第27話「判定:保留(より複雑化)」
本作は全35話予約投稿済みですのでエターなるはありません
朝の光が横から差し込んでいた。
宿の北側の壁。
昨日の雨で木板の継ぎ目が浮いていた。
女将さんが「今日中に頼むわね」と言って、返事を待たずに食堂に戻っていった。
カナトは道具袋を地面に置いた。
継ぎ目を指で押した。わずかにたわむ。
「(雨水が入ったな)」
声に出た。
「そうですね」
ヴィオが壁から少し離れた場所に立っていた。向いているのは壁の反対側、宿の庭木の方向だった。
カナトは道具を出した。
木べらで継ぎ目の汚れをかく。乾かす。パテを詰める。
指で押さえる。
なんか、まとまった。
継ぎ目が内側から閉じるような感触があった。指の腹に、小さな圧力が返ってきた。それだけだった。
「(……今日もあった)」
声には出なかった。
全身にうすい疲れが来た。修繕一か所分の重さ。カナトはそれを朝仕事の疲れと区別できていなかった。
「木の音が変わりましたね」
ヴィオが言った。庭木の方を向いたまま。
「変わりましたか」
「変わりました」
カナトは道具を片付けた。
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食堂の横の通路に折りたたみの腰掛けが三脚出ていた。
女将さんの計らいだった。カナトが断る前に決まっていた。
ルナがすでに座っていた。手帳を開いていた。
ヴィオが隣に座った。杖を膝に置いた。
カナトは残った腰掛けに座った。
「(なんでこうなってるんだ)」
声に出た。
ルナが手帳のページを繰った。
「朝の修繕の件ですが」
「終わりました」
「ありがとうございます」
それだけだった。
ルナはメモを取った。カナトにはその内容が見えなかった。
少し間があった。
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カナトは湯飲みを両手で持ったまま、天井を見た。
「(……そういえば)」
「そういえば」
声に出ていた。
ルナが顔を上げた。
「盲目は見ていないに入りますか問題」
カナトは言った。
「まだ未決着でしたよね」
「はい」
ルナは答えた。感情のない返し方だった。手帳のページを戻した。
「あれから何か変わりましたか」
「結論は出ていません。保留です」
カナトはヴィオの方を向いた。
「ヴィオさん的にはどうですか」
ヴィオは杖を両手で持ち直した。少し考えるような間があった。
「私は見ていないと思います」
「はい」
「ただ」
ヴィオは続けた。
「感じています」
沈黙が来た。
「……感じていますか」
カナトは繰り返した。
「はい。今朝も感じました。何かが変わる、その手前の——何かです。うまく言えませんが、感じました」
カナトは湯飲みを机に置いた。
少し考えた。
「感じているは」
と、カナトは言った。
「見ているに入りますか」
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三人とも黙った。
ルナの手が止まった。
ヴィオが杖を静かに握り直した。
カナトは天井を見ていた。
「(……入るのか。入らないのか)」
声には出なかった。
外から荷馬車の音が通った。
それが遠ざかっても、三人は何も言わなかった。
ルナが手帳を開いた。
何かを書いた。
カナトにはその内容が見えなかった。
「……ルナさん」
「はい」
「今、何て書きました」
ルナは手帳を閉じた。
「記録です」
「何の」
「今の件です」
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ルナが書いたのは、これだった。
*感じているは見ているに入るか問題、発生。判定:保留(より複雑化)*
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通路の奥からズバンが角を曲がってきた。
三人が妙に静かに座っているのを見て、足を止めた。
「……なんかあったか」
「問題が複雑化しました」とルナが言った。
「どの問題が」
「ヴィオさんの件です」
ズバンはヴィオを見た。ヴィオは穏やかに微笑んでいた。
ズバンはカナトを見た。カナトは天井を見ていた。
「……そうか」
ズバンは腰掛けを引いてきて座った。
「(参加するんですか)」
カナトの声が出た。声に出ていた。
「俺も聞いていい話か?」
「聞いても解決しません」
カナトが答えた。
「そうか」
ズバンは湯飲みを取った。それ以上は何も言わなかった。
通路にまた静かな時間が来た。
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ゴドルが食堂の戸口に立っていた。
いつから立っていたのかわからなかった。
四人が揃っているのを一度見て、食堂の中に消えた。
それだけだった。
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夕方、ズバンは自分の部屋に戻った。
引き出しを開けた。
封をしたままの報告書があった。宛先はヴァルト殿。昨日も送っていなかった。
ズバンはそれを見た。
しばらく見た。
「(ヴィオさんの件って、何だったんだ)」
声に出た。
廊下に誰もいなかった。
そのことを考えた。
問題が複雑化した、とルナは言った。何がどう複雑化したのかは聞かなかった。
カナトは天井を見ていた。
ヴィオは穏やかに笑っていた。
ルナはメモを取った。
ゴドルはちらっと見て消えた。
ズバンは引き出しを閉めた。
今日も送らなかった。
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*【記録 / L.記】*
*27日目。修繕:北壁・木板継ぎ目一か所。発動確認。疲弊軽微。ヴィオ氏が庭木の方向を向いていた状態で成立。*
*出来事:「盲目は見ていないに入るか問題」の継続審議。今回の追加要素:ヴィオ氏本人が「感じている」と発言。*
*これを受け、カナト氏より「感じているは見ているに入るか」という問いが提示された。*
*三者沈黙。結論なし。*
*判定:保留(より複雑化)*
*(ヴィオが「感じた」という事実は今日の時点で確認済み。何を感じているかは、本人も言語化できていない。問題はひとつ増えた)*




