第九話 誰も振れない
第九話です。
朝。
まだ日も昇りきっていない。
兵舎には既に人影があった。
レンだった。
木剣を握る。
振る。
ブォン。
静かな訓練場に重い音が響く。
一回。
二回。
三回。
呼吸を整える。
腕は痛い。
肩も重い。
それでも振る。
毎日そうしてきた。
孤児だった頃から。
兵になった今も。
「朝から何してんだ、お前」
カイルだった。
眠そうに目を擦っている。
「訓練」
「見れば分かる」
そう言いながら近づいてくる。
視線は木剣に向いていた。
「前から思ってたけど」
「その木剣、重すぎないか?」
レンは答えない。
自分でも普通じゃないと思っている。
カイルは興味本位で手を伸ばした。
「ちょっと貸せ」
レンは少しだけ迷った。
だが差し出す。
カイルは片手で掴む。
その瞬間。
「……え?」
木剣は動かない。
両手に変える。
顔を赤くする。
「ぐっ……!」
持ち上がらない。
びくりとも動かない。
レンは首を傾げた。
「そんなに重いか?」
「そんなにって何だ!」
カイルは息を切らす。
「これ木だろ!?」
「なんで岩みたいなんだよ!」
騒ぎを聞きつけて何人か集まってくる。
「どうした?」
「そいつの木剣が化け物らしい」
興味を持った兵士たちが順番に挑戦する。
だが。
誰も持ち上げられない。
鍛冶屋の息子も。
猪を狩っていた男も。
大柄な農民も。
全員駄目だった。
最後に一番身体の大きな男が挑んだ。
「うおおお!」
顔を真っ赤にして力を込める。
だが木剣は動かない。
「なんだこれ……」
男は尻もちをついた。
兵士たちがざわめく。
「呪われてるんじゃないか」
「本当に木剣か?」
レンは無言だった。
自分には持てる。
振れる。
だが他の者には無理。
そんなこと考えたこともなかった。
その時。
後ろから声がした。
「騒がしいな」
ガルドだった。
兵士たちは慌てて道を空ける。
「何をしている」
事情を聞いたガルドは木剣を見る。
「貸せ」
レンは差し出した。
千人長なら持てる。
誰もがそう思った。
ガルドは柄を握る。
力を込める。
だが。
木剣は持ち上がらなかった。
周囲が静まり返る。
ガルドはもう一度試す。
結果は同じだった。
やがて手を離す。
「……変な剣だ」
それだけ言った。
レンは木剣を拾う。
そして軽く振る。
ブォン。
いつもの音が響く。
兵士たちは言葉を失った。
ガルドだけが黙ってレンを見ていた。
まるで。
何かを思い出すように。
その日の夜。
白髪の老人は一人で酒を飲んでいた。
小さく笑う。
「そうか」
「あの木剣は、お前しか振れんか」
机の上には古い紙が置かれていた。
そこには先王の字で、
短く一行だけ書かれていた。
『あの子に渡してくれ』
老人は紙を静かに閉じた。
第九話でした。
今回は木剣が普通の武器ではないことを、レン以外の視点から描いてみました。
また、老人と先王の繋がりも少しだけ見せています。
次回からは軍での訓練や、新たな試練へ進んでいく予定です。
読んでいただきありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。




