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第三の月

羊皮紙の端が、指先で崩れた。


薄く、脆かった。三十年以上前に書かれた書類は、触れるだけで角が欠ける。カイは力を抜いた。親指と人差し指の腹だけで持った。中身を読む前に、紙そのものが壊れそうだった。


倉の中は暗かった。


昨夜降り続けた雪が、扉の隙間から入り込んでいた。薄く積もっていた——それが溶けて湿気が広がっていた。書類の束を収めた木箱が三つ、奥の棚の上に並んでいた。その横に、別の木箱が二つ。蓋に「管理記録」と書いてあった。文字は薄かった。


松明を箱の横に立てかけた。光が書類の上に広がった。


最初の木箱を開けた。書類の束が入っていた。縛ってある縄がすでに解けかけていた——誰かが開けた形跡が残っていた。グランか、それより前の誰かか。縛り直した形跡はない。放置された後、誰も触れなかった束だった。


一番上の書類を手に取った。


工程記録だった。石材の数量、作業日数、人員の名前。書き方がカイの記録の書き方と似ていた——数字が先に来て、説明が後についている。管理人の書き癖だったのか、王城から書式が定められていたのか、判断できなかった。


日付を確認した。


三十年前。ルーヴという名前が冒頭にあった。




書類の主要部分を読んだ。細かい数字の突き合わせは後回しにして、まず流れを追った。


ルーヴの記録は二年と三ヶ月分あった。最初の一年は整然としていた——石材の入出庫、作業員の割り振り、工程の進捗。第一区画の土台が入り、水路の掘削が始まり、石材の搬入ルートが確保された。書き方が几帳面だった。数字の修正が少ない。最初から正しく測っていた。


二年目に入っても、記録は安定していた。


カイは紙を置いた。次の束を取った。ルーヴの記録の後半部分——二年目の後半から三年目に入るあたりだった。


変わっていた。


数字の修正が増えた。訂正の跡が多くなった。行と行の間に書き足しがある。字が小さくなった——紙の余白が足りなくなっていた。書くことが増えたのか、書かずにいられなくなったのか。


その中に、短い記述があった。


「第三の月、補給の荷車来たらず。使いを出す」


ここでいう第三の月は、工事暦の月数だった——石積みを再開した春を一月目と数えていた。一年目の春から数えて二年目の三月目、それが境界だった。一行だった。


その次の月の記録に進んだ。


「補給、未だ届かず。調査中との書状あり。石材の手持ち、残り二週間分」


次の行——


「石材、尽きる。作業を縮小。人員四人に絞る」


その後の記録は少なかった。数字が一行ずつ並んでいるだけだった。説明がない。説明を書く気力がなくなっていたのか、それとも書くことが何もなかったのか。最後の記録は短かった。


「本日をもって職務を返上す」


日付があった。


三十年前の、冬だった。




カイは木箱を変えた。


次の箱は「管理記録・カッソ」と書いてあった。十五年前の記録だった。グランが言った通りだった——カッソという名前で、最初から補給を信用しなかった管理人だった。


最初の一年を飛ばした。


二年目の記録を開いた。


カッソの記録はルーヴと書き方が違った——日付が細かく入っていた。一日ごとに記録していた。人員の動き、石材の在庫、天候の変化、商人からの仕入れ記録。ルーヴより情報量が多かった。補給を自分で調達しようとしていた分、商人との取引が詳しかった。


二年目の後半に入った。


商人との取引の記録が増えていた——石材を北街道の商人から購入した記録、食料の手配を別の商人に依頼した記録。王城の補給に頼らない体制を作ろうとしていた。


「第三の月より十日ほど前、商人からの石材届かず。問い合わせに向かわせる」


一行だった。ルーヴとほぼ同じ時期——だが王城の補給ではなく、自分で手配した民間の商人が止まっていた。その違いが気になった。


「石材商人より、他の取引先から圧力があり荷を引けぬとの返事。別の商人を当たる」


その次——


「別の商人も同様の事情と言う。同じ月の同じ旬に、複数の商人が同時に引いた。食料については一軒、依然として取引を続けてくれているが、石材の手当てが立たない」


カイは紙を置いた。


王城の補給が止まるのと、商人への圧力で石材が止まるのは、仕組みが違う。だが複数の商人が同じ時期に同時に引いた、というのは偶然では説明できない。誰かが調整していた。しかも補給の打ち切りより早く動いた——カッソが独自の手当てをしようとしていることを、止める側が知っていたことになる。


それだけ広く目が届いている者がいる。


「石材の入手が困難になりつつある。作業の縮小を検討している」


カイの頭の中で年表が動いた。


ルーヴの時は補給の荷車が止まった。カッソの時は石材商人への圧力で止まった。方法が違う。だが止まった時期が、どちらも二年目の第三の月前後で一致していた——数週間の差はあれど、同じ季節の同じ段階だった。


偶然ではない。


グランが言った通りだった。




三つ目の木箱を開けた。


「管理記録・その他」と書いてあった。ルーヴとカッソの間の時期のものだった。別の名前が二つあった。


一つは二十二年前の記録だった。


書類の量が少なかった。最初の数枚だけで終わっていた。詳細な記録が残っていない——最初の一年も終わらないうちに止まっていた。設計の途中段階の図面が一枚あった。カイはその図面を見た。


図が見えた。


管理人が描いた設計図だった——素人の図面ではない。基礎の取り方を知っている人間の図だった。東側の地盤が柔らかいことも分かっていた。北側の斜面の角度も正確に測っていた。丁寧な図面だった。だが完成していない。途中で止まっていた。


図面の余白に小さく書いてあった。


「第三の月前に引き上げを余儀なくされた」


それだけだった。


その管理人の名前は、記録の最初のページにあった。カイは名前を読んだ。読んで、記録帳に書き移した。後で調べる。


もう一つの名前の記録を開いた。


三十一年前——ルーヴより一年前だった。この記録は短かった。一年分しかない。


「補給の件、上申のため王城へ赴く予定」


最後の記録はそれだけだった。赴いた記録はない。帰ってきたかどうかも分からない。


カイは木箱を閉じた。




松明が半分になっていた。


倉の外で、雪が降り続いていた。足音が聞こえた。扉が開いた。グランだった。


「まだいたのか」


「います」


グランは倉に入ってきた。カイの横に来て、木箱を見た。記録帳に書き移した数字と日付を、上から読んだ。


「全部読んだか」


「主要部分は。四人分、補給の流れを確認しました。細かい日付の突き合わせは後で」


「何が分かった」


カイは記録帳を見た。


「全員、二年目の第三の月前後に停止しています。補給の荷車が来なくなるか、商人への圧力で石材が届かなくなるか——方法は違いますが、時期が近い。一年目は止まらない。二年目の第三の月が境界です」


グランは記録帳を見た。老棟梁の目が、カイが書き移した年表を読んでいた。


「ルーヴが来る前の管理人は」


「一人います。三十三年前——ルーヴより一年前です。記録が少ない。一年分しか残っていない。王城へ赴く予定、という記録が最後です」


「……そうじゃ。その男のことは聞いている。記録をつける前に去ったから何も残っていないと思っていた」


「一枚あります。赴くと書いた紙だけ」


グランは鼻から息を出した。「赴いた、ということは——最初から第三の月を待たなかったということか」


「そうなります」


グランは木箱を見た。「……センのこともある。知っているか」


「名前だけです」


「わしが直に見た。補給打ち切りではなく——上申書が握りつぶされた。王城に届いていなかった。書類は残っていないが、わしが使いを出して確かめた」グランは声を落とした。「あれも第三の月の前後じゃった」


二人は木箱を見た。


グランが低い声で言った。「一年目は通る。二年目の第三の月が来たら止まる。それが繰り返されてきた」


「はい」


「誰かが時期を決めている」


「時期を決めているか、時期に合わせて動いている者がいます。どちらかです」


グランはそれ以上言わなかった。炭筆の先で木箱の縁を一度だけ叩いた——意識してではなく、考えているときの癖だった。カイはその音を聞いた。


「ほぼ同じじゃ」


グランが言ったのはそれだけだった。鍋を持つ手の指が白くなっていた。知っていた重さではなく、改めて数字で突きつけられた重さだった——老棟梁が長年抱えてきたものが、記録帳の年表の上で形になっていた。




昼になった。


ヴィルが昼前に倉に来た。帳面を抱えて入ってきた。倉の書類の山を見て、足を止めた。


「何を読んでいたんですか」


「歴代の記録です」


「全部ですか」


「全部」


ヴィルは帳面をめくった。前髪を払った。「今日の収支の報告をしようと思っていましたが——後にしますか」


「今でもいいです」


「分かりました。今日は木工班から報告が上がっています。窓枠の一棟分が完成したと——」ヴィルは帳面を見た。「フォルスさんが昨日の午後から続けてやっていたようで。三日早まりました」


「良い」


「宿屋の窓枠が入ると、入居できる部屋が増えます。移住者の希望者が三名待っています」


「来週には入れます」


「つまりこういうことですよね——窓枠が入ったら入居を進める、ということで」ヴィルが言った。「了解しました。三名に伝えます。あと、集会所の設計ですが——カイさんが場所の確認をすると言っていた件は」


「場所の確認は明日にします。雪が止んでから」


「分かりました」ヴィルは帳面に書き込んだ。「……カイさん、その書類、何か見つかったんですか」


カイは記録帳を見た。


「見つかりました」


「何が」


「歴代の管理人が全員、二年目の第三の月前後に止まっています。補給か、石材の入手かのどちらかが止まる。時期が近い。それと——グランから聞きましたが、別の管理人は上申書を握りつぶされています。方法は違うが、時期は同じです」


ヴィルは帳面を閉じた。


「全員、ですか」


「四人と、グランが直に見た一件。全部そうです」


ヴィルは少しの間、黙っていた。前髪を払う手が止まっていた。帳面の外側を指で叩かなかった——計算が走っているときの静けさだった。


「つまりこういうことですよね——一年目は動ける。二年目の第三の月が来ると止められる。それが仕組まれている、ということで」


「そうです」


「……誰が」


「まだ分かりません」


ヴィルは帳面を開いた。何かを書いた。カイからは見えなかったが、書いた。帳面を閉じた。


「分かりました」ヴィルは言った。「もし俺の商人のネットワークで何か調べられることがあれば言ってください。王城の内部は難しいですが——辺境の物資の流通なら、誰がどこを押さえているかは調べられます。カッソの時に石材商人に圧力をかけた者の動きなら、商人伝手で痕跡が出るかもしれない」


「頼みます」


「了解しました」ヴィルは立ち上がった。「それと——カイさん、今日の昼飯は食べましたか」


「まだです」


「そうですよね。ここにいる間は絶対に食べない」ヴィルは出口に向かった。「グラン爺に言っておきます」


扉が閉まった。


カイは記録帳に目を戻した。


四人の管理人の記録が縦に並んでいた。グランの証言を加えて五件——年表だった。三十三年分の、繰り返しの記録だった。一年目が通る。二年目の第三の月前後に止まる。全員が止まった——そして去った。


歴代の管理人が全員、この年表の中にいた。


カイは炭筆を取った。年表の下に、現在の日付を書いた。炭筆の先が紙に触れる感触があった——乾いた紙の抵抗が、数字の重さに変わった。


ハルムに来て一年と三ヶ月が経っていた。




夕方になった。


グランが鍋を持って倉に来た。


「倉で飯を食うな」


「そうします」


「持って戻れ。炉のそばで食え」


カイは書類を木箱に戻した。整理した順に入れた。後でもう一度読む。細かい数字の確認が残っていた——石材の発注記録と、補給の荷車が来た時期の日付を突き合わせる作業だった。今日は時間が足りなかった。


グランが鍋を持ったまま待っていた。


「グラン爺」


「なんじゃ」


「今から始まるのは二年目の第三の月ではないか、という計算をしていました」


グランは動かなかった。


「カイが来て、一年と何ヶ月じゃ」


「一年と三ヶ月です」


グランは少しの間、鍋を見た。湯気が立っていた。白い湯気が倉の冷えた空気の中に広がった。


「ほぼ同じじゃ」


グランは鍋から目を離さなかった。老棟梁の手が鍋の把手を少しだけ強く握った。


「はい」


「それで」


「準備します」


グランは鼻から息を出した。


炉のそばに戻った。石の部屋が暖かかった。鍋を炉の上に乗せた。カイは机の前に座った。記録帳を開いた。年表の下に現在の日付がある。その隣に、別の書き込みを始めた。


物資の手持ちの確認。石材の在庫、木材の備蓄、食料の量。現在の数字と、補給が止まった場合の維持期間の計算。


グランが横から言った。「今年の三ヶ月目はいつじゃ」


「春が来て二ヶ月後です。石積みが再開して二ヶ月目になります」


「……急がんほうがいいとは言えんな」


「急ぎます」


グランは炉を見た。炎が安定していた。石の壁が熱を返し始めていた。


鍋の音がした。


カイは記録帳に数字を入れた。在庫の計算——石材は春になれば商人から再調達できる。ルーヴの時と違うのは、今のハルムには通行料の収入がある。商人との取引実績がある。カッソの時と違うのは、複数の商人と関係が出来ている——一つを押さえられても別の経路がある。


全部が潰される可能性はある。


だが全部を同時に潰すには、相当な力がいる。


誰が、どれだけの力を持って、ハルム丘陵を止め続けてきたのか。三十三年間、同じことを繰り返してきた者がいる。


記録帳の年表を一度見た。


炭筆が止まった。


問題ない。来週には終わる。


声に出さなかった。グランが横にいた。年表の下の日付が、松明の明かりの中にあった。


炭筆を動かした。鍋の湯気が机の上まで来ていた。春が来れば石積みが再開する。再開して二ヶ月が経てば、第三の月が来る。来るなら来た時に対処する——来る前に在庫を積み、別の調達経路を確保し、記録を完全に残す。


歴代の管理人が止まった場所を、止まらずに通る。


それだけだった。


倉の書類は明日もう一度読む。細かい日付の突き合わせが残っている。ヴィルの商人ネットワークからの情報も待つ。答えが出るのは春が来てからかもしれない。来年の夏かもしれない。


だが今夜、一つの答えは出た。


人為的だ。


それは確かだった。




夜になった。


グランが先に眠った。炉の火は一晩保つように入れてある。石の部屋が暖かかった。


カイは机の前にいた。


記録帳に年表の続きを書いていた。ルーヴ、カッソ、その間の二人——そしてグランから聞いたセンの件。センの場合は補給打ち切りではなく上申書の握りつぶしだったが、時期は重なっていた。書類は残っていない。グランが直に確かめた。方法が違うだけで結果は同じだった。


上申書を出した管理人は追い出された。補給が止まった管理人も追い出された。商人を押さえられた管理人も去った。


去るまでの時間が、全員ほぼ同じだった。


カイは炭筆を置いた。


記録帳の年表の下、現在の日付の隣に、一行だけ書き足した。


「第三の月、来年の春二ヶ月後。備え、今から始める」


その下に線を引いた。


来週には倉の書類を全部読み終わる。細かい日付の突き合わせが終わる。在庫の確認も終わる。春が来る前に、準備を整える。


炭筆をまた持った。


木工の工程記録を書いた。グランに言われた通りの記録だった——現場の数字を書類にする。フォルスの窓枠が一棟分完成した。三日早まった。その数字を入れた。


書きながら、頭の別の場所で年表が動いていた。


三十三年分の繰り返し。


まだ全部は見えていない。だが一つだけ分かっていた——止められても逃げなければ、年表は変わる。


外の雪はまだ続いていた。第一城壁の石積みが、雪の下で春を待っていた。


炭筆が工程記録の最後の行を埋めた。数字が揃った。指先に熱が来た。炉の石が返してくる温度だった——倉の冷気ではなく、今夜の部屋の温度だった。


問題ない。来週には終わる。


今度は指先が感じていた。紙の乾いた感触と、炭筆の重さだけがあった。


明日、倉に戻る。



あとがき: |

第13話です。倉の書類を読んだカイが、歴代管理人の全員が「二年目の第三の月」に止められてきたパターンを発見します。ルーヴの補給打ち切り、カッソの石材商人への圧力——方法は違っても時期が近い。人為的だ、と答えが出た話でした。そしてカイは気づいています——ハルムに来て一年と三ヶ月、今の自分もその「第三の月」に近づきつつある。次話では王城への陳情が動きます。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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