第13話 商人の少女は、どうやら抜け目がないらしい
異世界生活、八日目。
初めての冒険者依頼を終えた俺、神崎蓮は、リシアとコルネを連れてセルティアの市場を歩いていた。
「……やっぱり、すごい人だな」
石畳の通りには、たくさんの露店が並んでいる。
野菜や果物。
布や衣服。
武器に防具。
それから、見たこともない道具まで。
店先では商人たちが威勢よく声を上げ、買い物客との値段交渉があちこちで行われていた。
「レンさん! あっちにおいしそうなパンがあります!」
「お、いいな」
「きゅっ!」
リシアの肩掛け袋から、コルネが顔を出した。
その視線は、隣の木の実屋に釘付けだ。
「……お前は本当に木の実が好きだな」
「きゅぅ!」
尻尾がぱたぱたと揺れる。
……まあ、今日は初依頼の報酬も入ったしな。
少しくらいなら買ってやってもいいだろう。
俺は財布代わりの袋を取り出した。
朝の時点で持っていたのは銀貨二枚。
そこに、今日の依頼報酬で銀貨一枚と銅貨二十枚が加わった。
ただし、昨夜の宿代や食事代も払っている。
手持ちに余裕があるとは言いがたい。
村では塩や縄、釘なんかも必要だ。
……ちゃんと考えて使わないとな。
◇
「レンさん! 見てください!」
リシアが立ち止まったのは、香辛料を売っている露店だった。
小さな木箱に、さまざまな色の粉や乾燥した葉が並んでいる。
「これ、料理に使ったらおいしそうですね!」
「へえ……」
俺は商品を覗き込んだ。
赤い粉。
黄色い粒。
黒っぽい乾燥した実。
日本でも見たことのある香辛料に似ているものもあれば、まったく知らないものもある。
「いらっしゃい!」
そのとき、明るい声が聞こえた。
「お兄さんたち、何か探してる?」
顔を上げると、露店の奥に一人の少女が立っていた。
年齢は十七歳くらいだろうか。
赤茶色の髪を肩のあたりでまとめ、琥珀色の瞳を輝かせている。
小柄だが、立ち姿には妙な自信があった。
「香辛料を見てたんですけど」
「おっ、いいところに目をつけたね!」
少女はにっと笑った。
「うちの香辛料は、セルティアでも結構評判なんだよ!」
「へえ」
「特にこの赤い粉! 肉料理に少し入れるだけで、香りがぐっとよくなるの!」
少女は小さな木匙で粉をすくって見せた。
「それから、こっちの乾燥した実は、スープにおすすめ!」
「……詳しいんだな」
「そりゃ商人だもん!」
少女は胸を張った。
「売ってる商品のことを知らなきゃ、お客さんにおすすめできないでしょ?」
……確かに。
言われてみれば、そのとおりだ。
「私はセラ! この露店の店主だよ!」
「神崎蓮です」
「リシアです!」
「きゅっ!」
「……ん?」
セラの視線が、リシアの肩掛け袋へ向いた。
「……何、その子」
「コルネちゃんです!」
リシアが嬉しそうに答える。
「私たちの仲間なんですよ!」
「……へえ」
セラは一瞬、目を丸くした。
そして、すぐに商人らしい笑顔を浮かべた。
「かわいいね! その子用の木の実も売れそうだなあ」
「……そこは商売につなげるのか」
「当然でしょ!」
セラは笑った。
「商売のきっかけなんて、どこに転がってるかわからないんだから!」
……なるほど。
この子、なかなか抜け目がないらしい。
◇
「それで、お兄さんたちは何を買いに来たの?」
セラが尋ねた。
「村で使う物資を探してるんです」
「村?」
「ああ。森の中に、小さな村があって」
「ふーん……」
セラの目つきが少し変わった。
「どの辺り?」
「エルディアの森です」
「……エルディア?」
彼女は意外そうな顔をした。
「あそこ、今も人が住んでるんだ?」
「まあ、二人と一匹だけだけど」
「きゅっ!」
コルネが元気よく鳴いた。
「……なるほどね」
セラは腕を組んだ。
「それなら、保存のきく食料や種も必要なんじゃない?」
「……よくわかったな」
「商人だからね!」
彼女は得意げに笑った。
「森の中なら、すぐに買い足しに来られないでしょ?」
「そのとおりだ」
「それに、これから村を大きくするなら、道具も材料も必要になるはず」
……おお。
話が早い。
「ちなみに、種は扱ってる?」
「少しだけならあるよ。ほかの商人から仕入れてるから、種類は限られるけど」
「見せてもらってもいい?」
「もちろん!」
セラは露店の下から、小さな布袋をいくつか取り出した。
「これは根菜の種。こっちは葉物野菜。育てやすいのは、この二種類かな」
リシアが興味深そうに覗き込む。
「レンさん! これなら村でも育てられると思います!」
「本当か?」
「はい! 気候も合ってますし!」
……よし。
これは買っておきたいな。
◇
「それで、いくらなんだ?」
俺が尋ねると、セラはにやりと笑った。
「根菜の種が銅貨十五枚。葉物野菜が銅貨十二枚!」
「……なるほど」
合計で銅貨二十七枚か。
今の手持ちを考えると、決して安くはない。
「ちょっと高い気もするな」
「そう?」
セラは平然と答えた。
「種は保存状態が大事だからね。安いだけのものを買って、芽が出なかったら意味ないでしょ?」
「……確かに」
「それに、この袋には育て方の説明もつけてるよ!」
「……説明?」
「水やりの頻度とか、植える時期とかね!」
……なるほど。
ただ種を売るだけじゃないのか。
「じゃあ、二袋買うから少しまけてもらえない?」
俺が言うと、セラは楽しそうに笑った。
「おっ、値段交渉?」
「まあ、そんなところ」
「いいよ! でも、理由が欲しいな」
「理由?」
「商売って、お互いに得する話じゃなきゃ続かないでしょ?」
……なかなか手ごわいな。
俺は少し考えた。
「じゃあ、村でちゃんと育ったら、次もここで買う。それじゃ駄目か?」
「ふむ……」
セラは顎に手を当てた。
「将来のお得意さん候補、ってことね」
「ああ」
「……いいよ!」
彼女は笑った。
「二袋まとめて銅貨二十四枚!」
「おっ!」
「ただし、ちゃんと育ったら感想を聞かせてね!」
「もちろん」
……交渉成立だ。
俺は銅貨を数えて渡した。
セラは丁寧に確認すると、種の袋を差し出してきた。
「はい、毎度あり!」
「ありがとう」
「またよろしくね!」
◇
買い物を終えたところで、リシアが香辛料を見つめた。
「……レンさん」
「ん?」
「これ、少し買ってもいいですか?」
彼女が指さしたのは、赤い香辛料だった。
「肉料理に使えるんだっけ?」
「はい! 村で料理するときに試してみたくて……」
「なるほど」
俺はセラを見る。
「少しだけ買える?」
「もちろん!」
セラは小さな袋を取り出した。
「試し用なら銅貨五枚でいいよ!」
「じゃあ、それもお願いします」
「毎度あり!」
セラは嬉しそうに袋を渡してくれた。
リシアはそれを大事そうに受け取った。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして!」
セラは笑った。
「おいしい料理ができたら、教えてね!」
「はいっ!」
……この二人、結構気が合いそうだな。
◇
「……そういえば」
俺は露店の奥に積まれた木箱を見た。
中には、乾燥した香辛料が大量に入っている。
だが、そのほとんどは粒のままだ。
「セラ、この香辛料って、粉にするの大変じゃない?」
「……え?」
セラが首を傾げた。
「ああ、まあね。すり潰して粉にするんだけど、結構時間がかかるんだよ」
「……やっぱりか」
俺は木箱を眺めた。
細かく砕いて、均一な大きさにする。
それなら、俺のスキルで手伝えるかもしれない。
「……ちょっと、試してみてもいい?」
「何を?」
「香辛料を粉にするの」
セラは一瞬、きょとんとした。
「……お兄さん、料理人なの?」
「いや、違うけど」
「じゃあ、どうやって?」
「……まあ、見てて」
俺は彼女から、少量の乾燥した実を受け取った。
……さて。
物を細かく砕くには、外から力を加えて、内部の構造を壊せばいい。
ただし、強すぎれば粉が飛び散る。
だから、力を一定の範囲に集中させる必要がある。
……仕組みは理解できる。
「《創造主》――スキル創造」
俺は小さく呟いた。
《新規スキルの創造を確認》
《粉砕加工》
対象に力を加え、指定した範囲で細かく砕くためのスキル。
「……よし」
俺は香辛料を木皿に置いた。
「《粉砕加工》」
ぱきっ。
小さな音がした。
乾燥した実が、細かく砕ける。
さらに力を調整すると、粒は均一な粉になっていった。
「…………」
セラが固まった。
「……え?」
彼女は木皿を覗き込む。
「……えっ?」
もう一度、俺を見る。
「……ちょっと待って」
「ん?」
「今、何したの?」
「香辛料を粉にした」
「それは見ればわかるよ!」
セラが身を乗り出した。
「どうやったの!?」
「……スキルで」
「そんなスキル、聞いたことないんだけど!?」
……そうなのか?
俺としては、ただ加工を手伝うための能力なんだけど。
「しかも、粒の大きさが揃ってる……」
セラは粉を指先で確かめた。
「これ、手作業だと結構大変なんだよ?」
「へえ」
「……お兄さん」
彼女の琥珀色の瞳が、きらりと光った。
「それ、商売に使えるんじゃない?」
「……商売?」
「うん!」
セラは笑った。
「香辛料って、料理屋さんに売るときは粉の方が喜ばれることもあるんだよ。でも、加工に手間がかかるから、たくさんは用意できないの」
「なるほど」
「もし短時間で粉にできるなら、もっと多くの注文を受けられるかもしれない!」
……おお。
俺は思わず感心した。
俺が考えたのは、香辛料を砕くことだけ。
だが、セラはそこから商売の可能性を見つけた。
「……すごいな、セラ」
「え?」
「俺、そこまで考えてなかった」
「……ふふん!」
セラは得意げに胸を張った。
「商人だからね!」
……なるほど。
これは、頼もしい。
◇
「ねえ、レン!」
セラが急に俺の名前を呼んだ。
「……ん?」
「ちょっと相談があるんだけど!」
「相談?」
「うん!」
彼女は露店の奥にある香辛料の木箱を見た。
「そのスキル、少しだけ貸してくれない?」
「……貸す?」
「私の商品を加工してほしいの!」
セラは真剣な表情になった。
「もちろん、ただでとは言わないよ。ちゃんとお礼はする」
「……なるほど」
俺は少し考えた。
村には、まだまだ必要なものがある。
お金も足りない。
もしここで少し稼げるなら、悪い話じゃない。
「……いいよ」
「本当!?」
「ああ。ただ、どれくらいできるかは試してみないとわからないけど」
「十分!」
セラはぱっと笑顔になった。
「じゃあ、明日……じゃなくて、今日のうちに少しお願いできる?」
「もちろん」
「やった!」
セラは嬉しそうに両手を上げた。
「これで、ちょっと面白いことができそう!」
……何を考えてるんだろうな。
俺が首を傾げていると、リシアが楽しそうに笑った。
「レンさん、また新しいお仕事ですね!」
「……そうだな」
「きゅっ!」
コルネも元気よく鳴いた。
セラはそんな俺たちを見て、くすっと笑う。
「なんだか、面白い三人組だね!」
「……よく言われそうな気はする」
「ふふっ!」
こうして俺たちは、商人の少女セラと出会った。
彼女はまだ、小さな露店を一つ持つだけの商人だった。
だが、その瞳には、自分の商売をもっと大きくしたいという強い意志が感じられた。
そして俺もまた、このとき初めて気づいた。
スキルを創る力は、戦うためだけのものじゃない。
誰かの仕事を助けたり、新しい商売を生み出したりすることもできる。
……もし、この村をいつか本当に国にするなら。
こういう力の使い方も、大切になってくるのかもしれない。
俺は、そんなことを考えながら、セラの露店に積まれた香辛料を見つめていた。




