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第26話 一目惚れ





 放課後。


 私、桐藤セナは生徒会室で来客を迎える準備をしていた。


 私たち生徒会はある噂の問題解決に動いている。


 それは神藤会長のご友人、入江文学先輩の流れている悪辣な噂について。


 現状、犯人を特定し証拠も掴んでおり、あとは最後の仕上げだけとなっていた。



 丁度、準備が終わった瞬間、コンコンとドアが叩かれた。



「どうぞ」


「えと……失礼します」



 遠慮がちに扉を開いたのは今回の被害者である入江文学先輩だった。



「ご足労いただき、ありがとうございます。会長からお話は伺っていますので。どうぞお座り下さい」


「あ、はい……」



 安心してもらえるように語りかけると入江先輩はほっとしたように来客用のテーブルに座る。



「どうぞ」


「あ、ありがとう……ございます」



 私は入れたての紅茶を入江先輩に差し出す。



「申し遅れました。生徒会会計の桐藤セナと申します。1年生ですので、敬語はなくて大丈夫ですよ? 入江先輩」


「う、ごめん……気を遣わせちゃったよね」



 私は入江先輩の言葉によそいきの笑顔で笑いかけた。



「いいえ、ここに来る人たちはなぜか皆さん緊張されますから……」


「そ、そっか……えと今日は俺の噂について呼び出したんだよね……?」


「えぇ、入江先輩をここにお呼びしたのは犯人の言い分を聞き、その後どうするのかを被害者である入江先輩に決めていただくためです」



 私は砂糖とミルクは入れずにそのまま紅茶を飲む。するとつられるように入江先輩は砂糖とミルクを淹れて紅茶を飲んだ。



「早期に動けたようで、噂自体はまだ広まりきってないのでご安心を……もうすぐ、会長たちが噂を流した犯人を連れてここに来ますから」



 予定では、もうそろそろのはず。


 時間を確認した瞬間、再び生徒会室の扉が開かれた。



「文学、お疲れ。ごめんな。時間をとってもらって」



 そこには神藤会長と木村副会長。そして、犯人であるバスケ部キャプテン笹原先輩が居た。


 最初は何がなんだか分からない顔をした笹原先輩。しかし理解したのか笹原先輩の表情がだんだんと固くなっていく。



「えっと、笹原先輩が噂を流した犯人って……こと?」



 いまだに困惑した様子の入江先輩が確認するように問いかける。


「言い逃れは無駄ですよ。笹原先輩。あなたが私にお話ししてくださった入江先輩の噂話はきちんと録音させていただいていますから」



 私は微笑みながら録音データが入っているスマホを見せつける。



「……なっ、いつの間に」


「こういうの、得意なんです」


「………………そうだよ。俺は噂を流した」



 彼は観念したように自嘲した笑みで、入江先輩を見る。



「まさか生徒会が動くなんて……七瀬に続き、一体どうやって彼に取り入ったんだ?」



「笹原先輩。文学は『俺の大好きな人』と『俺の大切な友人』を繋ぎ止めてくれた恩人で、俺の大切な友人なんです。そういう言い方はやめてください」



 珍しく、本当に珍しく、あの神藤先輩が怒っている。静かだけど、確かに。



「どうして、こんなこと……」


「大体のところ、七瀬先輩にこっぴどく振られてしまったことの腹いせ……なのでしょう」



 入江先輩の問いかけに私が代わりに答えると笹原先輩は何も言わず、黙り込んだ。



「うっわ……小さいやつ」



 木村副会長が露骨に嫌な顔を浮かべて言うが、私も同意見だ。



「……まぁ、悪かったよ。入江くん。もう二度とこんなことはしない。約束する」



 心が一切こもっていない口だけの謝罪。


 理解しているのか、神藤会長が笹原先輩が釘を刺した。



「……笹原先輩、俺たちが見ていますよ」


「ッ!! ああ……わかってるよ」



 神藤会長の圧にびくりと怯えながら笹原先輩は逃げるように生徒会室を去っていく。


 私も、その態度は如何と思ったが、いつもより小さく見えるその背中を見て話す気が失せた。



「さて、噂もある程度は沈静化しているし、これでひと段落か?」


「ですね。幸い、今回は噂の初期段階で動けましたし、うまく歯車が噛み合ってスムーズに解決できました……入江先輩に直接的な被害が出る前で良かったです」


「……まぁ、笹原のあの態度は気に入らなかったけどな」


「確かにそうだけど……とりあえず釘は刺しておいたし大丈夫だろう。帰り支度をして帰ろうか」



 神藤会長の一言で皆さんが帰り支度をして、職員室に寄り、急遽先生に頼まれた雑務をして、学校を出た。



 いつものように神藤会長と木村副会長が楽しそうに話していたので、私は入江先輩に話しかける。



「入江先輩、雑務を手伝っていただき、ありがとうございました」


「ああ、全然。これくらいは」


「……実は神藤会長は入江先輩のことを随分と高く評価されているんですよ?」


「え、そうなの?」


「頼りになって、大人びていて……とても堂々をしていると」


「……過大評価だよ」


「頭脳明晰でスポーツ万能。文武両道の超人……と、生徒会ではそのような人物になっています」


「過大評価だよ!?」



 入江先輩をからかいつつ歩いていると



「うわ、この池。すげー汚れてるじゃん」



 たまたま通りかかった池を見て、木村先輩が呟く。


 その汚れ具合はゴミが浮かんで、そんな深くないはずなのに底が見えないほど。おそらく管理が行き届いていないのだろう。



「……あれ、笹原先輩じゃないか?」



 神藤会長が指さした浅橋の先にはドブ池に入り必死そうに何かを探している笹原先輩の姿が。 



「なんか落としたんじゃね? はっ、泥だらけでいい気味じゃん」


「ごめん。天馬君、かばん預けてもいい?」



 そう言いながら、入江先輩はブレザーを脱ぎ、裾を捲り始める。



「は? 入江……お前まさか、助けに行くつもりか?」


「うん。だって、あんなに必死で探してるし。きっと大切なものなんだよ」


「いや、あいつはお前の悪い噂を流した張本人だぞ? そんなやつほっとけばいいだろ」


「それ、今は関係ないでしょ」



 あまりにも、なんてないことのように言う入江先輩に私たちは呆気に取られた。



「それじゃ、行ってくる!」



 ぽかんとしたわたしたちを置いて、彼は笹原先輩の元に走っていった。 


 躊躇なくドブ池に入る姿に、顔に泥をつけながらも懸命に探す姿に、目が離せなかった。



「てんまっち、なんなんだよ。あの度を超えたお人好しは……」


「あはは、確かにお人好しだな。でも俺はそんなお人好しが放っておけなくて、好きなんだ。それは涼太もだろ?」


「は? おい! てんまっち!?」



 同じく鞄を置いて、入江先輩の後を追う会長。



「…………ああ、クッソ、ほんとバカだろあいつらっ!」



 と、そんなことを言いつつ鞄を置きドブ池に向かって走り出す木村先輩。


 私は全員分の鞄を持ちながら、泥池の浅橋に向かう。



 「とりあえず、拾ったものはぜんぶ浅橋に置いてください。私が確認しますので」


「ありがと」 



 じっと入江先輩の顔を見つめる。


 泥がついたその横顔はどこかカッコよく見えて。


 そしてなにより必死な表情の入江先輩を見て思った。


 ああ、そっか。この人は他人のためにこんな表情ができる人なんだ。と。


 真剣なその瞳に私の心は奪われていた。

 


 日が暮れる寸前まで探した結果。落とし物は無事見つかった。


 落とし物はイヤリング。どうやら、亡くなったお母様の大切な形見だったらしい。


 理由を話すのを渋るをみるに、おそらく男女のもつれによるものでしょう。



「入江、ありがとう……本当に……ごめん」



 笹原先輩の入江先輩に向けての心からの感謝と謝罪の言葉。



「え? あ、あぁ……別に泥だらけになったのは気にしなくても」


「いや、それだけじゃなくて……」


「え? それじゃ、こんな時間になってしまったからですか?」


「いや、そうでもなくて……!」


「そんな気にしなくていいのに、あ、そうだ。なら、みんなにコロッケでも奢ってくださいよ」


「いや、違うんだ。そういうことじゃなくて!! あ、いやコロッケは奢らせてもらうけど……!!」



 なぜか上手く噛み合わない入江先輩と笹原先輩の会話。



「てんまっち。なんだ。このやりとり」


「……さぁ? まぁ仲良くなってるんだからいいんじゃないか?」


「……ですねっ」



 漫才のような入江先輩と笹原先輩のやりとりに私たちは笑った。






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