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第3話 宿場町に着きました(いつの間にか便利屋になっていました)

本作は全35話予約投稿済みですのでエターなるはありません

宿場町が見えてきたのは、昼を少し過ぎたころだった。


丘の下に広がる、こぢんまりした集落。交易路の中継地らしく、通りに沿って宿が三軒、食堂が二軒、雑貨屋と鍛冶屋が一軒ずつ並んでいる。馬の往来。荷を背負った商人。斜に構えて壁にもたれている冒険者らしき男。


賑やかだが、整っていた。喧嘩の声も聞こえない。流れ者が多い割に、落ち着いた空気がある。


「……悪くないな」


口から出る。


また漏れていた。


---


宿に入ると、受付の女将さんが顔を上げた。四十代くらい、よく働くという顔をしている。


「一泊ですか?」


「しばらくお世話になるかもしれないです」


「あら、定住?」


「……たぶん」


「ギルドカード見せてもらえる? うちは登録制なんだけど」


カードを差し出す。女将さんが表を確認して、裏を確認して、俺の顔を見た。


「カナト・ミレル。Cランク。追放歴なし、か」


「はい」


「あの、旅の人に訊くのもなんだけど、腕は立つ方?」


「立たないです」


断言した。


女将さんは少し目を細めた。立たない、と断言する人間をたまに見るが、そういう人間にかぎって、という顔をしている。


「何かできることある?」


「できることは……」


考える。追放される前に自分の仕事だったこと。荷物運び。偵察。補助全般。特別な技術ではない。


「……なんでも少しずつ、くらいです」


独り言のつもりだった。


女将さんが、手を止めた。


チェックインを待っていた旅人らしき男が、書きかけていた帳簿から顔を上げた。


「……なんでも少しずつ」


旅人がそっと繰り返した。まるで確かめるように。


「ずっと一つだけを磨けば強くなれると思っていたが」


誰に言うともなくつぶやいて、また黙った。


俺にはよくわからなかった。


女将さんが静かに鍵を渡してきた。


「部屋は二階の突き当たりよ」


「はい」


俺は鍵を受け取って、階段を上がった。後ろで旅人がまだ何かを言っていたが、内容は聞こえなかった。


---


部屋は小さかった。


窓から通りが見える。荷台が行き来し、商人が値段交渉をし、冒険者が連れ立って歩いている。交易路の宿場町というのは、こんな感じか。


「……静かにできそうだ」


口から出る。


できそうか? 本当に?


少し自問してから、窓の外に目を戻す。


通りには冒険者が数人いた。どいつもそれぞれのスキルを持って生きている。スキルというのは選べない。世界樹が決めたものは、生まれた日から変わらない。強いスキルを持つ者が実績を積み、弱いスキルを持つ者は積めない。それだけの話だ。


世界樹のバグ、と言った人間がいた。欠陥品と言った人間もいた。俺のスキルのことだ。否定はしなかった。たぶん、そういうスキルだ。


まあ、やってみるしかない。


---


夕方、食堂に下りると、一席だけ空いていた。


相席になったのは、初老の行商人と、草臥れた顔の冒険者だ。名前は知らない。聞くつもりもない。


食事をしていると、行商人が話しかけてきた。


「旅人さんかい?」


「まあ、そうです」


「どこから来た?」


「北の方から」


「ふうん」


行商人はスープを飲んだ。話が終わった、と思ったら、また話しかけてきた。


「この町、初めて?」


「はい」


「しばらくいるの?」


「……多分」


「じゃあ丁度いい」


「何が丁度いいんですか」


「実は荷物の仕分けが追いつかなくてな。手伝ってくれる若い人を探してたんだ」


「俺は」


「日当は出す。重い荷は持たせない。半日でいい」


断ろうとした。


「いや」と「はい」が同時に口まで来た。


「……いくらですか」


「はい」の方が先に出た。


---


翌朝。


行商人の荷台で、木箱を仕分けた。


布地の束。陶器の破片防止用の梱包。香辛料の小袋。交易路を北から南に運んでいるらしく、品種が多い。


「慣れてるね」


「そうですか」


「もしかして、荷運びの経験ある?」


「……輸送依頼は何度かあったので」


冒険者の仕事というのは、魔物討伐だけではない。むしろ物資輸送や情報収集の方が依頼数は多い。俺はずっとそういう仕事をしていた。


「また頼んでいいかな」


「俺ここにしばらくいるので、必要なときは」


「この宿に泊まってんの?」


「そうです」


「じゃあ女将のとこに話通しといくよ」


「いや特にそこまでは」


「ありがたい。助かった」


聞いていなかった。


---


昼前に、今度は鍛冶屋の親父が通りに顔を出した。


「さっき荷台の仕分けしてた若いの、ちょっといいか」


「俺ですか」


「道具の整理を手伝ってほしいんだが」


「整理、というのは」


「並べるだけ。種類ごとにまとめてほしい」


半日仕事じゃないか、と思ったが、口には出なかった。


「……いくらですか」


また聞いていた。


---


その日の夕方。


宿の前で、女将さんが腕を組んで待っていた。


「昼の間に三人から話が来たわよ」


「話というのは」


「あなたに頼みたい仕事の話。あの食堂のおかみさん、薪割りを誰かに頼みたかったって。宿の裏の薪が足りなくて。冒険者にも頼んだんだけど、こういう地味な仕事は受けてくれなくてね」


「俺は冒険者です」


「まあ」


「地味な仕事は断りません、とかそういう話はしていません」


「でも断れないでしょ」


一瞬、止まった。


「……なんでわかるんですか」


「顔に出てる」


俺の何が顔に出ているんだろう、と思ったが、それより先に女将さんが続けた。


「仕事が来たら私に通してもらうことにした。まとめた方が効率いいでしょ。あなたに直接声かけると逃げられるかもしれないから」


「逃げません」


「断れるの?」


「……」


「ね。じゃあこれからこの宿が窓口。嫌な仕事は私が断る。どう?」


「いや、でも俺は別にそういう」


「便利屋ってことでいいじゃない」


「俺はそういうつもりで」


「決まりね」


決まっていなかったと思うが、女将さんは既に宿の中に戻っていた。


---


宿の部屋に戻る。


窓から通りを見下ろした。行き交う人の波。昼よりも少し賑わっている。夕方になると、長距離を移動してきた商人や冒険者が宿に入ってくるのだ。


「……なんで便利屋になってるんだ」


独り言が出た。


静かに生きることが、目標だった。パーティの補欠でもなく、誰かの便利屋でもなく——ただ、誰も俺を必要としない場所で、俺が俺だけで完結する。それだけでよかった。


「……まあ、悪くはないか」


続けてもう一つ出た。


---


通りの向こう、食堂の軒下。


視線を感じて、窓の外に目を向けた。


初老の男が一人、こちらに背を向けて立っていた。


旅装でもなく、商人風でもない。引退した冒険者、とでも言えばいいのか、使い込まれた外套に、静かに立っている。


その男が、少しだけ顔をこちらに向けた。


こちらを見た。


でも、何も言わなかった。


ただ見て、また視線を通りの向こうに戻した。


なんだったんだ、と思ったが、特に気にしなかった。


---


俺は窓を閉めた。


明日の仕事のことを考える。薪割り。何件かの荷仕分け。あとは追加が来るかもしれない。


「……静かにできると思っていたんだが」


漏れた。


でも、今日の夕食代は出た。明日の分も、たぶん出る。


宿代も心配しなくていい。


「……まあ、悪くはないか」


同じことを二回言っていたことに、俺は気づいていない。


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