第24話「ものが、元の場所に戻っていた」
本作は全35話予約投稿済みですのでエターなるはありません
翌朝、女将さんは朝食の片づけが終わらないうちに仕事の話を始めた。
「南側の物置の棚、又釘が緩んでる。
宿の裏の排水溝は目地が剥がれてきてるからそっちも。
あと馬小屋の掛け金、昨日から引っかかってるって言われてて」
カナトは茶碗を置いた。
「……三件ですか」
「優先順位は物置の棚。
荷物が落ちてからじゃ遅い」
「わかりました」
女将さんはすでに厨房に引っ込んでいた。
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物置は宿の東裏にある。
朝の光が木壁の隙間から差し込んで、埃が浮いて見えた。
棚は三段。一番上の段の左側が外れかけている。
又釘が二本、木材の膨張で浮いたらしい。
道具袋を下ろして確認した。
「……ああ、これはただ打ち直せばいい」
声に出ていた。
金槌を手に取る。
又釘を押さえて、位置を合わせる。
二回打って、止まる感触があった。
「(なんか、ちゃんとはまった)」
声に出た。
棚を揺らしてみる。
動かない。
カナトは道具を袋に戻した。
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裏の排水溝は少し手間がかかった。
目地材を練って詰める作業で、手がすぐに冷たくなる。
隙間に押し込んで、均す。
「(乾くまで触るな、ということか)」
誰もいない。
声は空気に吸われて消えた。
手を拭いて、次の場所に向かった。
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馬小屋の掛け金は、見た瞬間に原因がわかった。
差し込み棒が少し曲がっている。
そのせいで受け金具に噛まない。
カナトは棒を手で押さえてみた。
角度を変えて、もう一度。
「(これ、外さずに直せるか)」
受け金具の方を指で当たってみる。
——少し、動く。
固定する螺子が二本あった。
緩めて位置を調整する。
差し込み棒を入れると、今度は止まった。
「(よかった。外さなくて済んだ)」
馬が一頭、こちらを向いていた。
カナトは目を逸らした。
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三件を終えて宿に戻ると、ちょうどズバンが食堂から出てくるところだった。
何か言いかけた気がした。
カナトは軽く頭を下げて、そのまま通り過ぎた。
廊下の突き当たりで道具袋を壁際に置く。
「(昨日から静かだ)」
声に出ていた。
少し考えて、もう一度思った。
「(昨日から、というか)」
続きは出てこなかった。
廊下の突き当たりに、誰かが通ったあとの空気だけが残っていた。
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ズバンは食堂に戻らなかった。
外に出て、宿の前の小道を少し歩いた。
封をした報告書は部屋の机の隅にある。
宛先は書いてある。
差出人の名前も書いてある。
送れば届く。
ヴァルトはもうここにいない。
だから届くのは別の場所だ。
好きにしろ、か。
その言葉が頭の中で繰り返した。
ズバンは少し歩いて、止まった。
好きにしろ、というのは。
「させてやる」ではない。
「もうお前の行動に俺は関与しない」でもない気がした。
どちらでもない、何か別のことを言っていた。
そこまで考えて、答えが出なかった。
ズバンは小道の端で立ち止まり、空を見た。
薄い雲が西から流れていた。
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昼過ぎ、カナトはゴドルと食堂で同じ時間になった。
先に来ていたゴドルは、いつもの隅の席に座って茶を飲んでいた。
カナトは窓際に座った。
何も言わなかった。
ゴドルも何も言わなかった。
料理が来て、食べた。
ゴドルが先に立った。
「ごちそうさん」と言って出ていった。
カナトは食事を続けた。
「(静かだ)」
声に出ていた。
今日で何度目か数えていなかった。
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夕方、女将さんから追加が来た。
「北の客室の窓框、開閉が渋いって。
今日中に直して」
「今日中に、ですか」
「今日中に」
返事は終わった扱いだった。
カナトは道具袋を担いで廊下を歩いた。
客室の窓框は木製で、湿気で膨らんでいた。
削って調整する類の修繕だった。
鑿を当てて少しずつ削る。
開けてみる。
まだ渋い。
もう少し削る。
開けてみる。
滑らかに動いた。
「(これくらいか)」
声に出ていた。
窓の外は夕暮れで、小道の向こうに木の列が見えた。
人は通っていなかった。
「(静かだ)」
声に出ていた。
カナトは窓を閉めて、道具を片づけた。
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廊下に出ると、ズバンが壁に寄りかかっていた。
何かを考えている顔をしていた。
目が合った。
ズバンは軽く顎を引いた。
カナトも軽く頭を下げた。
それだけだった。
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部屋に戻ってから、ズバンは机に向かった。
報告書を引き出しの中に入れた。
封は、まだそのままにしてある。
送るかどうかは、まだ決めていない。
ただ、今夜送る気にはなれなかった。
それだけだった。
好きにしろ。
もう一度、頭の中で声がした。
今度は少し、重みが違って聞こえた。
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*【記録 / L.記】*
*24日目。修繕:物置棚、排水溝目地、馬小屋掛け金、客室窓框。四件完了。スキル発動の有無:未確認(観察なし)。*
*カナト氏の独り言、本日は「静かだ」を三回。同一内容の反復は初観測。*
*(何を測っているのか)*




