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第10話初めての街へ! 異世界の市場は驚きだらけ

異世界生活、七日目。


 俺、神崎蓮は、村の入り口で腕を組んでいた。


「……よし。忘れ物はないな」


 肩には小さな荷物袋。


 中には飲み水と保存食、それから銀貨三枚。


 必要最低限の荷物だが、初めての街へ行くには十分だろう。


「レンさーん!」


 振り返ると、リシアが元気よく駆け寄ってきた。


 長い銀髪を揺らしながら、嬉しそうに笑っている。


「準備できました!」


「おう。コルネは?」


「ここですよ!」


 リシアが肩から下げた袋を軽く持ち上げた。


「きゅっ!」


 袋の口から、真っ白な毛玉が顔を出す。


 昨日、リシアが手縫いで作ったコルネ専用の袋だ。


 青い瞳を輝かせ、小さな角をこちらに向けている。


「……お前、そこ気に入ったんだな」


「きゅぅ!」


「えへへ! 昨日からずっと入ってるんですよ!」


「……まあ、居心地がいいなら何よりだ」


 俺は村の方へ振り返った。


 中央には、大きな巨木。


 その周囲に、三軒の家。


 そして、小さな畑。


 昨日作ったばかりの木製の防護柵が、それらを囲んでいる。


「……本当に大丈夫かな」


「……魔物、ですよね?」


「ああ」


 俺は柵を見つめた。


 小型の魔物や野生動物なら、多少は侵入しづらくなったはずだ。


 だが、巨大な魔物が相手なら、こんな柵は簡単に壊されるだろう。


「……長居はしたくないな」


「そうですね」


 リシアも頷いた。


「でも、必要なものを揃えるためですから!」


「ああ。行って、早めに戻ろう」


 俺は門の留め具を確かめた。


 しっかり閉まっている。


 ……頼むぞ。


 俺たちが戻るまで、無事でいてくれ。


     ◇


 森の中を歩き始めて、一時間ほど。


「……リシア」


「はい?」


「本当にこっちで合ってるのか?」


「もちろんです!」


 即答だった。


 ……それが一番不安なんだが。


 周囲には、似たような木々が並んでいる。


 道と呼べる道は、ほとんどない。


 ただ、リシアは今日はいつもと少し違っていた。


「この川を下っていけば、古い街道に出るんです!」


「へえ」


「だから、川沿いを進めば迷いません!」


「なるほど。それなら安心だな」


「えへへ!」


 リシアは得意げに笑った。


 ……こういう具体的な目印があるなら、確かに大丈夫そうだ。


 俺たちは川沿いに進み、途中で何度か休憩を挟んだ。


 コルネは袋から顔を出して、流れる水や飛び交う鳥を興味深そうに眺めている。


「きゅっ!」


「……どうした、コルネ?」


「きゅぅ!」


 コルネが尻尾を揺らした。


「ふふっ! お出かけが楽しいみたいですね!」


「そうかもな」


 ……まあ、初めて見る景色ばかりだろうし。


     ◇


 二時間ほど歩くと、木々の間から少し開けた場所が見えてきた。


「……お?」


「レンさん! 街道です!」


 リシアが嬉しそうに指さした。


 そこには、土を踏み固めて作られた道が続いていた。


 森の中の獣道とは違い、人や馬車が通った跡がある。


「……おお」


 ようやく、文明の気配がしてきたな。


 俺たちは街道に出て、セルティアを目指した。


 道中では、何台かの荷馬車とすれ違った。


 大きな荷物を積んだ馬車。


 武器を腰に下げた旅人。


 そして、俺たちとは違う耳を持つ人たち。


「……へえ」


 俺は思わず目を奪われた。


 獣の耳。


 長い尻尾。


 どう見ても、人間とは違う種族だ。


「リシア、あの人たちは……」


「獣人さんですよ!」


「……やっぱり!」


「セルティアには、いろんな種族の人が集まるんです!」


 リシアが楽しそうに説明してくれる。


 ……異世界だなあ。


 今さらだけど。


 すると、袋の中にいたコルネが顔を上げた。


「きゅっ!」


 近くを通った荷馬車の馬に興味を持ったらしい。


 じっと見つめている。


「……おい、飛び出すなよ」


「きゅぅ!」


 ……わかってるのか、それ。


     ◇


 さらに歩くこと数時間。


 森の向こうに、高い石壁が見えてきた。


「……おお!」


 俺は思わず声を上げた。


 巨大な城壁。


 その奥には、いくつもの建物の屋根。


 そして、街の中心にそびえる大きな時計塔のような建物。


「レンさん!」


 リシアが嬉しそうに笑った。


「見えてきましたよ!」


「あれが……」


「はい!」


 リシアは大きく頷いた。


「交易都市セルティアです!」


 ……すげえ。


 俺はしばらく、その景色を眺めた。


 日本で暮らしていた頃なら、テーマパークのような光景だと思ったかもしれない。


 だが、これは作り物じゃない。


 この世界で、人々が本当に暮らしている街なんだ。


「……楽しみになってきたな」


「えへへ! 私もです!」


「きゅっ!」


 コルネも元気よく鳴いた。


     ◇


 城門の前には、街へ入ろうとする人々の列ができていた。


 商人らしい人たち。


 鎧を着た冒険者。


 大きな荷物を背負った旅人。


 門の両側には、槍を持った兵士が立っている。


「……結構厳重なんだな」


「大きな街ですからね!」


 リシアが頷いた。


「魔物だけじゃなくて、盗賊もいますから!」


「……なるほど」


 俺たちも列の最後尾に並んだ。


 しばらくすると、順番が回ってきた。


「次!」


 兵士がこちらを見た。


「身分証を見せてくれ」


「……身分証?」


 俺は思わず聞き返した。


 ……あ。


 そういえば、この世界の身分証なんて持ってないぞ。


「初めてこの街に来たんですが……」


「そうか。なら仮の入街許可証を発行する」


 兵士は慣れた様子で説明した。


「銀貨一枚だ。有効期間は三日間」


「……銀貨一枚?」


「ああ。街に入るための保証金と手数料だ」


 ……なるほど。


 それにしても、なかなか高いな。


 俺は袋から銀貨を一枚取り出した。


「これでお願いします」


「確認した」


 兵士は銀貨を受け取り、小さな木札を差し出した。


「これが許可証だ。失くすなよ」


「ありがとうございます」


 俺は木札を受け取った。


 残りの所持金は、銀貨二枚。


 ……早く稼がないとな。


 兵士は続けてリシアを見る。


「そちらは?」


「あ、私は以前この街に来たことがあります!」


 リシアは荷物から古い身分証を取り出した。


 兵士はそれを確認し、頷いた。


「問題ない。通っていいぞ」


「ありがとうございます!」


 ……なるほど。


 リシアはちゃんと身分証を持ってたのか。


 少し安心した。


 最後に兵士は、袋から顔を出しているコルネに目を向けた。


「……その生き物は?」


「えっと……」


 俺が答えに迷っていると、リシアが笑顔で答えた。


「一緒に暮らしている小動物です!」


「……危険はないんだな?」


「はい! とってもおとなしい子です!」


「きゅっ!」


 コルネが小さく鳴く。


 兵士は少し考えたあと、頷いた。


「街中で暴れさせないようにな」


「はい!」


 ……助かった。


 俺たちは城門をくぐり、街の中へ入った。


     ◇


「……すげえ」


 思わず、そんな言葉が口から漏れた。


 目の前に広がっていたのは、活気に満ちた街並みだった。


 石畳の道路。


 両側に並ぶ店。


 色とりどりの布を張った露店。


 そして、行き交うたくさんの人々。


「新鮮な野菜はいかがー!」


「今日はいい肉が入ってるぞ!」


「丈夫な革靴! 旅人さんにおすすめだよ!」


 あちこちから、威勢のいい声が聞こえてくる。


 香ばしい匂い。


 甘い果物の香り。


 どこかで焼いている肉の匂い。


 ……やばい。


 めちゃくちゃ楽しい。


「レンさん! あっちです!」


「ん?」


 リシアが指さした先には、色とりどりの果物が並ぶ店があった。


「見てください! あの果物、すっごく甘いんですよ!」


「へえ」


「こっちには、おいしいパンもあります!」


「……詳しいな」


「えへへ! 前に来たとき、たくさん見て回りましたから!」


 リシアは嬉しそうに笑っている。


 ……なんだか、いつも以上に楽しそうだ。


     ◇


 市場を歩いていると、突然コルネが袋から顔を大きく出した。


「きゅっ!」


「……ん?」


 コルネが見つめていたのは、木の実を売っている露店だった。


 赤や黄色の木の実が、小さな籠に盛られている。


「……お前、あれが欲しいのか?」


「きゅぅ!」


 尻尾がぱたぱたと揺れる。


「ふふっ! コルネちゃん、木の実が大好きですもんね!」


 リシアが笑った。


 俺は値札を見た。


 銅貨三枚。


 ……銅貨か。


 そういえば、この世界の貨幣についても、まだよく知らない。


「リシア、銅貨って銀貨より小さい単位だよな?」


「はい!」


 リシアが頷いた。


「銀貨一枚で、銅貨百枚くらいの価値がありますよ!」


「なるほど」


 ……一応、覚えておこう。


 俺は木の実を買おうか迷った。


 だが、今の所持金は銀貨二枚だけ。


 まだ街に来たばかりだし、無駄遣いはできない。


「……悪いな、コルネ。今日は我慢してくれ」


「……きゅぅ」


 コルネが少しだけ残念そうに鳴いた。


 ……うっ。


 その顔はずるい。


「レンさん!」


「ん?」


「私、少し木の実を持ってきてますよ!」


 リシアが小さな袋を取り出した。


「森で採ったものですけど、コルネちゃんの好きな実です!」


「おお、助かる」


 リシアが一粒差し出すと、コルネは嬉しそうに食べ始めた。


「きゅっ!」


 ……機嫌、直るの早いな。


     ◇


「……さて」


 俺は市場の広場で足を止めた。


「とりあえず、どうするかな」


 買いたいものはいろいろある。


 塩。


 縄。


 釘や道具。


 畑の種。


 だが、今の所持金では全部揃えるのは難しいだろう。


「……まずはお金を稼がないとな」


「それなら、冒険者ギルドですね!」


 リシアが元気よく答えた。


「ああ。場所はわかるか?」


「もちろんです!」


 自信満々に頷くリシア。


 ……その笑顔、ちょっと怖いんだが。


「じゃあ、案内頼む」


「任せてください!」


 リシアは勢いよく歩き始めた。


 俺はその後ろをついていく。


 右へ。


 左へ。


 また右へ。


 ……あれ?


「……リシア」


「はい?」


「さっきもこの店、通らなかったか?」


「……え?」


 リシアが足を止めた。


 目の前には、さっきコルネが欲しがっていた木の実の露店。


「…………」


「…………」


「……ちょっとだけ、道を間違えました!」


「やっぱりか!」


「で、でも! もう大丈夫です!」


「本当だな?」


「はいっ!」


 ……まあ、いいか。


 俺は苦笑しながら、リシアの後を追った。


     ◇


 それから、しばらくして。


「……おお」


 ようやく目的の建物が見えてきた。


 石造りの大きな建物。


 入口の上には、剣と盾が交差した紋章が掲げられている。


 扉の前には、武器を携えた冒険者らしい人々が集まっていた。


「レンさん!」


 リシアが嬉しそうに振り返った。


「着きました!」


「ああ。ようやくだな」


「えへへ!」


 ……まあ、無事に着いたからよしとしよう。


 俺は建物を見上げた。


 冒険者ギルド。


 異世界に来て、初めて訪れる仕事探しの場所だ。


 ここで依頼を受ければ、お金を稼げるかもしれない。


 そして、身分証も手に入るかもしれない。


「……よし」


 俺は小さく息を吐いた。


「入ってみるか」


「はいっ!」


「きゅっ!」


 リシアとコルネが、元気よく答えた。


 こうして俺たちは、交易都市セルティアの冒険者ギルドへ足を踏み入れた。


 追放されてから、まだ七日目。


 森の中で始まった俺の異世界生活は、ここから少しずつ、外の世界へ広がっていくことになる。

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