第11話 冒険者ギルドへ! 受付嬢は今日も大忙し
異世界生活、七日目。
交易都市セルティアの冒険者ギルド。
俺、神崎蓮は、その大きな扉の前に立っていた。
「……ついに来たな」
目の前にあるのは、石造りの立派な建物だ。
入口の上には、剣と盾が交差した紋章。
扉の向こうからは、人々の話し声が聞こえてくる。
「レンさん! 早く入りましょう!」
隣では、リシアが目を輝かせていた。
肩から下げた袋の中では、コルネがひょっこり顔を出している。
「きゅっ!」
「お前も楽しみなのか?」
「きゅぅ!」
……まあ、何を言っているのかはわからないけど。
「よし、行くか」
俺は扉に手をかけた。
◇
「……おお」
中に入った瞬間、思わず声が漏れた。
広い空間には、いくつものテーブルが並んでいる。
鎧を着た冒険者たちが食事をしながら談笑し、壁際には大量の依頼書が貼られた掲示板。
奥には長い受付カウンターがあり、数人の職員が忙しそうに働いていた。
「討伐依頼の報告はこっちだ!」
「薬草の納品、確認お願いします!」
「おい、次の護衛依頼はまだか?」
……すごい活気だな。
日本で暮らしていた頃に想像していた冒険者ギルド、そのままの光景だった。
「レンさん、あちらが受付ですよ!」
「おう」
リシアの後ろについて歩く。
途中、何人かの冒険者がこちらを見た。
……まあ、見慣れない顔だからな。
それとも、リシアの銀髪が目立っているのだろうか。
「きゅっ!」
コルネが袋から顔を出すと、近くにいた女性冒険者が小さく声を上げた。
「なにあの子、かわいい……!」
……どうやら原因はこいつらしい。
◇
「次の方、どうぞ!」
受付から、はきはきとした声が聞こえた。
俺たちはカウンターへ向かった。
そこにいたのは、眼鏡をかけた若い女性だった。
濃紺色の髪を後ろでまとめ、緑色の瞳で書類を確認している。
年齢は二十歳くらいだろうか。
きりっとした雰囲気の、仕事ができそうな人だ。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルド、セルティア支部へようこそ」
女性は顔を上げ、にこりと微笑んだ。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「あ、冒険者登録をしたいんですけど」
「新規登録ですね。承知しました」
彼女は手元から二枚の用紙を取り出した。
「私は受付担当のエリナと申します。よろしくお願いします」
「神崎蓮です」
「リシア・エルフィードです!」
「きゅっ!」
「……?」
エリナさんの視線が、リシアの肩掛け袋へ向いた。
「……そちらは?」
「コルネちゃんです!」
リシアが嬉しそうに答えた。
「私たちの大切な仲間なんですよ!」
「……そうですか」
エリナさんは一瞬だけ困ったような顔をした。
「念のため確認しますが、危険な魔物ではありませんね?」
「はい! とってもおとなしい子です!」
「きゅぅ!」
コルネは返事をするように鳴いた。
エリナさんは眼鏡を直した。
「……館内では、ほかの利用者のご迷惑にならないようお願いします」
「はい!」
……よかった。
追い出されなくて済んだ。
◇
「それでは、登録についてご説明します」
エリナさんは用紙をこちらに向けた。
「冒険者は、依頼の受注や魔物の討伐、素材の採集などを行う仕事です」
「なるほど」
「ランクはFからAまであり、さらに特別な功績を認められた方にはSランクが与えられます」
……おお。
やっぱりランク制度があるのか。
「登録したばかりの方は、原則Fランクからの開始になります」
「わかりました」
「ただし、登録時には簡単な能力確認と実技試験を受けていただきます」
「試験?」
「はい。依頼中の事故を減らすため、基本的な戦闘能力や魔力の状態などを確認します」
……なるほど。
いきなり危険な依頼を受けさせるわけじゃないんだな。
「それから、ギルドが発行する登録証は身分証明としても利用できます」
「……おっ!」
思わず身を乗り出した。
「それって、街に入るときにも使えるんですか?」
「はい。提携している都市では、通常の身分確認にご利用いただけます。ただし、都市ごとの規則は守ってくださいね」
「助かります!」
俺は心の中でガッツポーズをした。
今持っている仮の入街許可証は、銀貨一枚もしたうえに三日間しか使えない。
これで次からの手続きが楽になるならありがたい。
「では、こちらにお名前と年齢をご記入ください」
エリナさんが用紙を差し出した。
……ん?
俺はそこで、ある問題に気づいた。
「……すみません」
「はい?」
「この世界の文字、読めないんですけど」
「…………」
エリナさんが固まった。
「……文字が、読めない?」
「はい」
「ですが、こちらの言葉は問題なく話されていますよね?」
「まあ、そうなんですけど……」
異世界召喚のときに、言葉は理解できるようになったらしい。
だが、文字まで読めるわけではなかった。
……不便すぎる。
すると、リシアが手を上げた。
「私、代わりに書きますよ!」
「おお、頼む!」
「はいっ!」
リシアが嬉しそうに用紙を受け取った。
エリナさんは小さく息を吐く。
「……代理記入は認められています。ご本人の確認が取れれば問題ありません」
……助かった。
そして、俺は密かに決意した。
この世界の文字、絶対に覚えよう。
◇
登録用紙を提出したあと、俺たちは試験場へ案内された。
ギルドの裏手には、広い訓練場があった。
木製の人形や的が並び、何人かの冒険者が武器を振るっている。
「……すげえ」
「レンさん、楽しそうですね!」
「ああ。ちょっとわくわくする」
「えへへ!」
すると、奥から大きな男が歩いてきた。
「おう! 新しい登録希望者ってのはお前らか!」
低く響く声。
分厚い胸板。
がっしりした腕。
背中には大きな剣を背負っている。
いかにも歴戦の冒険者といった雰囲気だ。
「俺はガレス! Bランク冒険者だ!」
「神崎蓮です。よろしくお願いします」
「リシアです!」
「おう、よろしくな!」
ガレスさんは豪快に笑った。
「今日は俺が実技試験を見ることになってる。まあ、気楽にやれ!」
「わかりました」
「最初に言っとくが、勝つ必要はねえぞ。危険な依頼を受けさせても大丈夫か、実力を確かめるだけだ」
……なるほど。
それなら少し安心だな。
ガレスさんは俺たちを見比べた。
「じゃあ、まずは兄ちゃんからだ!」
◇
「武器は何を使う?」
「……特に決めてないです」
「ほう?」
ガレスさんが眉を上げた。
「剣も槍も使わねえのか?」
「今まで、あまり使う機会がなくて」
「なるほどな。じゃあ、今回は素手でもいいぞ」
「お願いします」
俺は訓練場の中央に立った。
向かい側には、ガレスさん。
彼は練習用の木剣を片手に持っている。
「俺は軽く打ち込む。お前は避けるなり、防ぐなりしてみろ」
「はい」
「それじゃ、始めるぞ!」
ガレスさんが地面を蹴った。
……速い!
大柄な体からは想像できない動きだ。
木剣が、俺の肩を狙って振り下ろされる。
だが。
「《身体強化》!」
体が一気に軽くなる。
俺は横へ踏み込み、木剣をかわした。
「……おっ?」
ガレスさんの目がわずかに見開かれる。
「いい動きだな!」
「ありがとうございます!」
「なら、これはどうだ!」
続けて、横薙ぎの一撃。
俺は一歩下がって避けた。
木剣が目の前を通り過ぎる。
……なるほど。
力任せに見えて、動きに無駄がない。
これがBランク冒険者か。
「よし! 今度は攻撃してこい!」
「……いいんですか?」
「ああ! 遠慮はいらねえ!」
ガレスさんが笑った。
俺は少し考えた。
《衝撃波》を使えば、間合いの外から攻撃できる。
だが、相手にどれくらい効くかわからない。
試験で大怪我をさせるのは避けたい。
……なら、まずは普通に接近するか。
俺は《身体強化》で地面を蹴った。
「……っ!」
一瞬で距離が縮まる。
「なっ!?」
ガレスさんが木剣を構え直した。
俺は踏み込みながら、彼の武器を持つ腕へ手を伸ばす。
だが、簡単にはつかませてくれない。
ガレスさんは体をひねり、俺の手をかわした。
……さすが!
「面白え!」
ガレスさんが笑う。
「じゃあ、少し本気を出すぞ!」
次の瞬間、強烈な一撃が迫ってきた。
……速い!
避けきれない。
「《絶対防御》!」
目の前に、透明な防壁が現れた。
がんっ!
木剣が防壁にぶつかり、鈍い音を立てる。
「……は?」
ガレスさんの動きが止まった。
「今の、何だ?」
「防御スキルです」
「いや、それはわかるが……」
ガレスさんは防壁を見つめた。
「こんな硬え防御、見たことねえぞ……」
……そうなのか?
俺としては、理解できる仕組みをもとに創ったスキルなんだけど。
「よし、兄ちゃん!」
ガレスさんがにやりと笑う。
「今度は遠慮なく攻撃してみろ!」
「……本当にいいんですか?」
「おう!」
……じゃあ。
俺は防壁を解除し、少し距離を取った。
「《衝撃波》!」
ただし、威力は抑える。
掌から放たれた衝撃が、ガレスさんの持つ木剣を狙った。
ばしんっ!
「うおっ!?」
木剣が弾かれ、地面に転がった。
ガレスさんは目を丸くした。
「……おいおい」
「……あ」
俺は慌てて手を下ろした。
「すみません! 大丈夫ですか?」
「ああ、怪我はねえ」
ガレスさんは落ちた木剣を拾い、しばらく眺めた。
そして。
「……ははっ!」
豪快に笑い始めた。
「面白え! お前、本当に新人か!?」
「……一応」
「一応って何だよ!」
ガレスさんは笑いながら俺の肩を叩いた。
「気に入ったぜ、レン!」
……なんか、気に入られたらしい。
「エリナの嬢ちゃんには、十分すぎる実力だって伝えとく!」
「ありがとうございます」
「今度、正式に一戦やろうぜ!」
「……機会があれば」
「おう! 約束だからな!」
……しまった。
ちょっと面倒な約束をした気がする。
◇
「さて、次は嬢ちゃんだな!」
ガレスさんがリシアを見る。
「はいっ!」
リシアは元気よく返事をした。
だが、その表情が少しだけ曇る。
「……あの」
「ん?」
「私、魔法の制御があまり得意じゃなくて……」
「ほう?」
ガレスさんが首を傾げた。
「どんな魔法が使える?」
「火の魔法です!」
「なら、魔力の測定から始めた方がよさそうだな」
ガレスさんは近くの職員を呼んだ。
「おーい! この嬢ちゃん、魔力測定の方を頼めるか?」
「承知しました!」
職員はリシアを、訓練場の隣にある測定室へ案内した。
リシアは振り返り、不安そうにこちらを見る。
「レンさん……」
「無理しなくていいからな」
「……はい!」
俺がそう言うと、リシアは小さく頷いた。
「頑張ってきます!」
……大丈夫かな。
俺はあの火球の暴発を思い出した。
できれば、今回は何も壊れないでほしい。
◇
数分後。
測定室の方から、妙な音が聞こえた。
ぴしっ。
「……ん?」
続いて。
ぱきんっ!
「きゃあっ!?」
聞き覚えのある声。
……嫌な予感がする。
俺が振り返った、その瞬間。
「エ、エリナさーん!!」
職員が慌てた様子で走ってきた。
「魔力測定器が……!」
「測定器が?」
「壊れました!!」
「…………」
……ああ。
やっぱり。
俺は思わず額を押さえた。
しばらくして、測定室からリシアが戻ってきた。
「……レンさん」
「……おう」
「……ごめんなさい」
彼女はしょんぼりと肩を落としていた。
「また、壊しちゃいました……」
「……怪我は?」
「ありません……」
「なら、よかった」
「でも……」
リシアは俯いたままだ。
すると、エリナさんがこちらへ歩いてきた。
「リシアさん」
「は、はいっ!」
リシアがびくっと肩を震わせる。
「今回の測定器の破損についてですが……」
「……はい」
「測定手順に問題はありませんでした。ギルドの設備が想定した魔力量を超えていた可能性があります」
「……え?」
「したがって、今回は設備側の事故として扱います。弁償の必要はありません」
リシアが目を丸くした。
「……本当ですか?」
「はい。ただし、今後の魔法使用については十分注意してくださいね」
「は、はいっ!」
リシアが深々と頭を下げる。
「ありがとうございます!」
エリナさんは小さく息を吐いた。
「……それにしても」
眼鏡を直しながら、俺たちを交互に見る。
「あなた方、いったい何者なんですか……?」
「……えっと」
俺は返答に困った。
追放された異世界人と、魔力制御が苦手なエルフ。
それから、謎の白い毛玉。
……うん。
説明したら余計にややこしくなりそうだ。
「……ただの新人冒険者です」
「…………」
エリナさんは、何とも言えない表情になった。
「……そうですか」
絶対に納得してないな、これ。
◇
しばらくして、俺たちは受付カウンターへ戻った。
エリナさんが二枚の小さな金属板を差し出す。
「お待たせしました。こちらが冒険者登録証です」
「おお……!」
俺は金属板を受け取った。
表面には、見慣れない文字とギルドの紋章。
そして、大きく刻まれた『F』の文字。
「お二人とも、Fランクからの開始となります」
「わかりました」
「ただし、レンさんの実技結果と、リシアさんの測定結果については記録を残してあります」
「……記録?」
「はい。今後の依頼やランク昇格の参考になります」
……なるほど。
強いからといって、最初から上位ランクになれるわけじゃないらしい。
「Fランクの方は、まず採集や簡単な討伐依頼から経験を積んでください」
「はい!」
リシアが元気よく返事をした。
エリナさんは続ける。
「依頼書は、あちらの掲示板にあります。受注する際は必ず受付へお持ちください」
「ありがとうございます」
「それから、ギルドの規則も確認してくださいね。登録証を貸したり、他人の依頼報告を偽ったりすることは禁止されています」
「わかりました」
……結構しっかりしてるな。
まあ、命に関わる仕事なんだから当然か。
◇
「……よし!」
俺は登録証を眺めながら、思わず笑った。
「これで俺たちも冒険者か」
「はい!」
リシアが嬉しそうに頷く。
「レンさんと一緒に冒険者になれました!」
「そうだな」
「きゅっ!」
コルネも袋の中から顔を出した。
「ふふっ! コルネちゃんも冒険者になりたいんですか?」
「きゅぅ!」
……いや、お前は登録できないと思うぞ。
そんなことを考えていると、背後から大きな声が聞こえた。
「おーい、レン!」
振り返ると、ガレスさんが手を振っていた。
「今度こそ、ちゃんと勝負しようぜ!」
「……はは」
俺は苦笑した。
「機会があれば、ぜひ!」
「おう! 待ってるぞ!」
……この人、絶対に忘れないタイプだな。
俺は小さく息を吐いた。
冒険者ギルド。
想像していた以上に、賑やかで個性的な場所だった。
だが、これで街で仕事をする手段が手に入った。
残る問題は、どうやってお金を稼ぐかだ。
「リシア」
「はい?」
「明日は、さっそく依頼を受けてみようか」
「はいっ!」
リシアは嬉しそうに笑った。
「頑張りましょうね、レンさん!」
「ああ」
こうして俺たちは、冒険者としての第一歩を踏み出した。




