第四話 家を直すだけのつもりが、どうしてこうなった
異世界生活、二日目。
俺、神崎蓮は現在、重大な問題に直面していた。
「……雨漏り、ひどくないか?」
「えへへ……」
目の前には、銀髪のエルフ――リシア・エルフィード。
そして、天井からぽたぽたと落ちてくる水滴。
昨日、彼女に案内されてたどり着いたこの村には、三軒の木造家屋がある。
そのうち、今俺たちがいる一軒が、リシアの暮らしていた家だ。
……というか。
「昨日、雨降ってないよな?」
「はい!」
「じゃあ、この水はどこから?」
「朝露が溜まってるんだと思います!」
「……屋根に?」
「はいっ!」
「……それ、普通は家の中まで落ちてこないんだよ」
「そうなんですか!?」
……本気で驚いてる。
どうやら、ずっとこの状態で暮らしていたらしい。
家の中を見渡すと、壁の板には隙間があり、床板もところどころ傷んでいる。
それでも、掃除は行き届いていた。
小さな机には木の実の入った籠が置かれ、棚には丁寧に洗われた食器が並んでいる。
建物は古いが、リシアが大切に使ってきたことは伝わってきた。
「……よし」
「レンさん?」
「今日はこの家を直そう」
「……えっ?」
リシアが目を丸くした。
「でも、修理って大変ですよ?」
「まあ、普通はな」
俺は天井を見上げた。
この世界に来て手に入れた能力、《創造主》。
仕組みを理解すれば、必要なスキルを創り出せる。
昨日は《身体強化》と《衝撃波》を作った。
戦闘には十分すぎるくらい役立ったが、せっかくなら生活にも使いたい。
……とはいえ、家が勝手に生えてくるような魔法は無理だ。
材料も必要だし、建物の構造だって考えなくちゃいけない。
「まずは、傷んだ場所を調べるか」
「はいっ! 私も手伝います!」
◇
家の周りを一周して、俺は頭を抱えた。
「……これ、修理で済むのか?」
「どうでしょう?」
「お前の家だろ」
「えへへ……」
屋根の一部は腐り、壁には大きな隙間がある。
床下の柱も何本か傷んでいた。
……下手に補修するより、一度構造を見直した方がいいかもしれない。
「リシア、この辺りで建築に使える木材は手に入るか?」
「はい! 倒れた木なら森の中にありますよ!」
「おお、助かる」
「ただ、腐ってる木もあるので、ちゃんと選ばないと危ないです!」
「……なるほど」
さすが、森で暮らしてきただけはある。
木の状態を見分けるのは、俺よりずっと得意そうだ。
「じゃあ、案内してくれ」
「はいっ!」
リシアは元気よく歩き出した。
……のだが。
「そっちは川じゃないか?」
「……あっ!」
……方向音痴は健在らしい。
◇
森の中には、風で倒れた木が何本かあった。
リシアは木の表面を確かめたり、幹を軽く叩いたりして、使えるものを選んでいく。
「この木はまだ丈夫です!」
「へえ」
「こっちは中が傷んでるので、家には使わない方がいいです!」
「なるほど」
俺はリシアが選んだ木材を確認した。
確かに、傷みの少ないものばかりだ。
「じゃあ、これを運ぶか」
「でも、かなり重いですよ?」
「まあ、そこは何とかする」
俺は《身体強化》を発動した。
全身の筋肉に力が満ちる感覚。
倒木の端を持ち上げると、思った以上に軽く感じた。
「……よっと」
「えええっ!?」
リシアが目を丸くした。
「レンさん!? それ、普通は何人もいないと運べませんよ!?」
「そうなのか?」
「そうですよ!!」
……どうやら、また加減を間違えたらしい。
「まあ、運べるならいいだろ」
「よ、よくない気がしますけど……」
リシアは何か言いたそうだったが、結局、苦笑していた。
俺たちは何度か往復し、使えそうな木材を村へ運び込んだ。
ついでに、古い家から取り外した板や金具も、再利用できるものを選んでおく。
材料は無限にあるわけじゃない。
使えるものは大切に使わないとな。
◇
「さて……」
俺は家の前に立ち、頭の中で構造を整理した。
柱で建物を支える。
梁で荷重を分散する。
屋根には傾斜をつけて、雨水が流れるようにする。
腐った部分は取り除き、新しい木材に置き換える。
……ここまでは理解できる。
ただ、問題は加工と組み立てだ。
俺は大工じゃない。
木材をまっすぐ切ることも、柱を正確に組み上げることも、普通なら簡単にはできないだろう。
なら。
それを補助するスキルがあればいい。
木材の長さや角度を測る。
必要な位置を確認する。
作業中に部材を固定する。
そういう仕組みを、まとめて補助する能力。
「……いけるか?」
俺は頭の中で、必要な工程を一つずつ組み立てた。
『スキル構造を解析中……』
『必要条件を満たしました』
『新規スキル《建築補助》を創造しました』
「……よし!」
「レンさん?」
「ちょっと便利なスキルを作ってみた」
「またですか!?」
リシアが驚いた顔をする。
「レンさんって、いろんなスキルを使えるんですね!」
「まあ、ちょっと特殊でな」
《創造主》の詳しい仕組みまでは、まだ説明しなくていいだろう。
「それで、何ができるんですか?」
「寸法を測ったり、材料を固定したり……建築作業を手伝ってくれる感じかな」
「すごいです!」
「ただし、材料を勝手に作ってくれるわけじゃないぞ」
「……そうなんですか?」
「そうなんです」
「むむむ……」
……何を期待してたんだ。
◇
作業は、思った以上に順調だった。
《建築補助》を使うと、木材の長さや角度を正確に把握できる。
切断する位置もわかりやすい。
さらに、重い柱を組み上げるときには、一時的に固定を補助してくれる。
……便利すぎるな、これ。
「レンさん! こっちの板、使えますか?」
「ああ。そこの壁に使おう」
「はいっ!」
リシアは木材を運び、俺は組み立てる。
二人で手分けして作業を進めていく。
傷んだ柱を取り替え、壁の隙間を埋め、屋根を補修する。
そこまではよかった。
……問題は、そのあとだ。
「……なあ、リシア」
「はい?」
「どうせ直すなら、もう少し広くしたくないか?」
「……え?」
「寝る場所も、別々にあった方がいいだろ」
「た、確かに……!」
リシアが頷く。
今の家には、まともな寝室が一つしかない。
俺もここで暮らすなら、少し手を加えた方がよさそうだ。
「……じゃあ、増築するか」
「増築!?」
「一階に居間と台所。二階に寝室を二つ作れば、ちょうどいいだろ」
「……二階!?」
リシアが目を丸くした。
「レンさん! 家の修理ですよね!?」
「ああ」
「なんで二階ができるんですか!?」
「……なんでだろうな」
俺にも、よくわからない。
ただ。
建物の構造を考えているうちに、もっとよくできそうな部分が次々と思いついてしまったのだ。
……いや、楽しくなってきたという方が正しいかもしれない。
「よし、やってみるか」
「本当にやるんですか!?」
「ここまで来たらな」
……まあ、何とかなるだろ。
◇
もちろん、二階建てにするとなれば、話は別だ。
柱の太さも、梁の配置も、基礎の強度も見直さなければならない。
俺は家の周囲を調べ直し、傷んだ基礎部分を補強した。
地面をならし、石を敷き、荷重が一か所に集中しないように支えを増やす。
屋根を取り外した部分には、丈夫な梁を渡していく。
《建築補助》が作業を助けてくれるとはいえ、構造が悪ければ危険だ。
慎重に確認しながら、少しずつ作業を進めた。
リシアも、木材の状態を見たり、必要な道具を運んだりして手伝ってくれる。
途中、何度か休憩も挟んだ。
「レンさん! お昼ご飯、できましたよ!」
「おお、助かる」
リシアが用意してくれたのは、木の実と香草を使った簡単なスープだった。
森で集めた野菜も入っている。
「……うまいな」
「本当ですか!?」
「ああ」
リシアは嬉しそうに笑った。
「よかったです!」
……料理は本当に上手なんだよな、この子。
少なくとも、建築の途中で魔法を使い始めない限りは安心だ。
◇
日が傾く頃。
俺は完成した建物を見上げていた。
「……うん」
そこには、朝までとはまったく違う家が建っていた。
丈夫な柱。
雨水がきちんと流れる屋根。
隙間のない壁。
広めの居間と台所。
そして、二階には二つの寝室。
外から見る限り、最初からそういう設計だったと言われてもおかしくない出来栄えだ。
……いや。
おかしいだろ。
「……やりすぎたな」
思わず呟く。
「レンさん……」
隣でリシアが、ぽかんと口を開けていた。
「……どうした?」
「これ、本当に私の家ですか?」
「ああ」
「……朝は、雨漏りしてましたよね?」
「してたな」
「……一階建てでしたよね?」
「だったな」
「……なんで二階建てになってるんですか!?」
「俺も途中から楽しくなっちゃって」
「楽しくなった結果がこれですか!?」
……もっともな意見だ。
俺は苦笑した。
「まあ、住みやすくなっただろ?」
「それは……そうですけど!」
リシアは家をじっと見つめた。
そして、少しずつ表情を緩めた。
「……でも」
「ん?」
「すごく、嬉しいです」
その声は、いつもより少しだけ小さかった。
「私、この家が大好きだったんです」
リシアは古い柱の一部を残した玄関に手を触れた。
「みんながいた頃から、ずっとここで暮らしていて……」
「……そうだったのか」
「だから、壊れちゃうのは嫌だったんですけど」
彼女は俺を見上げた。
「こんなにきれいにしてもらえるなんて、思ってませんでした」
……なるほどな。
ただ古いだけの家じゃなかったんだ。
この子にとっては、思い出の詰まった場所なんだろう。
「なら、直してよかったよ」
「……はい!」
リシアは満面の笑みを浮かべた。
……まあ。
こんなに喜んでもらえるなら、頑張った甲斐があるってものだ。
◇
家の中へ入ると、リシアはあちこちを見回し始めた。
「わあ……!」
新しく整えた居間。
使いやすくなった台所。
しっかり閉まる窓。
そして、二階へ続く階段。
「レンさん! 階段があります!」
「そりゃ二階建てだからな」
「上ってもいいですか!?」
「もちろん」
リシアは嬉しそうに階段を駆け上がった。
「わあああっ!」
……元気だな。
俺も後を追う。
二階には、二つの小さな寝室が並んでいる。
「こっちがリシアの部屋。向こうが俺の部屋にしようと思ってるんだけど」
「……!」
リシアが目を丸くした。
「私のお部屋ですか!?」
「ああ。もともとお前の家だしな」
「……えへへ!」
彼女は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます!」
そして、少しだけ照れくさそうに続けた。
「……レンさん」
「ん?」
「これからも、一緒に暮らしてくれるんですよね?」
「……ああ」
俺は頷いた。
「少なくとも、当分はな」
「……よかった!」
リシアはほっとしたように笑った。
……なんだか、そこまで喜ばれると照れるな。
◇
夕食のあと。
俺たちは家の前に出て、村を眺めていた。
中央には大きな木。
その周囲には、今直した二階建ての家と、まだ傷んだままの二軒。
改めて見ると、ずいぶん不思議な光景だ。
一軒だけ、やたら立派になってしまった。
「……浮いてるな」
「はい!」
リシアが元気よく頷いた。
「すっごく浮いてます!」
「……そこは否定してくれてもいいんだぞ」
「でも、かっこいいですよ!」
「……まあ、いいか」
俺は小さく笑った。
残りの二軒も、いずれ直した方がいいだろう。
だが、今日はさすがに疲れた。
「リシア」
「はい?」
「明日は、ほかの家も見てみようか」
「本当ですか!?」
「ああ。村を少しずつ整えていきたいしな」
「……嬉しいです!」
リシアは巨大な木を見上げた。
「いつか、またここにたくさんの人が住めたらいいですね」
「……そうだな」
今は二人だけ。
家は三軒あるが、まともに使えるのは一軒。
それでも、始めなければ何も変わらない。
俺は星が見え始めた空を見上げた。
異世界に来て、まだ二日目。
まさか、こんな場所で家を建てることになるとは思わなかった。
……でも。
案外、こういう暮らしも悪くない。
「レンさん!」
「ん?」
「明日は何をしましょうか!」
「……まずは、今日の片付けからかな」
「はいっ!」
リシアが笑う。
俺もつられて笑った。
こうして、俺たちの小さな村づくりは、少しずつ始まっていった。




