第6話 earnest desire
豪邸であった雰囲気を残して廃墟と化した邸宅に、僕は再び足を運んだ。
ザアッと風が木々の葉を揺らして吹き抜けると、ボーンと邸宅内から時を示す音がした。
『アンダーワールドに陽が昇る事はありません。あの闇の暗さも変わる事なく同じ色……ですから時が分からないのです』
この邸宅には時が流れている。
僕は、邸宅の二つ扉へと手を掛け、大きく扉を開く。
「時間……だろ?」
扉を開いた瞬間に、廃墟であった邸宅は絢爛豪華な邸内へと変わり、煌びやかな光で溢れている。
ナイトの条件。僕がここに辿り着いた理由。
……ここは必要に適う場所だ。
あの音は、エントランスホールに置かれている大時計の音だ。
やはり……ここには時がある。
この邸宅の扉を開けた瞬間に、時が流れ始めるようだ。
それはこのアンダーワールドの時なのか、それともオーバーワルドの時なのか。
何処の時を示しているのかは定かではないが、時は動き始めている。
窓は多くある。邸内がこれだけの照明で溢れているのであれば、オーバーワールドの時間であるなら、この時計が示す時間は夜の十二時……か。
まあ……アンダーワールドに陽が昇る事はないのだから、アンダーワールドの時間だとしても夜は夜という訳だろう。
長い廊下を進む僕は、七つの扉に刻まれている模様を順に見る。
……ラドの部屋はあるのだろうか。
刻まれた複雑な模様にアルファベットが見えにくい。
「チッ……隠したか……? これも条件の一つだとでも言うのかよ……応えなければ教えないって? はっ。ふざけてる」
気づく前には見えたアルファベットのような形が今は余計に見えづらく、判別がつかない。
はっきりと分かったのは、僕の肉体がある部屋だけだ。
僕は、彼女がいるだろう部屋へと歩を進める。
中へと入れば、大きく長いテーブルには豪勢な食事が並び、僕はその先へと目線を向ける。
感じる視線。
姿なきものの姿が浮かび上がった。
長い黒髪の……妖艶な女……。
レディ。
「あら……ようやくディナーを共にする気になったのかしら……?」
クスリと揶揄うような笑みが交えられた声に、僕は無愛想に返す。
「ディナーにしては遅い時間だがな」
「ふふ……待ち侘びたわ。招待状を何度送れば来てくれるのかと随分と待っていたのよ。『k』を無くした……」
長い黒髪のオリエンタル系の女が頬杖をつきながら小首を傾げ、妖艶な笑みを見せて僕に言う。
「『night - ナイト -』様……?」
「何度、だって? 何十枚の間違いだろ」
僕は、呆れた溜息をつくと、彼女の向かいに座った。
真っ直ぐに互いを見合う。
「訪問を急がせるには十分だったでしょう?」
彼女はクスリと笑みを漏らし、ワインを一口飲む。
「急がせたのは時が流れているからか?」
「私は心配しているのよ」
「心配?」
僕は、怪訝に顔を歪める。
「オーバーワールドに戻りたいのなら、急いだ方がいいでしょう? のんびりしていたら……」
本当にこの女を信用していいのか。
ケット・シーは、彼女が希望だと言っていたが。
挑発じみた言動に、苛立ちは隠せない。
あの部屋にある僕の肉体は、彼女の目的を果たす為の交換条件でもある訳かよ。
「朽ちてしまうわよ?」
僕は、苛立ちを吐き出すようにハッと息をつくと、彼女に訊く。
ここは……本題だ。
「ラド……ラドル・グレンフィル。彼の部屋はあるか」
そう訊いた僕を、彼女は答えずにじっと見つめる。
僕は返答を求めるように、彼女を見返した。
僕が向ける強い目に、彼女は少し困ったような顔を見せて答えた。
「言ったでしょう? ここに来たのは、あなただけだって」
「あの部屋の扉には、そこにいる者のイニシャルが刻まれているんだろう。僕の体が置かれている、あの部屋の扉に刻まれたアルファベットは『K』……カイ・ウィットフォード。僕の名だ」
「あら……順調のようね」
「順調? 何がだ」
「名を思い出したのだから順調よ」
「それだけで何が順調だって言えるんだよ……」
僕は、呆れるように溜息をつく。
彼女はグラスをテーブルに戻すと、楽しそうな笑みを向けて言葉を続けた。
「アンダーワールドに堕ちて、自分が何者なのかを覚えている者は少ないのよ。人ってね……死ぬかもしれないという事には気づいても、死んだ事には気づけない。気づいていたら死んでいないでしょ? だから彷徨うのよ。何の気も持たず、ただゆらゆらとね。死んだ事に気づけないから自分が何者なのかにも気づけないって訳ね。でも……それもそうよね。だって……気づくって『意識』じゃない?」
彼女の言葉に僕の目がぴくりと動く。
……意識。
確かに彼女の言う通りだと思った。今の僕の状態は、まさにそうだと言えるだろう。肉体から離れた意識が姿を象っている……。
彼女は僕の目が動いた事に、満足そうな顔を見せた。
「あなたの問いにきちんと答えるなら、そうね……」
言いながら少し身を乗り出してテーブルに両肘をつき、指先を立てて手を組むと僕に答える。
「あの部屋の扉には、あなたが気づいた通り、ここに来た者のイニシャルが浮き彫りになるわ。だから……ここに来るまでそれが誰かは分からないって事よ」
「部屋を見せてくれないか。僕が知っている者がいるかもしれない」
「それは無理ね」
「何故だ? 僕の体があるあの部屋は見せてくれたじゃないか」
「当人がここに来ない限り、あの扉は開けないわ。だからそれまでは、はっきりとイニシャルも浮かばないのよ」
「……そうなのか……」
確かに……初めは、はっきりと浮かんでいなかった。
……ラド……あの部屋にお前はいるのか……いないのか……。
溜息と同時に肩を落とす僕に、彼女はこう言葉を続けた。
「そんな顔をしないで。ここに入る事が出来るのは『knight』の条件が揃っている者だと言ったじゃない」
再び聞く彼女のその言葉に、僕は顔を上げた。
……そうだ。
「あなたが会いたいと望む相手が『knight』なら、会えるんじゃないかしら?」




