第16話 malediction of the femme fatale
グラディス・ファーリー……これで分かった。
リディアの黙示を覆せるというなら、あの女の存在があるからか。
あの女こそ魔女と言うべき女だ。
だが……何故……。
「カイ……グラディス・ファーリーは……死んでいるはずだよな」
「ああ、ラド……あの女は身を焼かれ、その骨さえも残っていないはずだ」
それなのに何故……姿を現せる……?
疑問を抱きながらもミルドレッドを馬に乗せようと手を差し出す。
「大丈夫か、ミルドレッド」
「平気よ」
ミルドレッドは僕の手を取らず、ふいっと一人で馬に乗った。
うん……?
ミルドレッドの様子が何処か変だ。
「なんか……機嫌悪くないか? なんで?」
僕は、レイフにそう訊く。
レイフは、ははっと笑うと、僕の肩をポンポンと軽く叩いた。
「カイってさ……そういうところ鈍いよな」
「は? そういうところって、どういうところだよ?」
「さあねえ?」
そう言ってレイフは、惚けるように笑う。
「なんだよ……」
訳が分からず、答えを求めるようにオリヴァーたちに目を向けるが、オリヴァーもウェズリーもニヤッとした顔だ。シリルはなんだか恥ずかしそうにも俯いている。
「成程ねえ……? そういう事」
僕とミルドレッドを交互に見ながらそう言い、頷くオリヴァー。
「そういう事ってなんだよ?」
「別にー?」
意味ありげな笑みを浮かべたまま、オリヴァーも惚ける。
なんなんだよ……僕が何かしたか? 訳が分からない。
まあいいかと、僕はミルドレッドを前に馬に乗り、レイフも馬へと戻った。
「ところで、さっきの話……見た顔だと思ったが……死んでいるって、処刑されたっていう、あの女か?」
「やっぱり、レイフも知っていたか」
「知らない奴はいないんじゃないか、カイ。生きたまま火に焚べるなんて酷いが……あの女自身も似たような事やってたって話だったからな……ああ、それ以上って話だったか。人の所業とは思えない程のな。だから悪魔だ魔女だと言われたんだろ」
「ああ、あの女に惑わされ、行方が分からなくなった領民が多数……みんな無惨な死体となって見つかったって話だが、それはシオドアの領地でも起きた事だ」
「なんだか……これで全てが繋がった気がするよ……」
オリヴァーが間を挟みながらウェズリーと顔を見合わせる。
「ああ、オリヴァー……これは単純な話で終わらなそうだ」
そう答えるウェズリーは顔を強張らせている。
ウェズリーが続けた言葉に、僕は深い溜息をつくと、そうだなと呟いた。
「その女の処刑を行う事になったのは|Clive・Herschel……現王の命令だ。しかも……公の場での処刑だった。あの女がした事は許せるはずもないが、自業自得とはいえ、現王へ恨みを持ったならウィールライトと利害が一致するだろう」
話を聞きながら体を震わせるシリルに、ウェズリーは手を伸ばし、そっと頭を撫でる。
「……ごめんな、シリル……思い出させたな」
シリルは大丈夫だと首を横に振る。
ウェズリーは、シリルを気遣いながら僕たちに話した。
「……シリルがあまり話さなくなったのは、俺たちの両親が死んだ時からだ」
オリヴァーは知っている話なのだろう、ウェズリーが話を始めた事に悲痛に顔を歪めていた。
「母親は気が多くてね……それに激昂した父親は母親に油を掛けて火をつけた。火は家中に燃え広がり、俺はシリルを連れて外に出た。十年程前の話だけどな。父親はそのまま母親と共に焼け死んだよ。体に火をつけられて燃えていくのに……苦しむどころか、笑っていたんだよ。火をつけた方も火をつけられた方もね……あの女もそうだった」
ミルドレッドが睨むように僕を見る。
「そんな魔女に言い寄られるなんて、カイ、あなた何をしたの?」
やけに突き刺すような言い方だな。
「何って、僕は何もしていないが。そもそも、なんで僕が何かした方になるんだ? だいたい、あの女にファーストネームで呼ばれる程、知り合ってもいない。僕を知っているという理由を僕が聞きたいくらいだ。まあ……話したくはないがな」
「向こうはそんな事ないみたいだったけど? あなたが覚えていないだけなんじゃない? どうせ、思わせぶりな態度でもとったんでしょ」
「どうせ? 思わせぶりってなんだよ?」
「私にだって……」
「私に? って僕、お前に何かしたか?」
「……なんでもないわ。忘れて」
「おい、ミルドレッド。ちゃんと言えって」
「忘れてって言ってるでしょ。早く進みなさいよ」
なんなんだ?
「お前ね……無闇に進めないだろ」
「じゃあ、どうするのよ? いつまでもこうしている訳にいかないでしょ。あの女を呼ぶ? そうすれば簡単なんでしょ?」
「何を言っているんだ、お前は。僕の何に怒っている?」
「別に」
ホントに……困った奴だな。
僕は、溜息をつくとミルドレッドに言う。
「あの女の話に乗れば、オリヴァーが言ったように魂を売ったという事だ。そんな精神的支配にこの存在が成り立つはずがない。この迷路を抜けるよりも困難だろうな。僕は、僕たちのこの存在を取り戻す為にも戦うと決めているんだ。その為のknightly orderだろ。頼れるものはここにいる仲間だけだ」
僕は、一つに束ねたミルドレッドの髪にそっと手を触れる。
「ちょっと……カイ……なに……?」
「髪の色……戻したんだろ」
「……私は……私だから」
「ああ、そうだな。なあ……ミルドレッド。僕はお前と共に戦うと決めてknightly orderに加わって貰った。それは同時にお前を守るという事だ。お前の強さは知っているが、その強さは僕あってのものであって欲しい。思わせぶりで信用が成り立つか? 僕は本音しか言っていない」
「カイ……うん。分かってる」
少し俯きながらミルドレッドは、頷きを見せた。
(サー)
レミュが少し苦しそうな声を上げた。
「どうした? レミュ。大丈夫か?」
(大丈夫です。彼女がサーに近づいた時、わたしは動けませんでした。今……やっと動けるように……。深いところに押し込まれるような……あの感覚は旦那様の時にも……)
レミュがノアを守れなかったというのも……。
思った事が声に漏れる。
「ノアと引き離された……か」
(サー。わたしは同じ悔いを残したくありません。サーを必ずお守りします)
「レミュ……ありがとう。僕もキミを必ず守るよ。キミだって僕の大切な仲間だ」
(はい。こうしてサーの元にいられるのは、サーが守ってくれたお陰です)
僕は、ふっと笑みを漏らし、そうかと頷く。
複雑に入り組んだ道を見据え、馬の足を進めようとしたが、異様な気配に馬を降りた。
ラドも気配を感じ取ったのだろう。馬を降りると、剣を抜いた。
グルルと飢えた獣の唸るような声が聞こえる。
交差する道のあちこちから、赤い目を光らせた黒い犬が現れ始めた。
「ただの迷路で済まないとは……本当に魔女の中の魔女だな」
ウェズリーは、皮肉めいた口調でそう言うと、シリルを庇うようにも前に出た。
「兄さん……僕は大丈夫だよ。僕だってknightだ。戦える」
「ああ、分かってる。だから……後ろは頼んだぞ、シリル」
「はい」
「赤い目のブラックドッグ……あれ……まさか……」
オリヴァーが嘘だろと苦笑を交えた言葉の後を、僕は前を見据えながら続けた。
「魔女の猟犬……『ヘルハウンド』という訳だ」




