第14話 商人の少女と、ちょっと変わった商売の話
異世界生活、八日目。
交易都市セルティアの市場。
俺、神崎蓮は、商人の少女セラが営む露店の奥で、木箱を見つめていた。
「……結構あるな」
「でしょ?」
赤茶色の髪を揺らしながら、セラが得意げに笑う。
木箱の中には、乾燥した香辛料がぎっしり詰まっていた。
どれも小さな粒や実の状態で、まだ粉にはなっていない。
「これ、全部加工するのか?」
「全部じゃないよ。まずは、この一箱だけ!」
「なるほど」
「粉にして売れるか、試したいんだ。いきなり全部加工して、買い手がつかなかったら困るでしょ?」
……おお。
ちゃんと考えてるな。
俺なら、全部まとめて粉にした方が早いと思ってしまいそうだ。
「それに、粉にすると香りが抜けるのも早くなるからね」
「そうなのか?」
「うん。だから必要な分だけ加工するのが基本!」
セラは胸を張った。
「商人は、作ったものを売るだけじゃ駄目なんだよ。いつ、誰に、どれくらい売るかまで考えないと!」
「……なるほど」
俺は素直に感心した。
この子、本当に商売が好きなんだな。
◇
「じゃあ、さっそくお願い!」
セラが小さな木皿を差し出してきた。
「まずは、このくらいから試してみよう!」
「了解」
俺は乾燥した実を皿に広げた。
前に試したときは、少量を粉にしただけだった。
今度は、ある程度まとまった量を加工することになる。
「……よし」
俺は《粉砕加工》を発動した。
ぱきっ、ぱきぱきっ。
乾燥した実が細かく砕けていく。
さらに力を調整し、粒の大きさを揃える。
しばらくすると、木皿の上には細かな粉が残っていた。
「……おお!」
セラが目を輝かせる。
「やっぱりすごい!」
「これくらいでいいか?」
「うん! ちょっと待ってね」
セラは粉を指先でつまみ、香りを確かめた。
「……いい香り」
次に、粒の大きさを見比べる。
「……うん。これなら料理屋さんにも売れそう!」
「よかった」
「普通なら、これだけ細かく揃えるのに結構時間がかかるんだよ?」
「へえ」
「レンのスキル、商人からしたら夢みたいな能力だね!」
……そんなにか。
俺としては、ただ物を砕くだけなんだけど。
すると、リシアが隣から覗き込んだ。
「レンさん! これ、すごくいい香りですね!」
「ああ。確かに」
「お料理に使ったら、おいしそうです!」
その言葉に、セラが反応した。
「……リシアって、料理できるの?」
「はい! 得意です!」
「へえ!」
セラはにやりと笑った。
「じゃあ、ちょっと味も確かめてみたいな」
◇
「……というわけで」
セラは露店の奥から、小さな鍋を取り出してきた。
「試食を作ってみよう!」
「……ここで?」
「うん!」
「露店で料理していいのか?」
「火を使う場所は決まってるけど、簡単な試食なら大丈夫だよ。市場の決まりも確認してるし!」
……準備がいいな。
セラは近くの共同調理場を指さした。
市場の商人たちが、試食や簡単な加工をするために使う場所らしい。
「じゃあ、行きましょう!」
リシアが嬉しそうに笑った。
「任せてください!」
◇
共同調理場には、小さなかまどが並んでいた。
セラが用意したのは、少量の肉と野菜。
それから、さっき粉にした香辛料だ。
「……よし」
リシアは手際よく食材を切り、鍋に入れていく。
慣れた動きだった。
「レンさん、火を少し弱めてもらえますか?」
「ああ」
俺は薪の位置を調整した。
……しかし、リシアって本当に料理が上手いな。
魔法はあんなに暴発するのに、料理ではこんなに器用なんだから不思議だ。
「ここで香辛料を入れますね!」
リシアが粉を少しだけ加えた。
途端に、ふわっと香ばしい匂いが広がる。
「……おお」
セラが目を丸くした。
「すごい香り!」
「えへへ!」
リシアは嬉しそうに笑った。
「でも、入れすぎると味が強くなっちゃうので、少しずつです!」
「なるほど……」
セラは真剣な表情で頷いた。
「……それ、商品説明にも使えそう」
「え?」
「お客さんに『少し入れるだけで香りが広がります』って伝えられるでしょ?」
「……ああ」
俺は思わず笑った。
「本当に何でも商売につなげるな」
「当然!」
セラが得意げに笑った。
「私は商人だからね!」
◇
しばらくして、試食用の料理が完成した。
小さな皿に取り分け、三人で味を確かめる。
「……いただきます」
俺は肉を一口食べた。
「……うまっ!」
「本当ですか!?」
リシアが嬉しそうに身を乗り出す。
「ああ。香りがすごくいい!」
「えへへ!」
セラも一口食べた。
「……おいしい!」
そして、すぐに真剣な顔になる。
「……これなら売れるかもしれない」
「……お?」
「加工した香辛料を、料理と一緒に紹介するの!」
セラは指を一本立てた。
「ただ粉を売るより、使い方がわかった方がお客さんも買いやすいでしょ?」
「なるほど」
「それに、料理屋さんなら大量に使う可能性もある!」
……確かに。
俺は感心した。
「セラ、商売上手だな」
「ふふん!」
セラは得意げに胸を張った。
「まだまだこれからだけどね!」
◇
試食を終えたあと、俺たちは露店へ戻った。
セラは粉にした香辛料を小さな袋に分け、店頭に並べていく。
それぞれの袋には、使用量の目安を書いた紙を添えていた。
「……なるほど」
俺はその様子を眺めた。
「同じ香辛料でも、売り方を変えるだけで商品になるんだな」
「そういうこと!」
セラが頷く。
「もちろん、売れなきゃ意味ないけどね」
「……確かに」
彼女は値札を確かめ、袋の並びを整えた。
商品にかかる費用。
売れ残ったときの損失。
市場の場所代。
そういったものを考えて、値段を決めているらしい。
「……商売って大変なんだな」
「大変だよ?」
セラはあっさり答えた。
「でも、面白いんだ」
その声には、迷いがなかった。
「自分で考えたものを、お客さんが喜んで買ってくれる。それって、すごく嬉しいんだよ」
「……なるほど」
「それにね」
セラは少しだけ遠くを見た。
「私、いつか自分の商会を持ちたいんだ」
「……商会?」
「うん!」
彼女は大きく頷いた。
「今は小さな露店だけど、いつかは街の外とも取引できるような商会を作りたい」
「……すごい夢だな」
「でしょ?」
セラは笑った。
「いろんな街の商品を扱って、困ってる人のところに必要なものを届けるの」
その表情は、とても楽しそうだった。
「……いいな、それ」
「え?」
「俺も、似たようなことを考えてるんだ」
「……似たようなこと?」
「ああ。まだ小さな村だけど、いつかもっと大きくしたいと思ってる」
セラが目を丸くした。
「……村を?」
「うん」
「……どれくらい?」
「……できれば、国になるくらい」
「…………」
セラが固まった。
「……国?」
「ああ」
「……お兄さん、本気で言ってる?」
「一応」
しばらく沈黙が流れた。
そして。
「……あはははっ!」
セラが突然笑い始めた。
「すごい! 国を作るなんて!」
「……そんなにおかしいか?」
「ううん!」
セラは首を振った。
「面白いって思ったの!」
そして、にっと笑う。
「もし本当に国を作るなら、私の商会と取引してよね!」
「……まだ商会、できてないだろ」
「これから作るの!」
「……はは」
俺は思わず笑った。
「じゃあ、約束だな」
「うん! 約束!」
◇
夕方。
セラの露店には、新しく加工した香辛料が並んでいた。
何人かのお客さんが興味を持ち、試しに小袋を買っていった。
「……おお」
俺はその様子を見ていた。
「ちゃんと売れてるな」
「うん!」
セラは嬉しそうに頷いた。
「まだ少しだけど、反応は悪くないよ!」
彼女は売上を数え、手元の帳面に書き込んでいく。
その表情は真剣だった。
「……それにしても」
俺は気になって尋ねた。
「こんなに忙しいのに、一人で全部やってるのか?」
「うん。今はね」
「大変じゃない?」
「もちろん大変だよ」
セラは笑った。
「でも、この店はお父さんが残してくれたものだから」
「……そうなのか」
「うん」
彼女は少しだけ優しい表情になった。
「小さい頃から、お父さんがここで商売してるのを見てきたんだ」
セラは露店の柱に触れた。
「だから、この場所を大事にしたいんだよね」
「……そっか」
俺は頷いた。
「いい店だと思う」
「……ありがと」
セラは少し照れくさそうに笑った。
だが、すぐにいつもの明るい表情に戻った。
「さて! 暗くなる前に片付けないと!」
「手伝おうか?」
「いいの?」
「ああ。加工もしたことだし、最後まで手伝うよ」
「助かる!」
リシアも元気よく手を上げた。
「私もお手伝いします!」
「きゅっ!」
「ふふっ! コルネちゃんもありがとう!」
……いや、こいつは何もしてないけどな。
◇
片付けを終える頃には、空がすっかり赤く染まっていた。
「今日は本当にありがとう!」
セラが俺たちに頭を下げた。
「おかげで、新しい売り方を試せたよ!」
「こっちも勉強になった」
「私も楽しかったです!」
リシアが嬉しそうに笑う。
すると、セラは露店の奥から小さな包みを二つ取り出した。
「これ、今日のお礼!」
「……お礼?」
「うん。香辛料の試作品と、余ってる種を少しだけ」
俺は包みを受け取った。
「……いいのか?」
「もちろん!」
セラは笑った。
「現金で払いたいところなんだけど、今は仕入れにもお金を回したくてね。代わりに、村で役立ちそうなものを選んだんだ」
「なるほど。助かるよ」
「それに、今日の売上はまだ全部が利益ってわけじゃないからね」
セラは帳面を軽く叩いた。
「場所代も仕入れ代もあるし、まずは続けられる商売にしないと!」
……本当にしっかりしてるな。
「お礼は十分だよ。ありがとう」
「えへへ! どういたしまして!」
セラは少しだけ表情を和らげた。
「……また、来てくれる?」
「ああ。もちろん」
「本当?」
「まだ街にいる予定だからな」
セラはぱっと笑顔になった。
「じゃあ、また寄ってよ! 今日のお客さんの反応も、もっと聞かせたいし!」
「わかった」
「約束だよ!」
彼女は嬉しそうに手を振った。
◇
市場をあとにした俺たちは、宿屋へ向かって歩いていた。
「……面白い子だったな」
「はい!」
リシアが嬉しそうに頷いた。
「セラさん、とっても元気でしたね!」
「それに、商売のことをよく考えてた」
「そうですね!」
コルネが袋から顔を出した。
「きゅっ!」
「……お前も楽しかったか?」
「きゅぅ!」
……まあ、木の実をもらえたからな。
俺は夕暮れの街を見渡した。
村には、まだ二人と一匹しかいない。
だが、いつかもっと多くの人が住むようになったら。
食料を作る人。
家を建てる人。
物を売る人。
いろんな仕事が必要になるんだろう。
……そのとき、セラみたいな商人がいてくれたら心強いな。
「レンさん?」
「ん?」
「何を考えてるんですか?」
「……ちょっと、将来のことをな」
「将来?」
「ああ。村がもっと大きくなったときのこと」
リシアは少しだけ目を丸くした。
そして、柔らかく笑った。
「……楽しみですね」
「そうだな」
俺も笑った。
今日出会った商人の少女は、まだ小さな露店の店主だ。
そして俺も、森の中に三軒の家を持つだけの村づくり初心者。
お互いの夢は、まだ遠い。
だけど。
いつか、その二つの夢が同じ場所で実現したら。
……それは、きっと面白いことになるだろう。
そう思いながら、俺たちは夕暮れのセルティアを歩いていった。




