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第5話 魔法を教わるはずが、村が消し飛んだ件

異世界生活、二日目。


 夕方。


 俺、神崎蓮は、昨日まで雨漏りしていたとは思えないほど立派になった家を眺めていた。


「……うん。何度見ても、やりすぎたな」


 目の前には、頑丈な二階建ての木造家屋。


 もともとは古びた一階建てだったのだが、修理を始めたら止まらなくなってしまった。


 ……建築って、意外と楽しいんだな。


「レンさーん!」


 背後から元気な声が聞こえた。


 振り向くと、銀髪のエルフ――リシア・エルフィードが駆け寄ってくる。


「どうした?」


「お家、本当にありがとうございます!」


「いや、もう何回も聞いたぞ、それ」


「何回でも言いたいんです!」


 リシアは満面の笑みを浮かべた。


「だって、すっごく嬉しいんですもん!」


「……そうか」


 そこまで喜んでもらえるなら、俺も嬉しい。


 まあ、疲れたけどな。


「それで、レンさん!」


「ん?」


「今度は私が、何かお礼をしたいんです!」


「お礼?」


「はい!」


 リシアは胸を張った。


「レンさん、魔法に興味があるって言ってましたよね?」


「……ああ」


 そういえば、昨日も少し話したな。


 この世界に来てから、何度か魔法らしきものは見ている。


 リシアが使った《ファイアボール》も、その一つだ。


 ……威力はともかく、仕組みは気になっていた。


「じゃあ、魔法を教えてあげます!」


「本当か?」


「もちろんです!」


 リシアは得意げに頷いた。


「これでも私、魔力量には自信があるんですよ!」


「……魔力量には?」


「はいっ!」


 ……何だろう。


 ちょっと嫌な予感がする。


     ◇


 俺たちは村の端にある開けた場所へ向かった。


 中央の巨木や家からは少し離れている。


 ……まあ、念のためだ。


「それじゃあ、まずは魔法の基本から説明しますね!」


「頼む」


 リシアは地面に小さな枝で円を描いた。


「魔法は、体の中にある魔力を使って発動するんです!」


「魔力か」


「はい! 魔力を体の中で流して、外に出して、術式を通して形にするんです!」


「……なるほど」


 俺は腕を組んだ。


 体内にあるエネルギーを外へ放出し、特定の現象を起こす。


 ……理屈としては、何となく理解できる。


 ただし、問題はその先だ。


「魔力って、どうやって感じるんだ?」


「えっとですね……」


 リシアは少し考えた。


「体の中を、あったかいものが流れている感じです!」


「……あったかいもの?」


「はい!」


「……それだけ?」


「それだけです!」


 ……感覚派か。


 いや、まあ。


 魔法なんて実際に使ったことがないんだから、最初はそんなものなのかもしれない。


「じゃあ、実際にやってみてくれないか?」


「わかりました!」


 リシアは手のひらを前に向けた。


「まず、魔力を少しだけ集めます」


「うん」


「それを、火の術式に流し込んで……」


 彼女の手のひらに、小さな赤い光が生まれた。


「おお……」


 俺は思わず声を漏らした。


 これは面白い。


 あの光は熱なのか?


 それとも、魔力そのものが見えているのか?


 燃焼に必要な酸素は?


 魔力から熱への変換は?


 疑問が次々と浮かぶ。


 ……やっぱり、魔法って奥が深いな。


「このくらいなら、まだ大丈夫なんですよ!」


 リシアが嬉しそうに言った。


 手のひらの上で、小さな火が揺れている。


「へえ。ちゃんと調整できてるじゃないか」


「えへへ!」


 褒められたリシアが、ぱっと笑顔になった。


 ……その瞬間だった。


 ぼっ。


 炎が、少し大きくなった。


「……ん?」


「あれ?」


 ぼぼっ。


 さらに大きくなる。


「……リシア?」


「えっと……」


 リシアの表情が引きつった。


「ちょっと、魔力が多く流れちゃったみたいです」


「……止められるか?」


「は、はい! もちろんです!」


 彼女は慌てて手を握ろうとした。


 だが。


 ぼおおおっ!!


 炎が、一気に膨れ上がった。


「……おい」


「……あれ?」


「それ、絶対に大丈夫じゃないだろ!?」


「だ、大丈夫です! たぶん!」


「たぶん!?」


 ……やっぱり嫌な予感が当たった!


     ◇


「リシア! 魔法を止めろ!」


「止めようとしてるんですううう!」


 リシアの手のひらには、すでに巨大な炎の塊が浮かんでいた。


 直径は、軽く俺の身長を超えている。


 ……これ、絶対にファイアボールの大きさじゃないよな?


「一回、魔力を引っ込められないのか!?」


「やってます!」


「じゃあ、何で大きくなってるんだ!?」


「私にもわかりません!!」


 ……だめだ!


 理屈より先に、何とかしないと!


 リシアの手が震える。


 炎の表面が、不規則に揺れ始めた。


「レンさん……!」


 いつもの元気な声とは違っていた。


 明らかに怯えている。


「……下がれ!」


 俺はリシアの前に踏み出した。


 頭の中で、必要なものを考える。


 迫ってくる熱。


 炎の衝撃。


 破片や熱風。


 それらを防ぐには、物理的な衝撃と熱を遮断する防壁が必要だ。


 魔法そのものの仕組みがわからなくても、飛んでくる衝撃や熱への対処なら考えられる。


 俺は、理解できる防御の仕組みを組み立てた。


『スキル構造を解析中……』


『必要条件を満たしました』


『新規スキル《絶対防御》を創造しました』


「……よし!」


 俺は右手を前に突き出した。


「《絶対防御》!」


 透明な壁のようなものが、俺たちの周囲を包み込む。


 その直後。


「きゃあああああっ!!」


 リシアの悲鳴とともに、巨大な炎が解き放たれた。


 ドオオオオオオンッ!!


 耳をつんざくような爆発音。


 猛烈な熱風。


 地面が震える。


 俺は歯を食いしばりながら、防壁を維持した。


「……っ!」


 視界が、真っ赤に染まる。


 しばらくして。


 ようやく炎が消えた。


「…………」


「…………」


 静寂。


 焦げた木の匂い。


 そして、立ち込める煙。


「……終わった、か?」


 俺はゆっくりと防壁を解除した。


 リシアはその場にへたり込んでいた。


「……レンさん」


「大丈夫か?」


「……はい」


 彼女は小さく頷いた。


 ……よかった。


 とりあえず、怪我はなさそうだ。


 だが。


 俺は周囲を見渡した。


「…………」


 ……あれ?


 何かがおかしい。


 さっきまで見えていた、古い家の屋根がない。


 いや。


 屋根だけじゃない。


「……リシア」


「……はい?」


「……家、どこ行った?」


「…………」


「…………」


 村の端に並んでいた、古い木造家屋二軒。


 そして、その近くにあった小さな倉庫。


 それらが。


 見事なまでに、焼け落ちていた。


「…………」


「…………」


「……村が」


 リシアが小さく呟く。


「……村が、なくなっちゃいました……」


「いや、全部じゃない!」


 俺は慌てて振り返った。


 そこには、昨日完成した頑丈な二階建ての家が残っていた。


 外壁の一部は煤けているが、建物自体は無事だ。


「……よかった」


 思わず息を吐く。


 さらに、村の中央の巨木も残っていた。


 枝の一部は焦げている。


 だが、幹は無事だった。


 ……本当によかった。


「……しかし」


 俺はもう一度、焼け跡を見た。


 家が二軒。


 倉庫が一つ。


 ……被害がでかすぎるだろ。


「リシア」


「……はい」


「……お前、すごいな」


「……ごめんなさい……」


     ◇


 リシアは、しばらく俯いたままだった。


 いつもなら、何か言えばすぐに明るく返してくれる。


 だが、今は違う。


「……レンさん」


「ん?」


「……私、やっぱり魔法を使わない方がいいんでしょうか」


 その声は、小さく震えていた。


「昔から、こうなんです」


「……そうなのか?」


「はい」


 リシアは膝の上で手を握った。


「みんなみたいに、うまく魔力を調整できなくて」


 彼女は焼け跡を見つめた。


「小さな火を出そうとしても、いつも大きくなっちゃうんです」


「……なるほど」


「だから、魔法の練習も、あまりさせてもらえなくて……」


 リシアは苦笑した。


「……私、魔法が下手なんです」


 俺は少し考えた。


 確かに、制御はひどい。


 今日の爆発だけ見れば、危険すぎると言ってもいい。


 だが。


「……なあ、リシア」


「……はい?」


「魔力量は多いんだよな?」


「……はい」


「じゃあ、才能はあるんじゃないか?」


 リシアが顔を上げた。


「……え?」


「いや、少なくとも魔力をたくさん持ってるってことは、強みだろ」


「……でも」


「問題は、使い方がわからないことなんじゃないか?」


 俺は地面に落ちていた枝を拾った。


「例えば、力が強い人でも、力加減ができなかったら物を壊すだろ?」


「……はい」


「でも、だからって、力が強いこと自体が悪いわけじゃない」


 俺は枝を軽く折ってみせた。


「うまく使えるようになれば、すごいことができるかもしれない」


「……レンさん」


「まあ、今すぐ村の中で練習するのはやめてほしいけどな」


「……ふふっ」


 リシアが小さく笑った。


「……はい」


 ……よかった。


 少し元気が戻ったらしい。


「それに」


 俺は続けた。


「魔法が苦手でも、リシアには得意なことがいっぱいあるだろ」


「……え?」


「森のこと、詳しいし。料理もうまいし。木材だって選べる」


「……」


「俺は、この世界のことをほとんど知らないからさ」


 俺は笑った。


「これからも頼りにしてるよ」


 リシアの目が大きく開いた。


 そして。


「……はいっ!」


 いつもの明るい笑顔が戻った。


「ありがとうございます、レンさん!」


「おう」


 とりあえず、元気になってくれたのはよかった。


     ◇


「……そうだ」


 俺はふと思いついた。


「魔力を調整するスキルがあれば、リシアも安全に魔法を使えるんじゃないか?」


「……え?」


「《魔力制御》みたいなスキルを作れれば……」


 俺は頭の中で考え始めた。


 魔力を一定量だけ流す。


 流れを調節する。


 余分な魔力を遮断する。


 ……理屈としては、単純そうに見える。


 だが、実際には魔力が何なのか、どう流れているのかさえ、俺は理解できていない。


 それでも、試すだけ試してみるか。


『スキル構造を解析中……』


『必要条件が不足しています』


『魔力の流動構造を理解できません』


『スキル創造に失敗しました』


「……だめか」


「レンさん?」


「いや、ちょっと便利なスキルを考えてみたんだけど」


「……またですか?」


「今回は失敗した」


「……そうなんですね」


 リシアは少しだけ不思議そうな顔をした。


 ……やっぱり、魔法についてもっと勉強する必要がありそうだ。


 この世界の魔力というものは、俺の知識だけでは説明できない。


 だからこそ、面白いんだけどな。


「……いつか、ちゃんと理解したいな」


「魔法のことですか?」


「ああ」


「じゃあ、私もお手伝いします!」


「……大丈夫か?」


「もちろんです!」


 リシアは胸を張った。


「今度は絶対に、爆発させません!」


「……その言葉、どこまで信じていいんだろうな」


「ひどいです!」


 ……まあ、少しずつだな。


     ◇


 日が暮れる頃。


 俺たちは、焼け跡の片付けを始めた。


 火が完全に消えていることを確認し、危険な木材や瓦礫を端へ寄せる。


 使えそうなものは、できるだけ残しておく。


「……倉庫もだめか」


 俺は崩れた建物を見つめた。


 リシアが大切に保管していた食料や種。


 それらも、ほとんど焼けてしまったらしい。


「……ごめんなさい」


「もう謝らなくていいって」


「……でも」


「なくなったものは、また集めればいい」


 俺は森の方を見た。


「明日は食料を探しに行こう。ついでに、育てられそうな植物も集めたい」


「……!」


 リシアの表情が明るくなった。


「それなら、私に任せてください!」


「頼りにしてるよ」


「はいっ!」


 ……よし。


 これで明日の予定は決まったな。


 それから、もう一つ。


「リシア」


「はい?」


「残りの家も、そのうち建て直そう」


「……本当ですか?」


「ああ。今は二人しかいないけど、いつか住む人が増えるかもしれないしな」


「……!」


 リシアは嬉しそうに笑った。


「そうなったら、素敵ですね!」


「ああ」


 俺は村の中央に立つ巨木を見上げた。


 焦げた枝の向こうに、夕焼けが広がっている。


 昨日まで、ここには三軒の家があった。


 今、残っているのは一軒だけ。


 だが。


 これで終わりじゃない。


「……まあ、まずは明日の食料確保からだな」


「はいっ!」


 リシアが元気よく頷いた。


「明日はおいしいご飯、作りますね!」


「楽しみにしてる」


「えへへ!」


 ……うん。


 この調子なら、何とかなりそうだ。


 異世界生活、二日目。


 家を一軒立派にしたと思ったら、残りの二軒と倉庫が消し飛んだ。


 ……なんというか。


 村づくりって、想像以上に大変らしい。

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