# 第33話「カインさん、腕は治りましたか」
本作は全35話予約投稿済みですのでエターなるはありません
# 第33話「カインさん、腕は治りましたか」
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午後の光が、石畳に斜めに落ちていた。
カナトは水場の脇に立っていた。
頼まれた桶を返しに来ただけだった。
「カナトさん」
声がした。
振り返ると、ドリスがいた。
少し離れたところに立っていた。
弓は背負っていなかった。
「少しだけ、いいですか」
カナトは桶を脇に置いた。
「はい」
それだけ言った。
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ドリスは近づいてきた。
途中で止まった。
二歩分くらいの距離。
「あの時のことを——」
声が詰まった。
カナトは聞いていた。
続きを待っていた。
でも続きが来なかった。
少し間があった。
「……カインさん、腕は治りましたか」
カナトが先に言った。
ドリスが固まった。
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カナトは待った。
特に何も考えていなかった。
ただ知りたかった。
「……治った」
ドリスが言った。
声が低かった。
「治ったよ」
もう一度、言った。
今度は少し高かった。
「そうですか」
カナトが言った。
「よかったです」
それだけだった。
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カナトは桶を拾った。
水場の隅に立てかけた。
かたん、と音がした。
「では」
踵を返した。
三歩歩いた。
四歩目も歩いた。
後ろから声はこなかった。
(……カインさんが大丈夫なら、全部大丈夫な気がする)
声には出なかった。
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ドリスは動かなかった。
カナトの背中が路地の角に消えた。
石畳だった。
日が斜めに当たっていた。
「なんで」
声が出た。
続きは出なかった。
何もなかった。
「よかったです」だった。
ドリスは顔を下に向けた。
目に何かが来た。
ぬぐわなかった。
石畳の模様がぼやけた。
誰もいなかった。
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夕方だった。
ドリスはヴァルトを見つけた。
宿の外壁に背を預けて立っていた。
「謝れなかった」
ドリスが言った。
ヴァルトは何も言わなかった。
「でも、終わった気がする」
ヴァルトが空を見た。
「……そうか」
それだけだった。
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*【記録 / L.記】*
*33日目。修繕:なし。*
*午後、水場の脇にてドリスとカナト氏の接触を確認。*
*ドリス「あの時のことを——」*
*カナト氏「カインさん、腕は治りましたか」*
*ドリス「……治った。治ったよ」*
*カナト氏「そうですか。よかったです」*
*以上で会話終了。カナト氏は自ら立ち去った。*
*カナト氏、カインの腕の心配をしていた。怒りは観測されなかった。追放への言及もなし。*
*「よかったです」の後、独り言は声に出なかった。*
*ドリスはその後、四半刻ほど水場の脇に留まっていた。詳細は記録しない。*




