それからコルネは、残りの木の実を嬉しそうに食べ始めた。
……木の実は好きらしい。
少なくとも、今のところ体調に変化はなさそうだ。
俺たちも夕食を食べながら、コルネの様子を見守った。
◇
夜。
俺は自分の部屋へ戻り、ベッドに腰を下ろした。
「……ふう」
今日も、いろいろあったな。
森の探索。
不思議な生き物との出会い。
そして、新しい仲間。
そんなことを考えていると。
「……きゅぅ」
足元から、小さな声がした。
「……ん?」
見ると、コルネがベッドの横に座っていた。
大きな青い瞳で、じっとこちらを見上げている。
「……どうした?」
「きゅっ!」
コルネは小さく跳ねた。
そして、ベッドの上によじ登ってきた。
「……おい」
俺が止める間もなく、コルネは枕の横でくるんと丸くなった。
「きゅぅ……」
「…………」
……そこ、俺の寝る場所なんだけど。
俺はしばらくコルネを見つめた。
真っ白な毛。
小さな耳。
ゆっくり揺れる尻尾。
そして、安心しきった寝顔。
「……まあ、いいか」
俺は小さく笑った。
部屋の明かりを消し、ベッドに横になる。
すると、コルネが少しだけ体を寄せてきた。
「きゅぅ……」
……温かいな。
異世界に来て、まだ五日目。
最初は、追放されて一人ぼっちだった。
それが今では。
リシアがいて。
小さな村があって。
そして、こんな不思議な生き物まで一緒にいる。
……人生、何が起こるかわからないな。
「……おやすみ、コルネ」
「きゅぅ……」
返事のような、小さな声が聞こえた。
俺は目を閉じた。
こうして、俺たちの小さな村に、新しい仲間が加わった。




