第17話 order and dominion
魔女の猟犬、ヘルハウンド。
その犬の体は普通の犬と比べてかなり大きい。
ルーファスの好む狩りと行こうと思っていたが、向こうも向こうで僕たちを狩るという訳か。
簡単に進めるくらいならこんな迷路など造る必要もない。
まあ……罠があると知りながらも自分たちからここに入ったんだ。こんな力があるというのならその力を捩じ伏せない限り、同じ事が繰り返されるだろう。僕たちが存在を取り戻す事が出来る条件は揃っている。
そして後は……。
その使命を果たすだけだ。
「ヘルハウンドって……はは。コレ……剣、通用する?」
そう言って苦笑するオリヴァーに、僕はラドと共にゆっくりと前に進みながら答える。
「さあな。だが、何もしなければ食い殺されるだけだろ」
「それもそうだな」
オリヴァーも馬から降り、剣を抜くと歩を踏み出した。
「こんな迷路では混戦になって相打ちになる。僕とラド、オリヴァーで前に出るが、ヘルハウンドのこの数では全てを捌き切れないだろう。そっちへと向かって来るヘルハウンドはレイフたちに任せる」
僕の言葉にレイフたちは分かったと頷き、馬から降りた。
「ミルドレッド」
ミルドレッドを振り向く僕に、彼女は馬を降りながら僕に答える。
「庇われるだけなら、ここにはいないわ。足手纏いになんてならないから、心配しないで。私……そんなに弱くないわよ?」
クスリと笑みを見せるミルドレッドに、僕はそうだなと笑みを返して頷いた。
「ああ、分かっている」
馬を降りたはいいが、ここに置いて行く訳にもいかないな……危険に晒すだけだ。
この先に進むにも、こんな入り組んだ迷路では、そう速くも進めない。
(サー。ご心配なく)
僕の心情を悟り、レミュが小さく猫の鳴き声をあげると、馬たちがスウッと消えていく。
(馬は旦那様の城に戻しました。この先、必要になれば言って下さい。直ぐに呼び戻します)
「ありがとう、レミュ。助かるよ」
(いえ。それより……ヘルハウンドは見ての通り獰猛です。噛み付かれれば食い殺すまで離しません。お気をつけ下さい)
「ああ、分かった」
一頭のヘルハウンドが大きく吠えると、一斉に襲い掛かって来た。
ラドが先に走り出た。両手に構えた剣を振り、道を開けるようにヘルハウンドを叩き切斬っていく。
ラドの剣の勢いに押され、跳ね上がったヘルハウンドをオリヴァーの剣が貫く。
圧倒しているかに見えるが、いや……圧倒はしている。だが……。
僕は、ラドとオリヴァーが切り開いていく道を、自分もヘルハウンドを叩き斬りながら、先へ先へと抜けて行った。
交差する道の左右から次々とヘルハウンドが現れるが、それがこの迷路の最大限の利用目的だ。
壁に突き当たれば右か左かを選択させられるが、道という道にヘルハウンドが現れる事で、武器を振りながらも回避する為に進める道を各々選び、僕たちは分散してしまう。共に進む事が出来なくなるという訳だ。
それに……。
この迷路は平坦ではなく、段差の低い階段が道となって延びている。その幾つもの階段通路からヘルハウンドが次々と現れたが、成程、それぞれ、繋がる場所があるという訳か。まあ……それなら行き止まりはなさそうだ。
そうとなれば……。
僕は、階段通路に目を動かす。
ヘルハウンドが出て来ていない通路はあるか……。
目線を動かし瞬時に把握するが、どうやらそうはいかないようだ。
ここに来るまで倒してきたヘルハウンドよりも、大きな体のヘルハウンドが目の前に現れ、大きく口を開けて飛び掛かって来る。
倒して進むしか方法はない……か。
だが、力では敵わない。
それなら……。
僕は両手でグリップを握り、剣を横に構える。
飛び掛かって来るヘルハウンド自身の勢いを利用するとしようか。
ヘルハウンドが僕を飲み込むように襲い掛かって来るが、僕はその場を動かず、開かれた口を裂くように身構えた。
更に大きく開かれた口が僕の剣に届く瞬間、フッとヘルハウンドが消えた。
僕は剣を下ろし、後ろを振り返る。
やはり……。
左右を見ても後ろを見ても、ラドもレイフもミルドレッドも、オリヴァーたちもいない。
僕は苛立ちを交えながら深く息をつくと、ゆっくりと前に目線を戻した。
ラドたちと逸れてしまった事に苛立っている訳じゃない。
「ようやく二人きりになれたわね……? カイ」
ヘルハウンドと入れ替わるようにも僕の前に現れたのはグラディス・ファーリーだった。
僕は不機嫌に顔を歪め、グラディスを見ると口を開く。
「何の真似だ?」
「あら? 私の思惑に乗っておいて、そう訊くの? カイ……あなたこそ、何の真似かしら……? こんな単純な策に乗るなんて、あなたらしくないじゃない? それとも……私と二人きりになりたかったのは、あなたの方だったのかしら? そうだとしたら嬉しいんだけど?」
楽しそうに話すグラディスに、僕は呆れた溜息をつく。
「呼んでもいないのに出て来るとはな……余程、僕を先に進ませたいみたいだな?」
「ふふ……ええ、そうよ。あなただけを……ね?」
グラディスは、意味ありげな笑みを見せ、ゆっくりと瞬きする。
「それなら案内しろ。お前の思惑通り、僕一人だ」
「そうね……本当にあなた一人なら……ね?」
グラディスの目線がアーマーに向く。
こいつ……やっぱりレミュに気づいていたか。
じっと向けられるグラディスの目線を切るように、僕は言った。
「問題ないだろ。身を守るのはいつだって必須だ。他とは異なる装備は、knightならあり得るだろ」
「仕方ないわねえ。そういう事にしてあげるわ。私だって、あなたにこれ以上、何かあったら悲しいもの」
「これ以上、何か、ねえ……?」
探るような目線で見る僕に、グラディスは嬉しそうにもクスリと笑う。
そして、くるりと回るように体の向きを変え、僕に背を見せる。
「ええ、そうね……それでも進むというのなら、何もないとは言えないわ」
肩越しに僕を振り向き、僕と目線が重なると、グラディスはまたクスリと笑う。
「グラディス・ファーリー」
「ふふ。やっと名を呼んでくれたわね、カイ」
「それなら約束通り、迷わせる事なく案内しろ」
冷ややかな目線を向ける僕に、グラディスは微笑で答える。
そしてグラディスは再び前を向き、滑らせるように横に手を動かした。
階段通路の中に扉が見える。
その扉がゆっくりと開き始めた。
「後ろを振り返ってはダメよ、カイ……?」
「ふん……それは、踏み込むその場所の権限がない者に権限を与える言葉か?」
皮肉めいた口調で言った僕に、グラディスは横目に僕を見て微笑んだ。
開いた扉の中に進んでいくグラディスの後をついていく。
扉の先は灯すものもなく、ただ暗い。
闇が落ちる音には……ああそうだ。
何処かで無くした記憶を呼び起こすものがある。
扉の向こうから雨の音がする。
その場にあったものは雨と共に流されていった。
リディアのあの時の言葉は、きっとここにあったのだろう。
『私に選択を委ねると言うの? それはあなたの意思になるのかしら?』
『断る事も出来たでしょう? 来たのはあなたの意思よ』
『k』を無くした『night』……ね。
扉を抜けると同時に、僕は呟いた。
僕のその言葉に、グラディスは静かに笑った。
「『|Forsake all hope《フォーセイク オール ホープ》』……か」




