第12話 初めての依頼! 新人冒険者は規格外らしい
異世界生活、八日目。
「……よし」
俺、神崎蓮は、手のひらに乗せた小さな金属板を見つめていた。
昨日、冒険者ギルドで発行してもらった登録証だ。
中央には大きく『F』の文字が刻まれている。
「……本当に冒険者になったんだな」
日本にいた頃なら、ゲームの中だけの存在だった冒険者。
それが今では、俺自身の職業になっている。
……人生、何が起こるかわからないものだ。
「レンさーん!」
宿屋の部屋の扉が、こんこんと叩かれた。
「朝ご飯、食べに行きましょう!」
「おう、今行く!」
扉を開けると、リシアが元気よく立っていた。
長い銀髪を揺らし、肩にはコルネの入った袋を下げている。
「きゅっ!」
「おはよう、コルネ」
「きゅぅ!」
……こいつもすっかり旅慣れたな。
俺たちは宿屋の食堂へ向かった。
◇
朝食を終えた俺たちは、冒険者ギルドへ向かった。
目的は、初めての依頼を受けること。
昨日の模擬戦では、Bランク冒険者のガレスさんに勝つことができた。
だが、正式なランクはFのままだ。
実績がない以上、当然だろう。
「レンさん! 今日はどんな依頼を受けるんですか?」
「まずは簡単なものから始めたいな」
「いいですね!」
リシアが嬉しそうに頷いた。
「私、薬草採集なら得意ですよ!」
「それは頼もしい」
……というか、正直かなり助かる。
俺はこの世界の植物について、まだほとんど知らない。
以前、森で食料を集めたときも、リシアがいなければ毒の実を食べていたかもしれない。
……考えると怖いな。
◇
ギルドの中は、朝から大勢の冒険者で賑わっていた。
依頼書の貼られた掲示板の前には、人だかりができている。
「……おお」
俺は思わず感心した。
「朝からすごいな」
「冒険者さんは、朝早くから仕事をする人が多いですから!」
リシアが説明してくれる。
俺たちも掲示板の前に立った。
……さて。
問題は、俺にはこの世界の文字が読めないということだ。
「……リシア」
「はい?」
「頼んだ」
「えへへ! 任せてください!」
リシアは楽しそうに依頼書を読み始めた。
「えっと……これは森の薬草採集ですね!」
「報酬は?」
「銀貨一枚と銅貨二十枚です!」
「……おっ!」
なかなか悪くないんじゃないか?
「こっちは、小型魔物の討伐依頼ですね」
「魔物?」
「はい。森の近くでゴブリンが目撃されたみたいです」
「……なるほど」
ゴブリン。
いかにも異世界らしい名前だ。
「危険度は?」
「Fランクでも受けられる依頼みたいですけど、一人で行くのはおすすめしないって書いてあります」
「ふむ」
……それなら、まずは薬草採集からだな。
「リシア、薬草の依頼を受けよう」
「はいっ!」
◇
「おはようございます」
受付へ行くと、昨日と同じ女性が顔を上げた。
濃紺色の髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけた受付嬢。
エリナさんだ。
「あら、レンさんとリシアさん。おはようございます」
「おはようございます」
「今日は依頼を受けに来ました!」
リシアが元気よく答えた。
「初めての依頼ですね」
エリナさんは書類を確認した。
「薬草採集……こちらですね」
「はい」
「採集場所はセルティアの東側にある森です。指定された薬草を十束、持ち帰ってください」
「十束ですね」
「ただし、森の奥には入らないようにしてください。最近、魔物の目撃報告が増えています」
……魔物か。
俺は少しだけ眉をひそめた。
「それって、ゴブリンとかですか?」
「はい。ゴブリンのほかにも、小型の魔物が確認されています」
エリナさんは真剣な表情になった。
「新人の方は、無理に戦おうとせず、危険を感じたら逃げてください」
「わかりました」
「それから、採集した薬草は傷つけないようにお願いします。状態によっては報酬が減額されますので」
「はい!」
リシアが大きく頷いた。
……よし。
初依頼、開始だ。
◇
セルティアの東門を出て、しばらく歩く。
昨日は森から街へ来たが、今日は街から別の森へ向かう。
道沿いには草原が広がり、その向こうに木々が見えた。
「……この辺りか」
「はい!」
リシアは地図を確認しながら頷いた。
「この先が採集区域みたいです!」
……今回はちゃんと地図を見てるんだな。
少し安心した。
森に入ると、リシアはさっそく足元の植物を調べ始めた。
「……あっ!」
「どうした?」
「ありました!」
リシアが指さした先には、淡い緑色の葉を持つ植物が生えていた。
「これが指定された薬草です!」
「おお!」
俺はしゃがみ込んだ。
「……普通の草にしか見えないな」
「似た草も多いですから、間違えないようにしてくださいね!」
「了解」
リシアは葉の裏を見せてくれた。
「ここに、細い銀色の筋があるんです!」
「……あ、本当だ」
「それから、茎の根元が少し赤いんですよ!」
「なるほど」
……こういう特徴を覚えておかないと、採集依頼は難しいな。
俺たちは手分けして薬草を集め始めた。
◇
一時間ほど経った頃。
「……ふう」
俺は額の汗を拭った。
薬草採集。
正直、もっと簡単だと思っていた。
だが、実際はなかなか大変だ。
似た植物を見分け、葉を傷めないように摘み取り、指定された量を揃える。
しかも、必要な薬草がどこにでも生えているわけじゃない。
「……リシア」
「はい?」
「これ、結構難しいな」
「えへへ! 慣れると楽しいですよ!」
リシアは嬉しそうに笑った。
彼女の手元には、すでにたくさんの薬草が集まっていた。
……完全に負けてる。
「レンさん、こっちにもありますよ!」
「お、助かる!」
俺は教えられた場所へ向かった。
そのときだった。
がさっ。
茂みの奥から、何かが動く音が聞こえた。
「……ん?」
俺は足を止めた。
「リシア、今の聞こえたか?」
「……はい」
リシアも表情を引き締めた。
がさがさっ。
音が近づいてくる。
そして。
「ギギッ!」
茂みから、小柄な人影が飛び出してきた。
緑色の肌。
尖った耳。
ぎらぎらした目。
手には、錆びた短剣を握っている。
「……ゴブリンか!」
俺は反射的にリシアの前へ出た。
「レンさん!」
「下がっててくれ!」
ゴブリンは奇声を上げながら、こちらへ突進してきた。
「ギャアッ!」
短剣が振り下ろされる。
だが。
「《身体強化》!」
俺は横へ踏み込み、攻撃をかわした。
ゴブリンの短剣が空を切る。
「……遅い!」
続けて、俺は掌を突き出した。
「《衝撃波》!」
どんっ!
衝撃がゴブリンを直撃した。
「ギャッ!?」
ゴブリンの体が後方へ吹き飛び、地面を転がった。
そのまま、動かなくなる。
「…………」
俺はしばらく、倒れたゴブリンを見つめた。
「……終わり?」
思わず呟く。
……思ったより、あっさりだったな。
◇
「レンさん!」
リシアが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?」
「ああ。怪我はない」
「よかったです……!」
リシアはほっとしたように胸を撫で下ろした。
俺は倒れたゴブリンを確認した。
……動かないな。
確かに倒したらしい。
「……魔物との戦闘って、こんな感じなのか」
「レンさんが強いだけだと思います……」
「……そうなのか?」
「はい!」
リシアが真剣な表情で頷いた。
「普通の新人冒険者さんなら、ゴブリン一匹でも危険です!」
「……なるほど」
そう考えると、スキル創造の能力は本当に規格外なのかもしれない。
俺は周囲を見回した。
……ただ、ここは森だ。
ほかの魔物がいないとは限らない。
「リシア、薬草はあとどれくらいだ?」
「もう少しで十束になります!」
「よし。じゃあ、集まったらすぐ戻ろう」
「はい!」
俺たちは周囲を警戒しながら、残りの薬草を集めた。
◇
昼過ぎ。
俺たちは無事にセルティアへ戻ってきた。
冒険者ギルドの受付では、エリナさんが書類を整理していた。
「あら、お帰りなさい」
「ただいま戻りました」
「依頼はどうでしたか?」
「薬草、集めてきました!」
リシアが嬉しそうに袋を差し出した。
エリナさんは中身を確認し、目を細めた。
「……あら」
「……?」
「とても状態がいいですね」
「本当ですか!?」
「はい。葉も傷んでいませんし、指定された薬草で間違いありません」
リシアが嬉しそうに笑った。
「やったー!」
……さすがだな。
俺は心の中で拍手を送った。
「十束、確かに確認しました」
エリナさんは書類に印をつけた。
「依頼達成です。お疲れさまでした」
「ありがとうございます!」
リシアが元気よく答えた。
「報酬は銀貨一枚と銅貨二十枚になります」
エリナさんが小さな袋を差し出した。
中には銀貨と銅貨が入っている。
「……おお」
俺は思わず笑った。
「初報酬だ!」
「やりましたね、レンさん!」
「ああ!」
……自分で稼いだお金って、やっぱり嬉しいな。
◇
「……そういえば」
俺は倒したゴブリンのことを思い出した。
「エリナさん、森でゴブリンに襲われたんですけど」
「……ゴブリン?」
エリナさんが顔を上げた。
「はい。一匹だけですが」
「……怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫です」
「そうですか……」
エリナさんはほっとしたように息を吐いた。
「最近、採集区域の近くでも目撃情報が増えているんです」
「そうなんですね」
「討伐証明になる部位や魔石などは持ち帰りましたか?」
「……あ」
俺は固まった。
……そういうの、必要だったのか。
「……すみません。何も持ってきてないです」
「……なるほど」
エリナさんは少し困ったように笑った。
「それでは、正式な討伐報告としては扱えませんね」
「……ですよね」
「ですが、情報提供ありがとうございます。周辺の警戒を強めるよう伝えておきます」
「お願いします」
……次からは気をつけよう。
俺は心の中で、小さく反省した。
◇
ギルドを出たあと、俺たちは市場へ向かった。
「……さて」
俺は報酬の入った袋を見つめた。
「これで少し余裕ができたな」
「はい!」
リシアが嬉しそうに頷いた。
「何を買いますか?」
「まずは塩と、村で使う道具かな」
「いいですね!」
リシアは楽しそうに笑った。
「お塩があれば、もっとおいしい料理が作れますよ!」
「……それは期待してる」
「えへへ!」
すると。
「きゅっ!」
肩掛け袋の中から、コルネが顔を出した。
その視線の先には、木の実を売っている露店。
「……お前は相変わらずだな」
「きゅぅ!」
コルネは嬉しそうに尻尾を振っている。
……まあ、今日は少し買ってやってもいいかもしれない。
俺たちは市場の人混みへと歩き出した。
村を守り、暮らしを豊かにするためには、まだまだ必要なものがある。
だが、今日ひとつわかったことがあった。
俺には、スキルを創る力がある。
リシアには、森で生きてきた知識がある。
そして、コルネには、まだよくわからない不思議な力がある。
……三人なら、案外いろんなことができるかもしれないな。




