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第11話「広まっています(女将さんのせいで)」

本作は全35話予約投稿済みですのでエターなるはありません

朝の食堂は、いつも煙と油の匂いから始まる。


カナトが席につくと、女将さんがすでに皿を置いていた。


「今日ね、鍛冶屋のガヴァルさんとこの炉台が割れたって話で」


「……はあ」


「修繕、お願いできる?」


(また始まった)


口には出なかった。出なかったはずだった。


「断れないやつだ」


声が出た。


女将さんは特に気にした様子もなく続けた。


「昨日話しといたから。午前中に行けばいるって」


「あの、俺が行くって誰が決めたんですか」


「あなたが来る前に」


(来る前に、ということは……)


「……俺が来る前から話したんですか」


「昨日の夕方にね、ガヴァルさんが食堂に来て。便利屋さんいる?って聞くから。いるいる、って話して」


カナトはパンをちぎる手を止めた。


「……知ってたんですか。俺のこと」


「町の人はみんな知ってるわよ」


女将さんは当然のことのように言った。


「行商人さんたちが来るたびに話してくれるし、私も宣伝したし」


(宣伝した、と言った)


「……宣伝」


「便利屋さんがいるって。腕が確かで、変なスキルがあって、変わった依頼も断らないって」


「断ってます」


「断ってないでしょ」


女将さんは笑顔のまま、空になった皿を回収した。


「ガヴァルさんとこ、午前中ね」


返事を待たずに厨房へ戻っていった。


カナトはしばらくパンを見つめた。


「……広まってる」


誰もいない食卓で、声が出た。


---


鍛冶屋は宿から三本道を南に折れた場所にあった。


炉の音と鉄の匂いが路地に流れ出ていた。


ガヴァルは五十がらみの、腕の太い男だった。


「噂通りの人が来た」


カナトが入口に立つと、そう言った。


「噂通りって、どんな噂ですか」


「謙虚で強い人って」


「謙虚ではないです」


「強い人が言うセリフだ」


(こういう会話、終わりがない)


「炉台を見せてもらえますか」


「こっちだ」


炉台は奥にあった。石組みの一角が割れ、隙間から煤が漏れていた。大きな亀裂ではないが、このまま使えば広がる。


「固定の系統スキルがあれば直せますか」


「……たぶん」


「たぶん、って言える人、久しぶりに見た。みんなすぐできますって言う」


(そういう問題じゃないんですが)


カナトは炉台の前にしゃがんだ。


割れ目に指を沿わせる。石の密度が均一じゃない。上から押さえるより、内側から締める方がいい。


「少し離れてもらえますか」


「ああ」


ガヴァルが下がった。


カナトは周囲を確認した。


路地の入口に、顔が三つあった。


「……見るな!!」


声が思ったより大きく出た。


三つの顔がぱっと視線を逸らした。全員、路地の反対側を向いた。


(なんで全員そろって向こうを向くんだ)


壁に向いた顔が三つ、整列している。


静寂。


その少し後ろ、少し離れた石段の上に、ルナが座っていた。


手帳を開いて、ペンを動かしていた。


こちらを向いていない。


向いていないが、メモを取っていた。


(……いつからいた)


カナトはルナの方を見た。


ルナはメモを取り続けた。


視線が合うこともなく、まばたきも変わらず、ペンが止まらなかった。


カナトは諦めて炉台に向き直った。


固定。締結。


スキルが動いた。


割れ目が静かに、内側から閉じていった。


石同士が圧着する感触が、指先ではなく胸のあたりに来た。


(これはたぶんコピーの残り方だ。毎回これ。でも毎回忘れる)


炉台はきれいに戻っていた。


「……終わりました」


ガヴァルが近づいて、割れ目を手でなぞった。


「…………見えない」


「割れてない、ということです」


「跡もない」


「新品じゃないので、長くは」


「いや」


ガヴァルは静かに言った。


「これで十分だ」


路地の三つの顔が、おそるおそるこちらを向いた。


---


帰り道、角を曲がったところにルナがいた。


石段ではなく路地の角で、手帳を閉じて立っていた。


「……なんで先にいるんですか」


「近道があります」


「どこですか」


「私の道です」


(答えになっていない)


カナトは立ち止まった。ルナはメモ帳を胸元で持ったまま、動かなかった。


「さっき、メモしてましたよね」


「はい」


「見てましたよね」


「向きは変えていません」


(向きの話をしていない)


カナトはため息をついた。ルナはまばたきをした。一回だけ。


「聞いてもいいですか」


「何をですか」


「スキルの種類を特定できましたか」


「……いいえ」


「そうですか」


ルナはそれだけ言って、カナトの隣に並んで歩き始めた。追うでも待つでもなく、ただ同じ方向に歩いた。


「聞きます」


「何をですか」


「次に何か直したときに」


「断ります」


「断れないでしょう」


(この人も同じことを言う)


---


夕方、食堂が混み始める前の時間に、カナトは隅のテーブルにいた。


ゴドルが奥の席で何かを飲んでいた。


他に客はいなかった。


女将さんが通りがかりに言った。


「ガヴァルさんから礼が来てたよ。次もよろしく、って」


「次はないです」


「あるわよ」


女将さんが厨房に消えた。


カナトはカップに視線を落とした。


しばらく、誰も何も言わなかった。


「……なんで断れないんですかね」


声が出た。


ゴドルの方を見たわけではなかった。聞かれているとも思っていなかった。


「断っても依頼は来る。来るたびに断ると疲れる。受けた方が早い」


ぼそっと、ほとんど独り言だった。


ゴドルは何も言わなかった。


しばらくして、カップを置く音がした。


「……合理的だな」


低い声だった。


「それが本当の強さというやつか」


カナトは振り返らなかった。


(何の話をしているんだ)


「強くないです」


「強い奴はそう言う」


ゴドルはそれだけ言って、外套を引いて立ち上がった。


足音が遠くなった。


カナトはカップを持ち直した。


(なんで断れないんですかね、という疑問の答えが出た気がしない)


声は出なかった。今度は出なかった。


---


*【記録 / L.記】*


*11日目。鍛冶屋ガヴァル宅にて炉台の修繕を目撃(距離:約11メートル)。*


*使用スキル:特定できず。石材への固定・締結系と推定。*


*特記事項:人払い行動あり(声量:通常比2倍程度)。野次馬3名は退避。私は退避せず。カナト氏は視認したが作業を中断しなかった。*


*——条件に「向いていないこと」が含まれる可能性を追記。*


*夕方、食堂にて独り言を記録。内容:「断っても依頼は来る。来るたびに断ると疲れる。受けた方が早い」。*


*ゴドル(初老・引退冒険者)がこれを聞き「合理的」「本当の強さ」と解釈した。*


*カナト氏本人に伝達したが「強くないです」と返答。以後沈黙。*


*現在の課題:カナト氏は自分が何をしているかを把握していない。これは研究上、非常に都合がよい。*


---


*【ズバンの報告書・第11報】*


*宛先:真銀の旗・ヴァルト殿*


*対象:カナト・ミレル*


*今週の動向:鍛冶屋の炉台修繕を実施。固定・締結系スキルと推定。*


*周辺情報:対象の評判が宿場町住民にまで浸透(女将さんによる宣伝が原因と思われる)。*


*行商人のみならず、地元民の間でも「謙虚な実力者」として認知が定着している模様。*


*対象本人は認知していない(いつも通り)。*


*所感:*


*(評判が広まるほど、こちらが動きにくくなります)*


*(女将さん、なんですかあれは)*


*(止める手段がないんですよ)*


*(ヴァルト殿、正直に聞きますが)*


*(今のカナトを「回収」する計画、まだ生きてますか)*


*(俺には止める気が)*


*以上。*


*(……以上です)*


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